彼女が喜んでくれるのってなんだろう……。
そう考えながら、今日の夕飯を用意する。
この前、恋人から『なんでもない日だけれどプレゼント』という事で、コンパスをもらった。
俺の仕事的に、コンパスがあると〝生き残る可能性〟が高まるからだ。それは彼女が俺に〝帰ってきて欲しい〟という気持ちが込められているのが分かって胸が熱くなる。
今日は俺が非番で彼女だけが仕事だから、のんびりと買い物に行くと、無意識に彼女の好物がカゴに溢れていた。
……これなら出来合い物を買ってもいいし、夕飯に連れて行ってもいいんだけれど……。
彼女が普段プレゼントでくれるものを思い出す。すると、高級な夕食に連れて行くとか、高いものをプレゼントをするとかじゃない。俺自身がなにかする必要があるかなぁと考えてしまった。
それは彼女が俺にくれるプレゼントは、自分で作ってくれたものが地味に多いからだ。
今日の夕飯は腕を振るおう。
バイトでレベルを上げた程度の腕だけれど、彼女の喜んでもらえるものを用意したくなった。
「ただいま帰りましたー」
夕飯の支度を一通り終えた頃、彼女が家に帰ってくる。いつものように、玄関へ足を向けた。
「おかえり〜」
「ただいまです、疲れましたー!!」
言葉と同時に両手を広げた彼女が俺の胸に飛び込んでくる。
「おつかれ、おつかれ」
抱きしめ返しながら、頬を彼女に擦り寄せた。
しはらくお互いの体温を分けあってから、身体を離す。
「お腹すいた?」
「すきましたー!」
「夕飯、すぐ食べられるよ」
「食べますー!」
彼女はすぐに洗面台に向かい、手洗いうがいをしに向かう。その間に俺は最終的な準備をした。
「わぁ!」
ダイニングに来た彼女は口を大きく開け、目がきらきらと輝いていた。
「私の好きなやつがいっぱいー! 豪華ですー!!」
パッと俺に視線を向けてくる。
「この前もらったコンパスのお礼」
「えー、気にしなくていいんですよ! 私があげたかっただけなんですから……」
まあ、そう言うよね。
「でも、嬉しいです。ありがとうございます!」
そう微笑む彼女の顔はとても……とても可愛い。
ヤバいな。
お礼のつもりだったのに、俺の方がいいものもらっちゃった。
おわり
二五五、わぁ!
スマホの写真を見ていると、最近の写真からスワイプをして過去に遡っていく。
大好きな彼との写真が増えている。
指を下に動かして、動かして過去に戻っていくと一気に彼が減って、会社の人たちやお客さんとの写真が増えていく。
最初の一枚。
この都市に初めて来た写真。
そこから、今に戻るようにゆっくりと写真を流していく。
この頃に会社に入社したんだ。
まだこの都市のことを知らなくて、仕事も分からないことが多くて社長にも沢山迷惑をかけたな。
この頃に初めて彼に助けてもらったんだっけ……。
そこから少しずつ、彼が写真に増えていっていく。
お付き合いをし始めた頃から、更に彼の姿が増えていった。
一緒の家に住むようになって、今に至る。
スワイプしても、新しい画像は出てこないところまで戻ってきた。
ここからは、未来の私たちの人生で、ずっと続く終わらない物語。
おわり
二五四、終わらない物語
時々ある〝さみしい時間〟。
理由はないけれど無性にさみしいの。
でも、仕事で疲れている彼に甘えていいのか分からない瞬間があって……どうしようかな。
ただ、ギュッとしてくれるだけでいいんだけど……。
「ちかれたー」
そう言いながら、後ろからギュッとしてくる彼。
いきなりでびっくりして、振り返ろうとすると、頬に暖かいものが触れる。
それが彼の唇だと気がつくまで、少し時間がかかってしまった。
「疲れたから癒して」
「え!?」
「え、いや?」
「いやじゃない!!」
そう私が言うと、安心したように強く抱きしめてくれた。
私は正面から抱きしめたくて振り返る。その瞬間、少しだけ力を抜いてくれた。
その時、彼の顔を見る。
身体は疲れていても、精神的に疲れた顔をしてない。いつも彼がギューってしてくるタイミングと違った。
ありがとうございます。
私がさみしいって言えない時だって分かって、そう言ってくれたんだね。
私は安心して彼に抱きついた。
おわり
二五三、やさしい嘘
遅くなってしまった。
残業も残業。
と言うか、帰る前に大型の救助希望の連絡が入った。
これは帰るのがかなり遅くなるかもしれないな。
そう思った俺は、同棲している恋人に事情を説明した上で『先に寝てね』とメッセージで伝えていたから、多分先に寝ていると……思いたい。
極力音がならないように玄関に入る。彼女が起きていたら真っ先に飛んでくるから、もう眠っているのかな。
手洗いうがいから始め、寝る支度まで済ませて寝室に行くと彼女が枕を抱きしめて眠っていた。
微妙に眉間に皺を寄せている。
俺がそばに居ないせいだったら少しだけ嬉しい。
ベッドに入って彼女を後ろから抱きしめる。
彼女の体温が浸透してくるようで……俺は安心して瞳を閉じた。
「おやすみ」
おわり
二五二、瞳をとじて
先日行った雑貨店で手のひらに乗るような小さな宇宙の置物を買った。
私も気になっていたのだけど、彼に見せたら彼も気に入ってくれて考えた結果、お出迎えすることになった。
でも、私はもうひとつ、気になっていたものがある。
それは、『羅針盤』という名のコンパス。折りたたまれたところを立てると日時計にもなる。見た目はクラシックだけど、機能は揃っていた。
私の彼は救急隊員だから、救助する状況によっては危険が伴う仕事だ。だから、何かあった時に役に立てるものだと思った。
彼が遭難した時、これを持っていることで少しでも彼が私の元に帰る可能性が上がって欲しい。そう思ったの。
こういう物には安かろうが高かろうが関係ない。
コンパスの隣には、このコンパスを収納出来る革の袋が置いてあったから、私はセットで買うことに決めた。
別に誕生日でも、特別な記念日でもない。
何でもない日だけど、彼のために、私のために贈りたかった。
大好きな彼が私の元に、ちゃんと帰ってくること願いを込めて。
おわり
二五一、あなたへの贈り物