「「さむーーい!!!」」
冬空どころか、吹きっ曝しの潮風は頬どころか全身に冷たく、ひと吹きの風でふたりは大きな声で叫んでしまった。
「こらこんなに寒いとは……」
「真冬の海を舐めてましたね……」
咄嗟に彼女の身体を抱き寄せて体温で暖を取る。いや、むしろそれしかないのだ。
彼女も同じ気持ちで俺に抱きついてくれる。
心許ない温もりかもしれないけれど、違う意味で心身ともに暖かくなりそうだ。
そんな邪なことが脳裏に過っているのに、彼女は空を見上げていた。
「あ、流れ星!!」
彼女の声が響き渡る。その声につられて俺は天を仰いだ。
気が付かなかったけれど、そこには満天の星が眩く輝いていた。自分たちの住んでいるところは、どちらかと言えば都会の方だから、こんなに星々が綺麗に見えて胸が震える。
そうすると、スイッと星が瞬く間に落ちていった。
「ほら、また!!」
「本当だね」
「今日、なにかあったかな……?」
なにかの流星群の日だったっけ?
そんなことをぼんやり考えていると、彼女が俺を強く引っ張った。
「関係ないですよー! ふたりでいる時に見れたのが凄いじゃないですか!」
寒さで頬と鼻が真っ赤になりながらも、俺に向けてくれる屈託のない笑顔に、自然とこっちも微笑んでしまう。
だって俺の彼女、可愛いんだもん。
「また見えるかな?」
「見るまで頑張る!」
「風邪ひく前に戻るからね」
「えー!」
「えーじゃない」
抗議の声が上がるけれど、そこは俺、お医者さんとしても譲れないからね。
今はふたりだけのおしくらまんじゅうで、どうにか誤魔化しているけれど、感覚なくなったらシャレにならない。
「また流れ星が見えたらどうするの?」
「お願いごとします!」
躊躇いなくそういう彼女にビックリしつつも、彼女らしさに可笑しくて笑ってしまった。
「なんのお願いごとするの?」
「そんなの決まっているじゃないですか!!」
無邪気な笑顔が俺を捕える。
「あなたとずっといられますように!!」
ああ。
君にはかなわない。
俺は彼女の身体をより強く抱きしめていた。
おわり
二七〇、星に願って
「わっ」
何か軽くパコンという音と共に、バランスを崩して後ろに倒れ込む。けれど、道に倒れるわけはなく、隣で歩いていた恋人が私をうまいことキャッチしてくれた。
さすが、救急隊員さん。
とっさの救助行動はお手のものです。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます!」
彼が背中を支えてくれるから、立ち上がろうとすると転んだ方の足がカクンッと力が抜けて、また彼の胸に寄りかかってしまった。
「あ、あれ?」
足に痛みは無いから、くじいた感じはなかったので足元を見るとヒールの踵が外れてしまっていた。
「わ、うそ!?」
これからデートなのに!?
今到着したばかりなのに!?
戻る……という選択肢も無くはないけれど……ここまで来るまでの往復の時間を思うと、それはためらってしまう。
お気に入りの靴だったし、割と履いていたから寿命なのかもしれないけれど、少しショックだった。
「どうしよう……」
すると、背中を支えてくれていた彼が、私をしゃんと立たせてくれる。その後、私の正面に回ったかと思うと、しゃがみ込んで両手を後ろに向けてくれた。
「背中、乗って」
「え!?」
それは……おんぶしてくれるってこと?
「でも……」
「軽いから、大丈夫。ほら乗って!」
さすがに体重を全部預けるのに抵抗を覚えていたら、見破られてしまっていた。
私はおずおずとしながら、彼の背中に体重をかける。すると、簡単に背負ってくれた。
普段、色々な人を助けているから、私くらいは本当に軽いのかも……。
「ちゃんと掴まってね」
「うん、ありがとうございます」
「君が悪いわけじゃないから、気にしちゃダメ」
少し迷いはあったけれど、お言葉に甘えて彼に後ろから抱きついた。暖かい彼の背中に、覚えはないけれど懐かしさを感じてしまった。
こんな風に背中にぎゅっとしたことは、あまりないなー。なんてぼんやり考えてしまった。
「とりあえず、靴屋さん探そ」
「うん」
周りの視線は少し痛い。
でも、見た目より広い彼の背中に寄り添っていると、安心してしまい眠りに落ちそうになった。
おわり
二六九、君の背中
ドコから来たのか。
それは大好きな彼にも言えない。
ココに来てからの私が、今の私のすべて。
居場所がなくなった私が求めたのは、〇〇で。
でもそれを彼には言えなくて。
だって、きっと言っても信じてもらえない。
困った顔で笑ってくれる。と、思う。
「遠く……に、来たよね。私」
過去に戻りたいかと言われたら、それは絶対にない。
今がいい。
彼と想いが通じ合った今がいい。この〝今〟のこれからがいい。
私は窓の外を見つめる。お日様が下へもぐろうとしている鮮やかな夕陽が見えた。
もっと先に……あるのかもしれない〇〇。
そこから逃げた私は、現在(今)、彼に出会って、これ以上にないほどの幸せを噛み締めている。
今がいいの。
夕陽は彼の優しい瞳を思い出してしまうからか、私の目から涙がこぼれ落ちた。
今がいいの。
この今で〇〇に帰りたいの。
大好きな彼と一緒に。
おわり
二六八、遠く……
俺には好きな人がいます。
誰にでも笑顔だし、優しいし、思いやりのある女性だから、他の人からも好意を向けられている……気はする。
請求書に添えてくれる他愛のない一言が嬉しくて、好きなものが同じものが多くて、無理に内側に入ろうとしてこなくて……。
一緒に居て心地いいんだ。
募っていく〝好き〟という気持ちをいつか伝えられたら良いと願ってしまう。
誰も知らないけれど、誰にも言っていないけれど。
多分、周りの人たちは少しづつ気がついている俺の秘密。
おわり
二六七、誰も知らない秘密
しんと静まる夜。
今日は恋人が夜勤で居間にひとりでソファに座っていた。
テーブルの前にはココアが湯気を失いかけている。それだけ時間が経った証拠。
眠ろうとは思ったんだ。
でも、彼が居ない寂しさに負けてしまった。
まあ、明日はお休みだから、頑張って眠ろうとも思わなかった。
そう。
明日は私も彼も休みだ。
彼が帰ったあと、彼にぎゅーってしてもらって眠ってから、のんびり買い物デートしよう。
あのお店見て、こっちのお店を見て……。
そんな想像をしていたら、少し楽しくなってきた。
コップを手に取りココアを口に含むと、すっかり冷たくなっていた。甘さが控えめになっていて、苦味が目を覚ます。
あ。
窓の外に視線を送ると、下の方からオレンジ色が差し込んできていた。
夜が明ける。
もう少ししたら、彼が帰ってくる。
そうしたら大好きな彼の笑顔が見られるんだ。
私の静かな夜明けが終わる。
おわり
二六六、静かな夜明け