彼女は甘やかな声で俺を呼んでくれる。
振り返るとその人が優しく微笑んだ。
透き通るような白い肌は、幼さの残る表情を大人びて見せるから、俺の胸が高鳴る。
もちろん、彼女の魅力はそれだけじゃないけれど。
外見が可愛いと思うより先に、彼女の優しさに惹かれた。
些細な思いやり。と言ってしまえば、全てがそれなんだ。
好きな色や、好きなものが一緒は偶然で。
俺が軽い気持ちであげたものを宝物にしてくれていて、それを当たり前に見せてくれた時は嬉しかった。
色々なものが積み重なっていた。
そして、彼女が俺を呼ぶ。
振り返ると、彼女の笑顔がキラキラと輝いていて、俺の心を捉えて離さない。
知ってはいけない感情を、見て見ぬふりも出来ないくらい見せつけてくる。
悔しいけれど。
俺はどうしようもないくらい、君に恋してる。
おわり
二七七、輝き
どうか時間よ、止まってくれ。
知りたくなかったんだ。
知ってはいけなかったんだ。
気がついちゃダメだったのに、気が付かないようにしていたのに……。
気がついてしまった。
悔しくて目頭が熱くなる。
外気温の冷たさを感じなくなるくらい、全身の内側から熱が巡った。
この感情の名前を知っても、気がついても、理解してもいけないのに。
そう決めていたのに。
瞳を閉じて目の前が真っ暗になる。
それでも、抜けるような空の下でキラキラ輝く髪と、胸を締め付けられそうなほどの暖かくなる彼女の笑顔が浮かんでくる。
俺は……
きみがすきだ。
この感情が〝恋〟だと気がついちゃダメなのに。
頼む。
気がつく前に戻って、そこで時間が止まってくれ。
おわり
二七六、時間よ止まれ
会いたい気持ちが溢れて仕方がない。
でも、俺の周りにも、彼女の周りにも人がいて、抜けられるような状況ではなかった。
何より俺と彼女の物理的距離がある。
それぞれのグループで笑って、はしゃいでいた。
彼女に視線を送ると、キラキラした瞳でみんなの会話に相づちを打ち、時々楽しそうな彼女の声が響く。
みんなは気にならないだろう声。
俺の耳にハッキリ聞こえる。
胸の高鳴りと共に、手を伸ばして引き寄せたくなる甘やかな彼女の声。
会いたい。
話したい。
そばにいたい。
違う。
君の声を聞いていると、どうしようもないほど胸を締め付けられる。
俺は、君にそばにいて欲しいんだ。
おわり
二七五、君の声がする
「ちょこぉ〜」
俺は家に帰るなり、恋人にダル絡みする。
今日はバレンタインなのだ。以前からきっと用意してくれていると思うけれど、今朝彼女から反応がなかったので帰ってきてすぐに絡んでしまっていた。
「もう、仕方がないですねー」
彼女は苦笑いしながらキッチンに向かう。俺は鎮座して待った。
しばらくすると、カシャカシャと金属音が響くと、甘い香りが漂ってくる。
ちゃんと用意してくれていたのは分かっていても、それがとても嬉しいんだ。
少し時間を置いてから、トレーを持って俺の目の前にシンプルなマグカップが置かれた。
マグカップにはドンと生クリームが乗っかって飲み物が見えない。
「まずはこちらをどうぞ」
どことなく含みのある彼女の言葉に、首をかしげながら生クリームからその飲み物を口に含むと甘さと苦さが広がった。
「? ココア?」
その瞬間、フグのように一気に頬か膨らんだ。
「違いますぅ! ホットチョコレートです! 私結構頑張ったのにー!!」
「え!? チョコレートなの!?」
「きちんと砕いて頑張ったのにー!!」
全然伝わっていない俺に悔しさが溢れたのか、俺の両頬を掴んで引っ張った。
「ひひゃいよー」
両手を目の前に縦に重ねて拝み倒す。砕いたってことはチョコレートを砕いた上でこれ作ったの?
「甘いの好きだと思ったから生クリームも沢山入れたんですよ!?」
「本当にごめん。でも、美味しいし……めちゃくちゃ嬉しいよ」
そう。
凄く嬉しいんだ。
彼女は恨めしそうな視線を俺にぶつけながら、もう一度立ち上がって冷凍庫から何かを取りだして俺の目の前に置いた。
「これって……」
ちょんと置かれたのはチョコレートアイス。
どこか不格好なのは、きっとこれも手作りだからだ。
それが分かるのは、俺は昔これを食べたことがあったから。
出会って間もない頃に、彼女から作ったからとお裾分けで貰ったことがある。手間がかかるものだと分かったからよく覚えていた。
「これも作ってくれたの?」
そう聞くと頬は膨らんでいないけれど、とても唇が尖っていた。
「作りました」
本当に……手作りにこだわるんだよな。
それは彼女が普段からプレゼントにどうするかと悩むと、お金でどうこうするんじゃなくて、手作りして心を込めることを選択する。
クリスマスも俺に合わせた好きな飲み物を手作りしてくれた。
心を込めてくれた。
「ごめんね。本当に、ありがとう。俺、ホットチョコレートって飲んだことなかったからココアとの差が分からなくて酷いこと言っちゃった。ごめんね」
そう伝えて彼女の頬を撫でると、何か驚いた顔をしていた。そして俺の手の上に手を重ねて俺の手に頬を擦り寄せる。
「いいえ。私こそごめんなさい。確かにココアとホットチョコレートの差って分からないかもです」
「一生懸命作ってくれたんでしょ」
「はい」
「愛も込めてくれた?」
「それはいっぱい!!」
ぱあっと明るい笑顔を向けてくれた。
俺への気持ちを込めた! と言う時に、こんな可愛い笑顔を見せてくれるのだから、沢山愛をこめてくれたんだと分かって自然と頬が緩んだ。
「本当にありがとう」
「アイスもホットチョコレートもゆっくり楽しんでくださいね」
「うん」
自然と唇を重ねると、彼女がまた笑う。
「ふふ。チョコレートの味がします」
おわり
二七四、ありがとう
そろそろ近づいたバレンタインの季節。
週末にくるイベントに、男女問わずソワソワしてしまっていた。
俺の務めている病院にいるみんなも、どことなく浮ついている。
友達や、仲のいい仲間には「チョコちょーだい!」と伝えていた。
が。
まあ、俺も少しだけ……そう、少しだけ落ち着かない。
俺には好意を寄せている彼女がいる。去年はバレンタインに誰にも渡して居ないみたいで、ホワイトデーに交換することになった。
あの時、誰かにバレンタインチョコを渡していないと知ってホッとしたんだ。
彼女も客商売だから、お客さんにあげるとは思っているし……今年はどうなんだろう……。
正直……彼女からバレンタインチョコが欲しい。
叶うなら、俺だけのチョコが欲しい。
ま、まあ……俺だけのチョコはハードルが高過ぎるんだけれどね。
俺はスマホを取り出してメッセージ欄を表示させる。
「……」
彼女に……チョコが欲しいと伝えたい……。
どうしようかな。
お店に行って、直接伝えようかな。
それとも、このままメッセージで伝えようかな。
俺はスマホをにらめっこしているうちに、休憩時間が終わってしまった。
おわり
そっと伝えたい