初心者太郎

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3/19/2026, 2:14:01 AM

—小さな家政婦—

ある日、母が新しい家政婦さんを連れてきた。
僕と同じくらいの背丈の少女だった。

「今日からお世話になります。セリアです。精一杯がんばります!」

真新しいメイド服に身を包んだ彼女は、ぎこちなく腰を折った。
彼女は要領があまり良くなく、叱られることも多かったが、早くこの家に慣れようと必死に努力していた。

——私はご主人様に買われた身なのです。とても感謝しております。

いつの日か、セリアは屈託のない笑顔でそう言った。彼女の話によると、奴隷として、この世を彷徨っていたらしい。

字は読めず、書けない。魔法も使えない。
それでも懸命に働く彼女のことを、僕はいつの間にか目で追うようになっていた。

「君がここにきて、一年になるだろう。父や母には内緒だよ」

僕は記念日に、彼女にプレゼントを渡した。

「受け取れません。そういうのは、もっとふさわしい方に——」
「僕は、君にあげたいんだ」

彼女は悩んだ末に、受け取ってくれた。
銀の指輪だった。

隣にセリアがいる日々が流れゆき、やがて僕は、彼女へ恋心を抱いていることを自覚していった。
そして彼女もまた、少なからず僕に好意を寄せてくれていることにも気づいていた。

しかし関係は進展することなく、彼女がここにきてから一年と半分が経った。

「母上、セリアはどこへ」

学園から帰ると、セリアはこの家からいなくなっていた。

「彼女は、最後に立派な働きをしてくれました」
「どういう意味ですか」

僕が学園にいた間、隣国の商人が借金の件で我が家を訪ねた。商人は、この家の弱みを握っていたらしい。

セリアは商人の胸を刺した。
そして、凶器についた彼女の指紋が証拠になり、連行された。

つまり借金の証書を消すため、口封じをするために、セリアを雇ったということだった。

僕は、自室に飛び込んだ。
僕の勉強机には、銀色に光る指輪と一枚のメモが残されていた。

『ありがとう』

震える文字で、そこにはそう書かれていた。

お題:不条理

3/18/2026, 1:26:59 AM

—泣かぬ決心—

自宅に届いた一枚の赤い紙。
彼の徴兵が決まった通知だった。

「頼むから泣かないでほしい」
「そんなこと言っても」

私の目から涙がとまらなかった。
お腹の中には、私たちの子がいる。これからは本当の家族として、幸せな暮らしを送れると思っていたのに。

その日は、一日中泣き続けた。

「行ってきます」

彼は家を出ていく日も、いつもと変わらぬ笑みでそう言った。

「行ってらっしゃい」

私は彼の望み通り、涙を見せなかった。
彼と最後の抱擁を交わし、彼はいなくなってしまった。

『我が軍は、本日も勇戦を続けております。——』

ラジオで毎日流れる戦況報告。
どうか、彼が生きて帰ってきますようにと、私は祈ることしかできなかった。

「彼はお国のために、立派だった」

その数日後、届いた彼の死亡通知。
骨すら帰ってくることなく、ただ無慈悲に一枚の紙だけが手元に残った。

「泣かないよ。私は絶対に泣かないよ」

それが彼との約束だから。
頭ではわかっているはずなのに、私の目からは涙が溢れてくるのだ。

私は、大きくなったお腹を両手で優しく撫でた。

お題:泣かないよ

3/17/2026, 1:52:52 AM

—お化け屋敷—

目の前にそびえ立つ『絶叫の館』。
日本の中でもトップクラスで怖いお化け屋敷であると言われている。

「じゃあ、行こうか」

微かに震えている彼が隣にいる。
私はその腕にぴったりくっついて頷いた。

「本物の幽霊が出ちゃったらどうしよう」

なんて私は冗談混じりに言うが、本当は幽霊を信じるタイプじゃない。

「大丈夫、僕が守るから」

彼の声は少しうわずっていて可笑しかった。

私はお化け屋敷にくると決まった時点で、事前にリサーチしておいた。
お化け屋敷の中では、適度なリアクションをした方がいいそうだ。

私のように全く怖がらない人でも、演技でいいから怖がらなければ、距離が縮まらないらしい。

「絶叫の館には、いくつかルールがございます。——」

スタッフの女性が、ルール説明を始めた。

「もし体を触られることがあったら、それは本物の幽霊の仕業かもしれません」

なんてジョークを交えながら話してくれた。
明らかに怖がらせるための嘘だとわかるのに、彼の手には力が入っていた。

「それではいってらっしゃい!」

懐中電灯を一つ渡され、入り口を潜った。

「暗いよー、怖いよー」

私は彼の右腕にくっついてゆっくり歩いた。
暗闇の中、ゆっくりと歩んでゆく。

「うわぁ!」

少し進むと、物陰から幽霊役が姿を現した。
隣の彼の声が思ったよりも大きくて、その声にびっくりした。

その後も何度か脅かされるが、怖くともなんともなかった。でも、ある程度のリアクションはとっておいた。

「助けて!」

これでおしまいかな、と思った時に、彼が私を置いて走って逃げた。後ろから出てきた幽霊役にビビったようだ。

「置いていかないでよ!」

私も慌てて追いかける。
予想通り、さっきのが最後だった。外の光が眩しい。

「ごめん。怖くて逃げちゃった」
「別にいいよ。あなたの反応、見てて面白かったし」

置いていかれたのは悲しかったけれど、可愛いなとも思った。

「ごめん、絆創膏持ってる?」
「どうしたの?」
「どこかで切っちゃったみたい」

彼の左手の人差し指から出血していた。

「何かに当たったのかな?」
「そんな感じはしなかったんだけどなぁ」

私は、絆創膏を貼ってあげた。
まさかね、と思いながら、私たちは歩き出した。

お題:怖がり

3/16/2026, 12:36:50 AM

—星夜の約束事—

『星の谷』は、流れ星の終着点。
その星は、色とりどりの鮮やかな『星のかけら』となって眠っていて、それを手にした者は、幸運を引き寄せる。

と、おばあちゃんが言っていた。

「あんなおとぎ話信じるのかよ」「星が落ちてくるわけないだろ」「そんなのがあったら、どこかで売られているだろうな」

誰もこの話を信じてくれない。

星がくっきりと浮かぶ夜。
だから僕は一人で『星の谷』に向かった。

「絶対にみつけてやる……!」

僕はスコップで地面を掘りながら呟いた。
されど『星のかけら』は出てこない。

「どこにあるんだろう……」

僕は、少しだけ涙目になっていた。
おばあちゃんが言っていたことだ。絶対どこかに隠れているはずだ。

「ねぇ、星のかけらを探しにきたの?」

僕と同じくらいの背丈の女の子が話しかけてきた。ここら辺じゃ小学校は一つしかないけれど、みたこともない顔だった。

「うん。でも、なかなかみつからないんだ」
「あたしも一緒に探していい?」
「もちろん。みつけたら教えてね」

僕たちは二手に分かれて探した。もっとも、声が届くくらいの距離だったけれど。

「君の名前は?」と僕は訊いた。
「あたしはルミナ。あなたは?」
「僕は、けんぞう」

彼女とは色々なことを話した。
彼女はこの場所について詳しくて、星のことならなんでも知っていた。

「みつけた!」ふいにルミナが叫んだ。
「本当⁈」

ルミナのスコップの上には、光り輝く小さな『星のかけら』が三つあった。

「きれい……」
「これ、全部あげる」彼女が言った。
「どうして? ルミナがみつけた『星のかけら』だよ?」

彼女は首を横に振る。そして僕が持っていたジャム瓶に押し込んだ。

「あたしはいいの。その代わり、今日、あたしと会ったことは誰にも言わないでほしい」
「うん……」
「あと、またここにきてほしいな」
「本当にいいの?」
「うん。でも、絶対に約束は守ってね」

かなり時間がかかってしまったので、僕たちは解散することにした。ルミナは僕と反対方向の道だった。

『星のかけら』が溢れないようにジャム瓶を手で抑える。
みんなにこのことを自慢するよりも、次に彼女と会える夜のことで頭がいっぱいだった。

「また会いたいな」

僕は小走りで家まで向かった。

お題:星が溢れる

3/14/2026, 4:12:41 PM

—桜の木の下で—

高校二年生に進学した。
今日は、運命のクラス替えの日だ。

(どうか、友達と同じクラスになれますように)

心の中でそう願った。
一年生の時は、中学時代の親友がいたおかげで何人か友人はできた。

しかし、周りに誰も友人がいない状況になってしまったら……。
誰かに話しかけるのが得意じゃない俺は、不安が胸の中に広がってゆく。

桜散る校舎の真ん前。
大きな掲示板に、クラスと名前が書かれていた。

「クラス、離れ離れになっちゃったな。新しいクラスでも頑張ろうな」と親友が言った。

「うん。お互いに頑張ろう」

俺は四組で、親友は七組。
挨拶してから、それぞれのクラスが並んでいる列に向かった。

「出席番号順に並べー」

体育教師の声が響く。
指示通り、自分の番号のところに並ぶと、隣の子に肩を叩かれた。

「ねぇ、私のこと覚えてる?」

隣の子は女子だった。
それだけで、さっきまでの不安が少し軽くなった。単純すぎる自分がバカに思える。

「え、もしかして——」

その子の顔をよくみると、小学校六年生の時のクラスメイトが頭に浮かび、重なった。

「正解! 覚えててくれたんだ」
「うん。まあね……」

当然だ。
隣にいるこの子は、俺の初恋の女子だから。
しかも、告白してフラれている。
忘れるはずがない。

髪色が明るくなり、少し大人っぽくみえる。
そのせいで、すぐには気づかなかった。

「知り合いがいてよかったぁ。これからよろしくね!」

彼女はニコリと笑って、俺の手を取る。

「うん。よろしく」

彼女と話していると、色々な妄想が頭の中で膨らむ。

彼女は俺と同じクラスになって喜んでいる。手を握ってくれた。昔、俺をフったのは何か事情があったんじゃないか。

実は、彼女は俺のことが好きなんじゃないか——?

俺の頭の中の計算機が、そんな夢みたいな結論を弾き出した。
あぁ、単純すぎる自分が嫌になる。

でも、彼女の安らかな瞳をみていると、ちょっとばかり期待してしまう自分がいた。

お題:安らかな瞳

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