私たちは同類だ、とあなたは言ったけれど
私はそうは思わない
だってあなたの腕は傷一つなく綺麗だし
あなたはにきびを爪で引っ掻いたりしない
爪だって長くて形が良いし、
髪もサラサラして絹糸みたい
何より、あなたの瞳は透き通っている
私みたいな汚い人間を
同類だ、と言い放てるあなたの美しい心を、
私はいつも
海の底から陽の光を仰ぎ見る魚の気持ちで羨んでいる
「私、妊娠したのよ」
あなたの澄んだ目が
みるみる絶望の色に染っていくことに
私は安堵していた
あなたの十字架は私が降ろす、
例えその背骨ごと引き剥がすことになっても
そう決めたのは
この腹に新たな生命が宿ったと知った時だった
私たちは良い親友だった、
いや、正確に言うならお互いに良い親友を演じていた
あなたが私を見つめる瞳は
出会った当初から情熱を帯びていて
私たちは、
どちらかが2分の1の確率で今とは違う身体をもって
生まれていたら恋人同士になれたのかもしれない
それがどれほど意味の無い夢想であるかはわかっている
あなたは他ならぬこの私に恋をし、
そして私も唯一のあなたに恋をしていたから
でも私たちはお互いに若くて、
どうしようも無いくらい臆病だった
私への気持ちに蓋をして苦しんでいる
あなたを見ているのは辛くて、
臆病な私は、
世間一般の「普通」に奔放に身を委ね、
自分の感情を見て見ぬふりをすることに徹した
しかし、もし20歳という区切りで、
あなたが私たちの関係性の変化を望むのなら、
私はそれを全て受け入れるつもりだった
あなたの苦しみも幸せも、
過去も未来も、
非難も恐怖も、
愛しいあなたの手を取って
受け入れようと決めていたその時、
私に天罰が下った
それは、
罰と言うにはあまりに無条件に幸福の形をしていた
この子の父親になる人は
驚きと喜びで飛び跳ねながら
指輪を買いに走ったけれど、
私はその背中を見つめながら
あなたのことを考えていた
あなたの十字架をいかに残酷に引き剥がして、
私への思いを断ち切らせるか、ということを
未練すら残らないように、
冷徹に、無慈悲に
今、あなたを絶望に染めているのは一体なんだろう
20歳という若さで母になる私への哀れみか
想い人の奔放さが招いた結果への同情か
十字架を背骨ごと引き剥がされた痛みか
耐え難い沈黙の間、
私はあなたの瞳を見ながら
私自身を見つめていた
幸福そうな顔をした私がそこにいる
これで良い、
あなたの十字架は確かに地に落ちた
その傷が癒えたらどうかまた歩き出して、
今度こそ幸福を見つけてね
私のたった1人の愛しい人
寒さが身に染みる、
私は目を閉じてあなたを見つめていた
お互いが20歳になったら伝えようと思っていた
年齢の区切りがついたら
私の気持ちにも区切りがつく
拒否されても、
気色が悪いと言われても構わない
私の気持ちに区切りをつかせて欲しい
これは私の願いだった
私はこの恋が叶うことを願っている訳では無い
ただ区切りが欲しい、諦めが欲しい
そんなのは1人でやれと言われるかもしれない
しかし墓場まで持って行くには
あまりにも大きな十字架だった
長らく付き合ってきたこの思いもここで打ち止めだ
でも私の唇はなかなか開かなかった
積もりに積もったあなたに対する感情全てが
石になって唇の上に乗っかっていた
「あのね、私……」
先に口を開いたのは向こうだった
愛しい紅色の唇が紡いだのは、
あなたにとっての幸福
そしてそれは私にとっての絶望であった
眠れない夜は月を見るといいと言われたので
さっそくやってみようと思う
幸い私のベッドには脇に窓がある
午前2時を過ぎて、冴え渡った目線を月に向けると
ひんやりとした三日月が真っ暗な夜空に佇んでいた
それは眠れない私を小馬鹿にするようにひしゃげているようにも見えれば
嫋やかな美しさをもって下界を照らしているようにも見える
見続けて何時間たった頃だろう
やがて三日月の輪郭がどろりと溶けて
白濁のインクが零れ始めた
それはこぼれた先で泥濘となり、
白いぬかるみの中から何かがゆっくりと芽生えている
それは緩やかに成長を続け、
上へと向かって立ち上がる
次第にこぼれそうなほどに大きな蕾を携えて
艶やかな蓮の花がゆっくりと花開く
と同時に私の目は開いていた
状況がわからず数回瞬きをすると、
今まで見ていた三日月はその姿を忽然と消して
私の視界は青一面を捉えていた
真っ直ぐな人だった
色とりどりの花の中で
迷いなく純白の山百合を手に取るような人だった
まさに山百合のように気高くて強い人だった
あなたの唇が
軽はずみな言葉を紡いだことは1度も無い
あなたの決断はいつでも清く志高く
富士山のようだった
だから私は無条件にあなたの選択を受け入れる
あなたが私を選ばなくても
私という地味な野山に咲いた
高貴な山百合の面影が
私の一生涯に横たわることになっても
私はあなたのすべてを受け入れる