雪が好きなやつなんかこの世にいるか?
いや、いないね
雪ってやつは全くもってろくなもんじゃない
まず、僕の地元では
冬の恒例行事に家族総出の雪かきがあるんだが
よく考えてくれよ
雪かき、を朝イチにこなしてから
学校なり仕事なりに行くんだ
無理だろ、普通に疲れるだろ、
しかも一銭も貰えないときた、最悪だよ
なんでこんな土地に住もうと思ったんだ親は
大学生になって
やっとこさ冬の筋肉痛から逃れられた、と
安堵したのも束の間
都会は都会で、
雪が降ったら電車は止まるは車はスリップするわで
やっぱりどこに行っても
雪はな〜んにもいい所がない
今だって、
大学終わりのエスカレーターの中で
片思いの相手とたまたま2人きりになってしまい、
何故か不思議な距離感を保ったまま
大学の最寄りの駅まで来てしまって
サークルでは話したことあるけど2人きりでは話したことない男女特有の気まずい雰囲気を更に盛り上げるかのように
積雪による運転見合わせのアナウンスに見舞われている
そして、確かこの子の帰路はここから電車をいくつか乗り継ぐものだったと思い出したところだ
ここで立ち往生を食らっていては
おそらくこの子は今日のうちには家に帰れない
彼女は僕の斜め前にいて、
電光掲示板を見つめたまま動かない
駅の白っぽい光に照らされて、
彼女の髪が茶色に透けて見える
いや、そんなことを考えている場合じゃない
一体僕はどんな顔して彼女に声をかければいいんだ?
僕の家はここから頑張れば歩いていけるけど、
ここで家に来る?
なんて誘うのは陰キャの僕には無理だ、
そんな度胸はない
でも無視して僕だけ帰っていいのか?
いや、ダメだろ…
好きな女の子を雪の中に1人残して帰るのはダメだろ……
「あなたこの後、暇?」
僕の呆けた思考に切り込んできたのは、
僕がいつも一方的に焦がれていた大きな瞳とその声
思いがけず戸惑いの声を発するより早く、
「暇ならさ、雪合戦しようよ。私雪大好きなんだ」
そう言うと彼女は僕の手をひいた
僕達2人は雪景色の中に飛び込んでいった
ウンザリするほど見慣れた雪景色だったが
既に積もっている雪も、空から舞い落ちる雪も
彼女の雪のように白い肌も
今まで見たことがないほど煌めいていた
正直腹が立つほど寒かったけれど、
彼女の手のひらの熱がその苛立ちを消し去った
前言撤回
僕は雪が好きかもしれない
今までの筋肉痛も遅延もスリップも
全部この幸福と引き換えだったのだと思うと
まあ、なんだ、
雪も案外やるじゃないか
親愛なるあなた
おはようございます
今朝の目覚めはどうでしたか?
わたしの方は相変わらず
朝は低血圧でなかなか起きれないし、
朝ごはんは食欲がわかず食べられないのです
ところで、窓の外はご覧になりましたか
雲ひとつ無い冬晴れですよ
今まで色んな空を見てきましたが、
こんなにあっぱれな青色は見たことがありません
こんなに見事な冬晴れの下にいると、
そのまま溶けて消えてしまいたくなります
なんて
こんなことを言ったら、
あなたはどんな顔をするのでしょうね
その大きな目を見張って、
私を心配してくれますか?
ねえ、わたし、今日のために
たくさんのてるてる坊主を逆さまに吊るしたんです
でも、悉くわたしの願いは叶いませんね
どうぞ笑ってください
どうせ叶わないのなら、
逆さまのてるてる坊主にもうひとつ願い事を
あなたの旅路が最悪でありますように
旅先でこっ酷い目に遭いますように
そして、
どうか、
あなたの心だけでも
わたしの元に帰ってきてくれますように
昔から私に叶えられないことは無かった
退屈なら、
本を読んだり勉強すればいい
痩せようと思えば、
適度な食事制限と運動をすればいい
お金が欲しいと思えば、
努力してお金を稼げばいい
1人が寂しいと思えば、
依存し合える恋人を作ればいい
なりたい自分や未来が見えているのなら
それになればいいだけの話だ
欲求に対して自分が出来る対処法がわかっていれば
その結果が現れてくることなど自明の理であって
それが幸せだなんて感じることは無かった
深夜に食べるラーメンが美味しいのは当たり前だし
恋人がいれば承認欲求が満たされるのは当然だ
全部当たり前の帰結だから
特別幸せを感じることなんてない
良かったなあとは思うけど心底幸福に浸ることはない
この話をすると
あなたは首がもぎれそうなほど頷いてくれた
そしてその後、
もし心底幸福だと思えることがあったら
お互いに教え合おうね、と
さぞ戦友のように力強く言い放った
でも私は、私の体は、
あなたの瞳が私を真っ直ぐ射抜く時
胃がじわっと蕩けて
喉の辺りに込み上げてくる何かを感じ取っていた
あなたを初めて見た時から予感はしていた
でも認めるわけにはいかなかった
認めてしまったら、
口に出してしまったら、
あなたの目の色が変わってしまうと思ったから
私は幸せとは何かを知っている
でも知らないフリをする
これからも、あなたのそばに居るために
日の出は嫌いだ
整然とした空に騒々しさをもたらすから
日の出は嫌いだ
痛いくらいに眩しくて目を逸らしたくなるから
でも世間は皆、日の出が好きだ
新しい年の始まりには
多くの人がわざわざ早起きして光が指すのを待つ
日の出はあの人みたい
騒々しくて痛々しくて八方美人で、
目を逸らしたくなるほど純粋で美しくて
誰からも愛されて
絶対に私だけのものにはなってくれない
だから私は日の出が嫌いなのだ
新年あけましておめでとう
久しぶりに見たあの人の筆跡は
最後に見た時となんら変わっていなくて、
私はしばらくそのミミズみたいな
文字から目を離すことができなかった
昔
そのミミズが、
私の名字を形取ったことがあった
今やそのミミズは別のかたちになって
その隣で三日月のような目がこちらを見ている
元恋人に写真付きの年賀状を送るなんて無神経にもほどがある
でも、
私はそういうあなたを好きなった
何にも臆せず、
堂々と自分の幸福を追求する欲張りなあなた
幸福の塊のようなそれをシュレッダーにかけると
ミミズは散り散りになって
もう2度と元の形には戻らなくなった