君は何処か悲しげに橋の向こうを見つめていた。
――このまま一緒に何処か遠くに行かない?
突然の君の持ち掛けに、思わず頷きそうになった。だけど、僕は何も答えない。
それができたら、どれだけいいだろう。
君と知らない道の先へ歩いていけたら、そう思うと嬉しくなる。でも、僕には償い切れていない罪がある。その罪がある限り、僕は何処へも行けない。
また僕は何も言えないまま、君と橋の向こうを見据えていた。
雨の音、夕方に怪しく儚く鳴く蜩、風で揺れる風鈴、あの小屋での記憶、貴方の声。
生まれつき、私の目は光を通さない。闇の中唯一手を取ってくれたのは貴方だった。
夏の匂いと共に姿を消した貴方を、今でも忘れられない。
穢れない思い出の断片を抱いて、今日も深く眠る。
カーテンが翻り、春風が桜の花びらを運んできた。
最後に私は長年過ごした室内を見渡した。
色々な思い出が蘇る。
初めての一人部屋にはしゃいだ事。親友達と笑い合ったり、喧嘩したり、恋人と過ごしたりした。
カーテンが翻る度、楽しかった事、悲しかった事が脳裏に過る。
階下から姉の声で我に返る。私は目尻に溜まった涙を拭い、部屋の扉のノブをつかむ。
「じゃあ行ってきます、また帰ってくるよ」
思い出が詰まった部屋に別れを告げ、夢への旅へ出発した。
沈む。体が沈んでいく。
冷たい。体の熱が水中に溶けていくようだ。
閉じた目蓋を開ける。光が遠い、口から微かに出ていく泡が水上へと昇る。
私は藻掻かない、抗わない、ただ沈んでいく。
このまま蒼の世界へ向かっていく。
蒼く深い世界はこんなにも美しく映る。
六月ももう終わる。また夏が来る。
幼い頃は、あんなに夏が楽しかったのに、今はこんなにも憂鬱に感じる。暑さのせいとかじゃなくて私の全てを簡単に奪い去った。
花火、祭り、日暮、まだ終わっていない課題、風鈴の音。
今も昔も何も変わらない。あの頃のままだ。
幼い頃の夏は輝いていた、幼い頃は――。
私の時間はまだあの噎せ返るような夏の日に取り残されている。
※おまけ※
田舎のあぜ道、蝉時雨、木漏れ日、野原で君と見た満月。
夏の夜は静かな時もあれば、賑やかな時もあった。
鈴虫の鳴き声、花火の弾ける音が今でも耳朶に蘇る。
梅雨が明け、幾度目かの夏の気配がもうそこに来ている。
今年は実家に帰省しようかな。と、満月を見上げながら一人呟いた。