—誕生日サプライズ—
今日は、彼女の誕生日だ。
だから、俺はサプライズをすることにした。
準備は、彼女が仕事から帰ってくる十九時までに終わらせなくてはならない。
職場を早く抜けてきたつもりだったが、あと三十分しかない。
「よしっ! 飾り付けはオッケーだ」
壁に風船や、折り紙で作った輪飾をテープで貼りつけた。
「次は料理を並べないとな」
帰りにスーパーで買った少しお高めなサラダやローストビーフ、寿司等を皿に盛り付ける。
残り十分。
プレゼントは用意できている。ラッピングしたそれをそばに置いている。
ケーキは冷蔵庫だ。
俺は彼女が帰ってくるまで、大きな段ボールの中にクラッカーを持って身を潜めた。
ここから出て、彼女をびっくりさせてやるのだ。
——
今日は私の誕生日。
腕時計をみた。午後七時。
実は、彼が私にサプライズを仕掛けてくれることには事前に気づいている。
ベッドの下にたくさんの飾り付けがみえたから。それに朝から彼の様子がいつもと違っていたからだ。
鍵を回す。
「ただいまー」
私は何も知らないふりをして家に入った。
リビングにつながる透明なドアから、中の様子がみえた。中央に明らかに大きな段ボールが置いてある。
(バレバレだよ!)
大人一人が入れる大きさだった。
小さく咳払いをして、表情を固めた。
「ただいま」ともう一度言った。
「誕生日おめでとう!」
彼が勢いよく飛び出してきて、クラッカーを鳴らした。私は驚いたふりをしておく。
「うわっ、びっくりした!」
「えへへ、でしょ。誕生日おめでとう」
彼は、頭の後ろを掻いて笑った。
「はい、いつもありがとう」
彼はそう言ってプレゼントをくれた。
私がずっと前から欲しいと言っていた、ヘアブラシだった。
「嬉しい。ありがとう!」
今夜の誕生日パーティーは、とても素敵な会になった。
バカみたいに笑い合って、最高の思い出になった。
お題:バカみたい
—相合傘—
演劇部の部室の窓に、雨が打ちつけ始めた。
朝の天気予報では、一日曇りのはずだった。
「マジか、今日雨降んのかよ」
「折りたたみ傘、持ってないの?」
隣に座る水野が訊いてきた。
「ちょうど先週、壊れちまったんだよ」
「あぁ。あの時、風強かったもんね」
台風が近づいているわけでもなかったのに、台風並みの暴風が吹いていた。
そのせいで、俺の折りたたみ傘は骨がバキバキに折れてしまった。
元の状態よりも、折りたためる傘になってしまったわけだ。
「あたし、傘持ってるけど」
「なんだよ、嫌味かよ」
「そうじゃなくって……。あたしの傘でいいなら、駅まで入れてあげるって話」
俺の鼓動は急激に速くなった。
つまり、相合傘ということだ。
「いいのか?」
「だって、濡れたくないでしょ」
「……じゃあ、入れてもらおうかな」
「うん。帰ろっか」
彼女は、いつもと変わらない口調でそう言った。
昇降口を出ると、小雨に変わっていた。
しかし、ここで一人で帰ると言い出したら、逃げたみたいに捉えられる可能性があるので、俺は何も言わなかった。
「あんたの方が背が高いんだから、あんたが傘持ちなさいよ」
「わかったよ」
俺は右側に立ち、傘を握った。
彼女の歩幅に合わせて歩き出した。
「本番、来週だな」
何を話せばいいのかわからず、演劇部の舞台の話を持ち出した。
「そうね。でも大丈夫よ。きっと上手くいく」
「そうだな」
緊張のせいか、あまり会話は続かず、駅まで来てしまった。
「助かった。サンキュー」
「折りたたみ傘、ちゃんと買いなさいよ」
「あぁ」
傘についた雨水を払い、綺麗にたたんだ。
それを返す時、彼女の頬が少し赤くなっていることに気がついた。
「今度、なんか奢ってね」彼女は言った。
「わかった」
また明日、と言って俺たちは改札で別れた。
エスカレーターに乗っている時、俺は大きく息を吐いた。
もっと色々話せばよかった、と別れた今になって後悔した。
お題:二人ぼっち
—夢の終わりに—
夢をみていた。
白いベッドに横たわっている自分を、俺は見下ろしていた。
「なんだよ、これ……」
まるで、目の前の自分は抜け殻になってしまったかのように目を閉じている。
叩こうとすると、透けて触れられなかった。
薄暗い病院の中をとぼとぼ歩いた。
こうやって歩くのはいつぶりなんだろう、と心の中で思った。
あそこにいた自分の体は大きくなっていて、もう大人になっているようだった。
「あの、出口はどこでしょうか」
近くの看護師に訊いた。だが、彼女は無視して通り過ぎていった。
本当に幽霊になってしまったように思えた。
自力で出口を探して、外に出た。
向かう場所は一つだった。
「ただいま」
声をかけるも返事はない。夜中の三時だ。
家族みんな、眠っているだろう。
俺は姉の部屋に入り込んだ。
「姉さん」
おそらく聞こえるはずのない声を、俺は発した。
「いつも見舞いに来てくれただろう」
病院で横たわっている時、意識はなかったものの、声だけは心の中に届いていた。昔から聞き慣れた姉の声だった。
「俺、嬉しかったんだ。姉さんがお見舞いに来てくれるの」
良い夢か悪い夢かわからないけれど、この夢が醒める前に、伝えたいことがあった。
「ありがとう」
姉は寝返りを打ち、小さな寝息を立てて眠っていた。
けれど、自分の想いを口にできただけで、それだけで充分だった。
俺は目を閉じた。
その瞬間、俺の体は小さいガラスの破片のように、キラキラと天に散っていった。
お題:夢が醒める前に
—雪の上でもう一度—
物心ついた頃から雪の上を滑っていた。
雪国に生まれた僕は、父と母の影響でスキーを始めた。
山頂から雄大な雪景色を見下ろすだけで、僕の心は高鳴った。
『大谷小学校六年一組 橋本奏多 全国スキー大会優勝! ——』
地方新聞に大きく飾られた僕の写真。
これからさらなる飛躍をみせてくれるだろうという輝いた姿だった。
「コーチに誘われたけど、練習どうする?」
「……やめとく」
「わかった」
おそらく母はコーチに電話をかけ始めた。
いつもの声よりワントーン高い声が聞こえてくる。
「はぁ」と大きく息を吐く。
僕が練習に行かなくなって、一年が経った。
原因はわかっている。
僕は怪我をしたのだ。一年前の練習の時、スキー板が制御できなくなって、骨折をした。
全治半年の大きな怪我だった。
ただ、体の怪我はもう治っている。心の怪我が治らなかったのだ。
「そうかもしれませんねぇ」
ソファに寝そべると、母の声が耳に入ってくる。
「わざわざ、すみません。ええ、息子に準備をさせておきます」
母は電話を切った。
「コーチが一時間後、迎えにきてくれるそうよ」
「行かないって言ったじゃん」
「あなたはコーチの苦労を知りなさい。毎回わざわざ電話をくれるんだから」
確かに半年前に練習が始まる前に早退してから、コーチは毎週電話をくれていた。
「今日で続けるのか、やめるのか、決めなさい」母は鋭い声でそう言った。
きっかり一時間後に、コーチは車で迎えに来てくれた。
「ひさしぶりだな。少し大きくなったか」
「まぁ、ちょっとだけ」
僕をみて、母はシャキッとしなさいと僕の尻を叩いた。
母が助手席に、僕が後部座席に乗って車は動き出した。前の二人は、ひたすら僕の話をしていた。
車に揺られて三十分。いつものスキー場についた。僕たちは着替え始めた。
「サイズは合うか」コーチが訊いた。
「大丈夫です」
いつの間にか少しだけ小さくなっていた。
ザクザクと雪を踏み締める。もう既に、僕の体は震えていた。
むろん、寒いからではない。
「コーチ、やっぱり、無理です」
雪山を見た途端、僕の体の震えは最高潮に達した。僕は今すぐに帰りたかった。
「カナタ、スキーは嫌いになったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。ただ、震えが止まらなくて」
コーチは大きく頷いた。
「なら、大丈夫だ」
コーチは僕を、山のない、平らな場所へ連れてきた。手を繋いで、ただ何度も同じ場所を往復した。
「お前が今やめたら、これから一生後悔すると思うんだ」
「……」
「またゼロからでいい。ちょっとずつ、俺と頑張ってみないか」
コーチは、ゴーグルの奥から熱い視線を送ってくれていた。
「……僕はまたスキーがしたい。あの景色をもう一度みてみたい」
胸が高鳴るあの瞬間を、また味わいたい。
今抱えている恐怖と同じくらい、前に進みたいと思っている自分がいた。
お題:胸が高鳴る
—小さな家政婦—
ある日、母が新しい家政婦さんを連れてきた。
僕と同じくらいの背丈の少女だった。
「今日からお世話になります。セリアです。精一杯がんばります!」
真新しいメイド服に身を包んだ彼女は、ぎこちなく腰を折った。
彼女は要領があまり良くなく、叱られることも多かったが、早くこの家に慣れようと必死に努力していた。
——私はご主人様に買われた身なのです。とても感謝しております。
いつの日か、セリアは屈託のない笑顔でそう言った。彼女の話によると、奴隷として、この世を彷徨っていたらしい。
字は読めず、書けない。魔法も使えない。
それでも懸命に働く彼女のことを、僕はいつの間にか目で追うようになっていた。
「君がここにきて、一年になるだろう。父や母には内緒だよ」
僕は記念日に、彼女にプレゼントを渡した。
「受け取れません。そういうのは、もっとふさわしい方に——」
「僕は、君にあげたいんだ」
彼女は悩んだ末に、受け取ってくれた。
銀の指輪だった。
隣にセリアがいる日々が流れゆき、やがて僕は、彼女へ恋心を抱いていることを自覚していった。
そして彼女もまた、少なからず僕に好意を寄せてくれていることにも気づいていた。
しかし関係は進展することなく、彼女がここにきてから一年と半分が経った。
「母上、セリアはどこへ」
学園から帰ると、セリアはこの家からいなくなっていた。
「彼女は、最後に立派な働きをしてくれました」
「どういう意味ですか」
僕が学園にいた間、隣国の商人が借金の件で我が家を訪ねた。商人は、この家の弱みを握っていたらしい。
セリアは商人の胸を刺した。
そして、凶器についた彼女の指紋が証拠になり、連行された。
つまり借金の証書を消すため、口封じをするために、セリアを雇ったということだった。
僕は、自室に飛び込んだ。
僕の勉強机には、銀色に光る指輪と一枚のメモが残されていた。
『ありがとう』
震える文字で、そこにはそう書かれていた。
お題:不条理