ゆずし

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3/11/2023, 4:03:23 AM

「なあ。平和ってなんだ?」

 彼はこの世を全て見透かしたような不気味な目をしていた。

「平和ってのは、争いがない世界だ。戦争が各地で起きている現代が平和だとは決して言えないだろうが、俺は別にそんなスケールの大きい話をしたいんじゃない」

 寝転がっていた身体を起こして向き直る。
 長い前髪のすき間からギロリと鋭い視線が送られた。

「例えば愛故に争いは起きる。不倫したり二股をかけたり。愛があるから理性という枷が外れてしまう。嫉妬って感情も争いの火種になり得る。そうだろ?」

 そうだ。愛に狂わされる人は何人もいる。
 そのせいで悲しんだり、憤ったりする。

「全員がロボットみてぇな無機質で無感情な物なら確かに争いは起きないし、平和を体現できたかの知れない。でもそれじゃあ人とは呼べない。彩りがなくてつまらない」

 ようするに、と彼は持論を主張した。

「愛と平和は同時に存在できない。そして、愛という感情がなければ俺達人間は生まれないんだ。つまり、完全な平和なんて有り得ない」

 争いのない平和な世界なんてただの幻想だ。



「俺は平和じゃなくていいと思う。争いをその都度解決して、それをきっかけに仲を深める。それでいいじゃねぇか。平和ってのは、争いを積み重ねた上にある物だと思うぜ?」


3/10/2023, 4:25:15 AM

 過ぎ去った日々。
 コロナ禍によって消失した日々。

 特に学生。本来はイベント事に溢れ、出会いに溢れるはずだった、新生活、新天地に淡い期待と思いを馳せていた。

 待っていたのはオンライン授業と監禁に近い自宅での自堕落な生活。貴重な時間が溶けるようになくなってしまった。

 過ぎ去った日々を元に戻す事は不可能だ。
 しかし一方で、その日々の中で培った経験がある。

 オンラインが故に得たパソコン技術。
 就活の時に役立つだろう。

 大学で新しい友達が出来なかった分、高校時代の友達と今でも遊ぶ事が多くなった。きっと一生物だ。

 肯定的に捉えるには難しいが、過ぎ去った日々を「無かったもの」にするのは違うはずだ。

3/9/2023, 5:15:37 AM

 お金より大事なもの。
 それはお金で買えないもの。

 年収が高ければ『愛』を貰える。
 タクシーを使えば『時間』を貰える。

 金を対価に買えないものは意外に少ない。

「何やってんの。帰るよー?」

 制服姿の彼女が自転車に乗ってぼくを呼ぶ。

 お金で買えないもの。それは『今』だ。
 学生時代だった過去、付き合いたてのあの時。未来に行けばもう手に入れる事は出来ない。何かを思考し、何かの趣味に没頭し、何かに夢中になったあの時が『今』に繋がる。

 君は『今』に満足しているか?
 満足していないならば、『今』から『未来』を描こう。
 お金では買えない『今』に満足する為に。

「ああ、今行くっ!」

 ぼくは自転車のペダルを強く踏んで駆け出した。


3/7/2023, 8:26:04 PM

 今宵は満月。美しき月光が、闇に染まった下界を明るく照らしつけていた。春の伊吹を僅かに感じる生暖かな風、近所に家に続々と明かりが灯り始めた。

 空が白む。夜が更け始めたのだ。

 ぼくは猛然と筆を走らせる。
 何度も単語を脳内で反芻させ、頭へと叩き込む。

 全身に帯びた熱、忍び寄る不安と焦燥。
 ついでにこの場合で最も強敵、睡魔が押し寄せた。

 世界が起きる。朝を迎える。
 人々が慌しく動き始めた、さあ決戦の刻だ。

「本気でやばい……覚えられなかった!」


 ここまで格好よく書いたが、今日はテストなのだ。そして前日から自責と後悔に包まれた徹夜の試験勉強が始まった。一際輝かしい月夜が、朝の認識を鈍らせた。

 満月よ。願い事が叶うならどうか前日までのぼくに言って欲しい。「携帯ばかり弄ってないで早く勉強しろ!」と。

 これは最も共感出来て、かつ最も共感してはいけない学生自体のほろ苦い思い出である。

3/7/2023, 6:13:31 AM

 スキー合宿の最終日、事件は起こった。
 クラスの中の一班が雪山で遭難したのだ。

 外は飄々と雪が降りとても捜索できる状態にない。先生を含めたメンバーは騒然となり最悪の事態を想像した。

「なんでお前は余裕そうなんだよ。彼女もその中にいるんだろ、助けに行かなくていいのかよ!」

 ぼくはその中でどこか冷静だった。まるで見えない第三者の視点で物事を俯瞰しているような不思議な感覚。

 心配していない訳が無い。
 でも彼女なら、と思考パターンはありありと想像出来る。

「あいつ、昔から方向音痴だからな」

 冗談を言い合うように。地図と睨めっこしていたぼくはトンと一点を指さして先生に伝えた。

「あいつなら、きっと───」


 遭難してしまった。班員の一人が足を怪我して、その治療をする為に近くの休憩所を探して道に迷ったのもいけなかった。おかげで吹雪に見舞われ、帰るのも困難になってしまった。

「私達、きっと帰れないよ……っ」
「ううん、大丈夫。きっと助けは来る」

 私は確たる自信をもってそう答えた。決して不安を解消したかったからでは無い、心の中の冷静な私が想像したのだ。

 頼りになる彼が、絶対に来てくれる。
 私を分かってくれる。

「あいつなら、きっと───」


 結局彼女達はすんなりと、言った場所で見つかった。皆はこれを愛のなせる技だとか囃し立てていたけれど、多分違う。

 これは愛じゃなくて、お互いの信頼。
 絆のおかげだ。

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