ゆずし

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 今宵は満月。美しき月光が、闇に染まった下界を明るく照らしつけていた。春の伊吹を僅かに感じる生暖かな風、近所に家に続々と明かりが灯り始めた。

 空が白む。夜が更け始めたのだ。

 ぼくは猛然と筆を走らせる。
 何度も単語を脳内で反芻させ、頭へと叩き込む。

 全身に帯びた熱、忍び寄る不安と焦燥。
 ついでにこの場合で最も強敵、睡魔が押し寄せた。

 世界が起きる。朝を迎える。
 人々が慌しく動き始めた、さあ決戦の刻だ。

「本気でやばい……覚えられなかった!」


 ここまで格好よく書いたが、今日はテストなのだ。そして前日から自責と後悔に包まれた徹夜の試験勉強が始まった。一際輝かしい月夜が、朝の認識を鈍らせた。

 満月よ。願い事が叶うならどうか前日までのぼくに言って欲しい。「携帯ばかり弄ってないで早く勉強しろ!」と。

 これは最も共感出来て、かつ最も共感してはいけない学生自体のほろ苦い思い出である。

3/7/2023, 8:26:04 PM