「あーん」
何気なく俺の目の前に出されるスプーン。そこにはバニラアイスクリームがちょんと乗っている。
恋人が自分の前にあるクリームソーダのアイスクリームをすくって、俺の前に差し出していた。とんでもなく眩い笑顔で。
本当に唐突だからびっくりしていると、彼女が頬を膨らませる。
「食べられませんか?」
「いや、そういう訳じゃないよ」
ここが外じゃなくて良かったと思いながら口を広げると、彼女は差し出したスプーンを口に運んでくれた。
甘いバニラが口に広がるんだけれど、いつもより美味しく感じられる。
「おいしい……」
「おいしいです?」
「うん、おいしい!」
「魔法かけましたー!」
無垢な笑顔でそう言う彼女が愛おしいくて、幸せが広がった。
おわり
三一六、小さな幸せ
彼から運転を教えてもらった。
それをしっかり吸収する。
私は彼から教えてもらったものを、なにひとつも無駄にしたくない。
走る車両のスピードが上がると、森林を抜け視界が広がる。木々の影から光が差し込んだ。
「ふわっ……!」
道路の端に車を停めて、その光景に目を奪われた。
青の中に桃色の花びらが舞い踊って、溶け込んで一枚絵のようだった。
春を身体に感じられる。
練習していたからこそ、見られた景色に胸と目が熱いものが込み上げた。
深呼吸をすると優しい花の香りと、少し前の森の香りが混ざり合う。
「春だぁ……」
今度、こんな景色を見た。
そう彼に伝えよう。
私はもう一度深呼吸して練習に戻った。
おわり
三一五、春爛漫
仕事でヘリを使う。
飛ぶタイミングによっては晴天の中に輝く七色の光が見える時がある。
俺の大好きな透き通った青空に飾られた光は眩くて、俺は目を細めた。
こういう空を恋人に見せてあげたくなるけれど、仕事的に中々難しいものがあるから、そうもいかない。
俺は目にも脳にも焼き付けるように、もう一度空を見つめる。
彼女にこんな空があったと話したい。
絶対にキラキラした目で見て、羨ましいと言いながら可愛い笑顔を向けてくれるだろうな。
そんなことを思いながら、いつ消えてもおかしくない七色の光を見つめていた。
おわり
三一四、七色
小さい頃の記憶。
私には寂しくて忘れたいもの。
一歩踏み出したくて、私はここへ来た。
勇気を出して入った会社で家族のような人たちと出会い、私の世界が変わった。
キラキラしていて世界に色がついていく。
もちろん、楽しいことだけじゃない。厳しい現実もあるけれど、それでも私の求めていたものがここにあったの。
そんな中で出会った彼。
助けてくれて、優しくしてくれて、その笑顔が眩しくて、彼が笑う時に揺れる髪にときめいて胸が高鳴った。
話せば話すほど、誰とも違う感情が溢れる。
「大丈夫?」
当たり前のように差しのべる手。向けられる笑顔は、色のない過去の記憶をどんどん上塗りしていく。
ああ、大好き。
おわり
三一三、記憶
いや、またやった……と言うより、今回は仕方がないんだけれど腕の骨を折ってしまった。
腕で良かった……。
脚をやったら復帰まで時間がかかってしまう。
それ以上に恋人にかかる負担が半端ないんだ。
手当てが出るから経済的にダメージはそんなにないんだけれど……。
さすがに運転できないから、彼女に連絡してある。
笑顔で対応してくれるとは思うんだけれど、悲しい顔するんだろうな。心配させるだろうし。
もう二度としない。
そんな約束なんて出来ないけれど、元気になったらそんな気持ちで仕事をしよう。
同僚にも迷惑かけちゃうし、もっとしっかりトレーニングもしなきゃ。
本当に、まだまだ未熟過ぎて自分自身が情けなくなるけれど、しっかり前を向いて行こう。
「お迎えに来ましたー!」
元気な声が響く。
彼女の視線が俺を見つけると満面の笑みを向けて、俺を抱きしめてくれる。
「お疲れ様です。しっかり治しましょうね」
おわり
三一二、もう二度と