沈む。体が沈んでいく。
冷たい。体の熱が水中に溶けていくようだ。
閉じた目蓋を開ける。光が遠い、口から微かに出ていく泡が水上へと昇る。
私は藻掻かない、抗わない、ただ沈んでいく。
このまま蒼の世界へ向かっていく。
蒼く深い世界はこんなにも美しく映る。
六月ももう終わる。また夏が来る。
幼い頃は、あんなに夏が楽しかったのに、今はこんなにも憂鬱に感じる。暑さのせいとかじゃなくて私の全てを簡単に奪い去った。
花火、祭り、日暮、まだ終わっていない課題、風鈴の音。
今も昔も何も変わらない。あの頃のままだ。
幼い頃の夏は輝いていた、幼い頃は――。
私の時間はまだあの噎せ返るような夏の日に取り残されている。
※おまけ※
田舎のあぜ道、蝉時雨、木漏れ日、野原で君と見た満月。
夏の夜は静かな時もあれば、賑やかな時もあった。
鈴虫の鳴き声、花火の弾ける音が今でも耳朶に蘇る。
梅雨が明け、幾度目かの夏の気配がもうそこに来ている。
今年は実家に帰省しようかな。と、満月を見上げながら一人呟いた。
私は必死になって走っていた。
――憧れは憧れ。
――背中を追いかけても無駄。
――凡人は凡人らしくしてればいいのに。
口々に放たれる声、小さい針で胸をチクチクと刺されるようだった。それでも私はあの人の背中を追いかけた。
毎日毎日毎日毎日、練習に明け暮れた。
まだ見ぬ世界はまだ遠い。
けれど。
私はあの人の背中を追いかける。
隣りに立てる日まで――。
別れ道、夕暮れ、夜の気配、君の真っ直ぐ伸びた影。
明日には君は行ってしまう、伝えられるのは今日しかない。頭では分かっているのに、何も言えないまま別れ道に差し掛かる。
見慣れた道が少し滲んで見える。
――また会える。
それだけ残して君はいなくなった。最後最後までずっと君は前向きで、でも最後の声は少しだけ涙で滲んで聞こえた。
貴方は、よくセントポリーアという可愛らしい花を一輪だけ私にくれました。
どうして毎日くれるのか分からないけど、私は嬉しかった。些細な贈り物だけど、私は幸せだった。
また、今日という一日が大切な思い出に変わる。そんな心持ちになれた。
「口下手な貴方の想い、ちゃんと伝わってたよ私も貴方にこの花を渡すね」
私はそっとセントポリーアの花束を貴方の側に供えた。
胸に芽生えたのはとても温かい貴方への小さな愛だった。