大切なもの
それは時間。時間の価値は、年齢によって異なる。
受験生のラストシーズン。
大学生の学期末休み。
社会人の連休。
しかし時間的価値は往々にして、過ぎ去った後に気付くものだ。あの時ああしていればとよく後悔する。
なので私はいつもこう考える。
私はタイムリーパーであり、この時間に戻ってきた。もう二度とあんな悲惨な結末は辿らせないと。
至極滑稽な、妄想癖を拗らせたような言い分だが、今を大切に生きようと思うとそれくらいの覚悟が必要だろう。
彼女はいつも笑っていた。
どんなに辛くても、悲しくても、笑っていた。それが彼女の強さだった。それが彼女の魅力だった。
僕は彼女に惹かれた。初めて出会った日から、僕は彼女に目が離せなかった。彼女の笑顔に、彼女の優しさに、彼女の勇気に。
「好きだ」
そう言って、僕は彼女に告白した。なんの捻りもなくて面白味に欠けた告白。だけど彼女は、驚いた顔をした後に涙を滲ませて快く受け入れてくれた。
「ありがとう」
それから僕らは付き合い始めた。毎日会って話したり、手を繋いだり、キスをしたり。普通のカップルと変わらない幸せな日々だった。
ある日、彼女から電話が来た。
「今から会える?」
彼女のささやかな願いに答えられない彼氏はいない。
急いで家を出て、約束の場所へ向かった。途中で渋滞に巻き込まれてしまったが、何とか時間内に到着した。
「え……?」
そこで見た光景は想像もしていなかったものだった。
事故現場だった。
赤信号を無視した車が歩道に突っ込んできて、何人もの人を巻き込んでいた。その中に見覚えのある姿が───。
「そんな……ッ!」
叫んで駆け寄ろうとしたが、すぐに警察官に止められた。
「危険です!近づかないでください!」という声がぐわんぐわんと脳内でこだましながら耳に入ってくる。
でも、僕は止まらなかった。
「ぁぁ……ああ」
力なきその身体を強く抱きしめる。
冷たい。もうそこに僕の知る彼女はいない。
「ごめんなさい」
涙目で謝る警察官の顔を見て、
「遅すぎました」
救急車から降りてくる医師の声を聞いて、
現実を受け入れるしかなかった。
彼女の安らかな瞳は、一時の夢をみるように穏やかでただ昼寝でもしているだけじゃないかって錯覚してしまう。
幻想を見ていたのは僕の方だ。夢のような甘い時間を過ごさせてくれていたのは僕の方だ。
夢から覚めた。彼女はもう居ない。
僕は静かに嗚咽を漏らしながら咽び泣いた。
「誰だって緊張はするよ?」
君はいつもそう言ってくれた。
緊張するぼくに、優しく囁きかけてくれた。
「WBCいつも見てたじゃん。ほら、あんな一流の選手だって時には成績が振るわない時があるもんなんだよ」
スーパースターとも言えよう選手が、成績不振。
周囲からかかるプレッシャーは計り知れない。
「大丈夫。君は出来る」
自信をつけてくれる。
「ここまで頑張って来たじゃん」
嗚呼そうだ、その努力を忘れてはいけない。
「私は見てた。ずっと隣で」
自分を分かっているのは自分の様で、その隣にいる人がよく見ているのかもしれない。
大事な試験。大事な試合。大事な面接。大事な発表。この時期には色んな事があるけれど……きっと大丈夫。
自信は努力の裏付けだ。
さあ、頑張ろう。ぼく。
意外な一面にふと気が付く事がある。
がさつに見えて意外に器用だったり、乱暴に見えて人には優しかったり。
そういうのを人は「ギャップ」とでも言うのだろうが、ぼくの場合それを舐められない道具として使ってきた。
例えば、カースト下位の陰キャな風貌なのにアクロバットを得意としていたとか、部活動は武道関連を中心にやって来たとか意外性を武器に世間と渡り歩くのだ。
自分なんて……と卑屈になるのではない。
出来る事を増やしてくのだ。
その内に、きっと自信が付いてくる。
原動力になるのは、「好奇心」だ。
あらゆる事に対して、「もっと知りたい」と貪欲であればある程、人は叡智を求めて進歩してきた。自分に自信が持てない時、新たな事に挑戦してみるといいかもしれない。
両親と遊園地に行く日々。
部活動でクタクタになる日々。
受験に向けて日々勉強する日々。
課題とバイトに明け暮れる日々。
同じ電車に乗って会社に行く日々。
歳を経る度に日々は変わっていくけれど。
意外にその日々を今この瞬間に自覚する事はない。
思い返してみると、「ああ意外と大学生らしかったな」とか「高校生の時は輝いていたな」とか思うのだ。時間が経てばその日々は過ぎていく。
だがある時、強制的に平穏な日々を失う時が来る。
地震大国であり、島国である日本。多くの災害に見舞われ、不幸にも命を落とし、大切な誰かが、あるいは自身が犠牲に合う。
江戸時代か、いやそれ以前から幾度となく災害に合い、しかしその度に挫けずに生き長らえてきた屈強な種族だ。
12年という時を経て。
再び日本人は前を向く。