とある恋人たちの日常。

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 喫茶店で彼女を待つ。
 一緒に住んでいるけれど、仕事の関係で今日は待ち合わせデートすることにした。
 
 お互いの乗り物のことを考えると、迎えに行こうかという話にもなったのだけれど、同僚が送ってくれると言うので甘えるらしい。
 
 ぼんやり彼女を待っていると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
 冬は雨が減るから、久しぶりの雨で、乾燥も酷いからまさに恵の雨だ。
 
 そんなことを考えながら、遠くの空を見つめた。
 
 スマホを取りだして天気アプリを確認する。雨はしばらく続きそうだな。
 
 そのまま時刻に視線をやると、そろそろ彼女が着いてもおかしくない時間になるなと思っていたら、『もうすぐ着きます』とメッセージが入った。
 
 それから間もなく彼女が喫茶店に入ってくる。パッパっと服に付いた雨を弾きながら笑顔で向かいの席に座った。
 
「お待たせしました」
「ううん、待ってるのも楽しいから〜」
 
 そう言いながら、彼女にメニューを見せる。
 
「ここ、冬限定のクリームソーダがあるんだよ」
 
 にやりと含んだ笑みを向けると、挑戦的な視線を返してくれる彼女。もう何を言いたいか伝わっているこの空気感が好きなんだ。
 
「それは頼まなきゃダメですね!」
 
 俺と彼女への想いのきっかけのひとつがクリームソーダだから、どうしても……ね。
 ちゃんと乗っかってくれるから素直に嬉しい。
 
「じゃあ、頼んじゃうね」
「ありがとうございます」
 
 そんなやり取りの後、店員さんに限定クリームソーダをふたつ注文する。彼女と飲みたかったから、我慢してたんだ。
 
 クリームソーダを待っている間、彼女の視線が外に向けられる。
 どこか遠いような、憂いのある瞳でつい彼女の手を握ってしまった。それに気がついた彼女は少し驚いていたけれど、優しく笑ってくれる。
 
「どうしたの?」
「あ、いや……雨、やむかなって」
「さっき天気予報を確認したけど、まだ降るみたいだよ」
「そうなんですね」
 
 どこか含みを感じるから、じっと見つめていると困った顔をしてから俺の手を握り返してくれた。
 
「夏にこんな雨が降って雨宿りしたこと、覚えてます?」
 
 俺は少し考える。
 そして彼女が何を思ったのか理解出来た。
 
 そう。
 夏の夕立の後に一気に広がる晴天。
 雨の後に見た七色の虹を思い出したのだろう。
 
「あー分かった虹でしょ」
「はい、またふたりで見たいなって……」
「うーん、季節的に難しいとは思うよ。雨止む頃には日が暮れちゃうし」
「ですよねー……」
 
 少しだけ寂しそうに笑う。
 
「まあ、そんなに簡単に見ようと思って見られるものじゃないからね」
「そうですね」
 
 それでも、願いを込めた瞳が雨を見つめていた。
 
 ただ〝虹を見たい〟じゃなくて、〝俺と虹を見たい〟ということろに胸が暖かくなる。本当に、そういうところなんだよ?
 
「夏になったらまた色々遊びに行こうよ。雨の日も楽しめるような格好でさ」
 
 確かに簡単に見られるものでもない。なんと言ってもタイミングがものを言うものだし。
 
 でも、可能性を増やすことはきっとできるよ。
 
 言葉にはしなかったけれど、彼女はふわりと微笑んでくれた。
 
「ふふ。夏までまだ先ですけど、いっぱい計画立てましょう!」
「そうだね。ランチ行けそうな時とか、仕事の後のお出かけも増やそうよ」
 
 そんな感じで色々とふたりで案を出し合う。すると少しづつ彼女の瞳にキラキラしたものが増えて、表情もどんどん明るくなった。
 
「楽しみがいっぱいですね!」
 
「お待たせいたしました。限定クリームソーダです」
 
 タイミングを見計らった店員さんが、俺たちの目の前にふたりの好きなクリームソーダを置いてくれる。
 
「まずは、目の前のものを楽しもうか」
「はい!」
 
 まだまだ雨は続くけれど、気持ちが少しでも晴れてくれたらいいな。
 
 そんなことを考えながら、ふたりでクリームソーダを楽しんだ。
 
 
 
おわり
 
 
 
二八二、君と見た虹

2/22/2025, 2:17:41 PM