今日は彼女とふたりで謎解きゲームに行くことにした。
以前、ふたりで謎解きに行ったことがあるんだけど、申し訳ない記憶がある。今回はそういう記憶を払拭したくて改めて彼女を誘った。
とは言え、俺は謎解き得意じゃない。
逆に彼女はふわふわした柔らかい印象があり、末っ子気質。そんなふうに見えるけれど、実は頭の回転が早い。つまり彼女の方が謎解きが出来るんだよな。
まあ、あの頃とは違って変な緊張はしていないし、リラックスして挑めると思う。
どんな謎解きが来るのかワクワクしてくる。
「行こうか」
「はい!!」
彼女に手を差し伸べると、しっかり俺の手を取ってくれた。
さぁ、行こう!
どんな謎解きが待っているか楽しみで、高揚感が奥から溢れる。
すると繋いだ手に力が込められて、彼女に視線を送ると挑戦的な目で俺を見てこう言った。
「冒険、ですね!」
おわり
二八五、さぁ冒険だ
特に意味なんてないんだけれど、仕事で行った時に視界に入ってから気になってしまった。
「いらっしゃいませー」
足を入れたのは花屋さん。
店員さんは笑顔で俺に声をかけてくれる。
何が欲しいとか……全く頭になかったんだけれど、なにかしたいと思ったんだ。
一緒に住んでいる恋人に、いつもそばにいて俺を支えてくれる彼女に何か贈りたかった。
ホワイトデーに用意してもいいんだけど、それとは別に。
凹んだ俺に寄り添ってくれる彼女に〝ありがとう〟を伝えたいんだ。
花束だとびっくりしちゃうかな?
いきなりだと邪推する? しないか。でも心配しそうだな。何かあるんじゃないかって。
そんなに大袈裟じゃなくて、でも感謝と、彼女への想いを伝えられるような……。
すると花屋の店長さんが俺に声をかけた。
彼女は俺の恋人と旧知の仲で、俺より好みを知っているかな。出会いと付き合いは花屋の店長さんのほうが長いし。
「あ、いや。彼女に感謝の花を贈りたくて……。でも大袈裟じゃなくてフランクに渡せそうなやつがあれば……」
すると花屋の店長さんは少し考えてから、一輪の花を俺に向けた。それは白いバラの花。
「これなんてどうでしょう。花束だとびっくりしちゃうから一輪で。白は彼女のイメージカラーも合うから良いかなと……」
バラは沢山あるとゴージャスで色々凄い感じがあるけれど、一輪だと凛とした感じになるし、彼女には合うかも!
「それ! それでお願いします!」
「はーい、リボンは水色にしますね」
「あ、助かります」
さすがは友人だけあって、彼女の好きな色を把握してくれていた。
程よい長さにカットされた一輪の白いバラは、それだけで彼女を思い出せそうだった。
理由なんてないんだ。
ただ、彼女に普段からそばにいてくれるお礼がしたいんだ。
言ってくれた通りに透明なフィルムに包まれふわりと水色のリボンで飾られたバラを渡される。
代金を支払って車に乗る。
いつものお礼って言っちゃうと、変に気にしそうだから、なにか別の話を考えなきゃ。
それでも彼女が喜んでくれたらいいなと車を走らせた。
おわり
二八四、一輪の花
この都市に来た時、私は誰かを好きになるなんて思わなかった。誰かを好きになっても、相手が私を好きになってくれるなんて思わないじゃない。
そんな深く話してないの。
でも好きなものが近くて、気がついてないものも気がついてくれて、優しくしてくれた。
笑って声をかけてくれるのが嬉しくて、その笑顔に胸がドキドキして、彼への気持ちに気がついた。
だいすき。
彼が他の女の人と一緒にいると、ズキッとして胸が痛い。
そんな彼に手を伸ばしてもらった。
私を選んでもらえた。
彼の暖かい胸の中におさめられた時は幸せで仕方がなかった。
だいすき。
「君と気持ちが一緒で嬉しい」
そう、彼に言われた。
私もそう思う。
「俺は君の魔法にかかったの」
「私は魔法使えませんよ?」
「でも、俺は君にとらわれてる」
そう言われて、私もそうかもと笑ってしまう。
「なら私もあなたの魔法にとらわれてます」
視線が絡み合い、お互いに自然と笑みがこぼれた。
「大好き」
「大好きだよ」
おわり
二八三、魔法
喫茶店で彼女を待つ。
一緒に住んでいるけれど、仕事の関係で今日は待ち合わせデートすることにした。
お互いの乗り物のことを考えると、迎えに行こうかという話にもなったのだけれど、同僚が送ってくれると言うので甘えるらしい。
ぼんやり彼女を待っていると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
冬は雨が減るから、久しぶりの雨で、乾燥も酷いからまさに恵の雨だ。
そんなことを考えながら、遠くの空を見つめた。
スマホを取りだして天気アプリを確認する。雨はしばらく続きそうだな。
そのまま時刻に視線をやると、そろそろ彼女が着いてもおかしくない時間になるなと思っていたら、『もうすぐ着きます』とメッセージが入った。
それから間もなく彼女が喫茶店に入ってくる。パッパっと服に付いた雨を弾きながら笑顔で向かいの席に座った。
「お待たせしました」
「ううん、待ってるのも楽しいから〜」
そう言いながら、彼女にメニューを見せる。
「ここ、冬限定のクリームソーダがあるんだよ」
にやりと含んだ笑みを向けると、挑戦的な視線を返してくれる彼女。もう何を言いたいか伝わっているこの空気感が好きなんだ。
「それは頼まなきゃダメですね!」
俺と彼女への想いのきっかけのひとつがクリームソーダだから、どうしても……ね。
ちゃんと乗っかってくれるから素直に嬉しい。
「じゃあ、頼んじゃうね」
「ありがとうございます」
そんなやり取りの後、店員さんに限定クリームソーダをふたつ注文する。彼女と飲みたかったから、我慢してたんだ。
クリームソーダを待っている間、彼女の視線が外に向けられる。
どこか遠いような、憂いのある瞳でつい彼女の手を握ってしまった。それに気がついた彼女は少し驚いていたけれど、優しく笑ってくれる。
「どうしたの?」
「あ、いや……雨、やむかなって」
「さっき天気予報を確認したけど、まだ降るみたいだよ」
「そうなんですね」
どこか含みを感じるから、じっと見つめていると困った顔をしてから俺の手を握り返してくれた。
「夏にこんな雨が降って雨宿りしたこと、覚えてます?」
俺は少し考える。
そして彼女が何を思ったのか理解出来た。
そう。
夏の夕立の後に一気に広がる晴天。
雨の後に見た七色の虹を思い出したのだろう。
「あー分かった虹でしょ」
「はい、またふたりで見たいなって……」
「うーん、季節的に難しいとは思うよ。雨止む頃には日が暮れちゃうし」
「ですよねー……」
少しだけ寂しそうに笑う。
「まあ、そんなに簡単に見ようと思って見られるものじゃないからね」
「そうですね」
それでも、願いを込めた瞳が雨を見つめていた。
ただ〝虹を見たい〟じゃなくて、〝俺と虹を見たい〟ということろに胸が暖かくなる。本当に、そういうところなんだよ?
「夏になったらまた色々遊びに行こうよ。雨の日も楽しめるような格好でさ」
確かに簡単に見られるものでもない。なんと言ってもタイミングがものを言うものだし。
でも、可能性を増やすことはきっとできるよ。
言葉にはしなかったけれど、彼女はふわりと微笑んでくれた。
「ふふ。夏までまだ先ですけど、いっぱい計画立てましょう!」
「そうだね。ランチ行けそうな時とか、仕事の後のお出かけも増やそうよ」
そんな感じで色々とふたりで案を出し合う。すると少しづつ彼女の瞳にキラキラしたものが増えて、表情もどんどん明るくなった。
「楽しみがいっぱいですね!」
「お待たせいたしました。限定クリームソーダです」
タイミングを見計らった店員さんが、俺たちの目の前にふたりの好きなクリームソーダを置いてくれる。
「まずは、目の前のものを楽しもうか」
「はい!」
まだまだ雨は続くけれど、気持ちが少しでも晴れてくれたらいいな。
そんなことを考えながら、ふたりでクリームソーダを楽しんだ。
おわり
二八二、君と見た虹
彼女を迎えに行って、仕事終わりにドライブデート。
高速道路を走り抜けていく。今日は長距離にして星を見に行きたいと思った。
暗い夜のはずなのに、ビルや街灯の光がキラキラして星の合間を抜けていくようで不思議な気持ちになる。
見慣れた景色だけれど、彼女といれば違う景色に見えた。
少しずつビルの光が減り、街灯の数が減る。
「暗闇が広がるかわりに、天の星が増えていくみたいですね」
ぽつりと零す彼女の言葉に、案外ロマンチストなのかなと、彼女の知らない部分を見つけて嬉しくなった。
「夜空を走ってきて、夜空を見に行って……」
「また夜空を走って帰るんですね!」
弾む声が今楽しんでいるのを伝えてくれる。
「そうだね、まずは空にある星を見よう!」
おわり
二八一、夜空を駆ける