—万引き—
店内の防犯カメラに、しっかり犯行シーンが映っていた。
画面の中にみえる十歳くらいの子供がパンを盗み出している。
うちのスーパーは、最近景気が良くない。こうした安価の盗みも許すわけにはいかない。
「この黒い帽子を被った小学生男子だ。今度見つけたら捕まえるように」
店長として、店員に呼びかけた。
「店長、この子ですよね⁈」
午後三時。
バイトの男子が連れてきた。
間違いない。カメラに映っていた子供だ。
「ちょっと裏まで来てもらおうか」
俺は屈んで子供にそう言うと、おとなしくついてきた。
「昨日、パンを盗んだよね」
「はい」
無機質な声で返された。
「どうして盗んだのかな」
「……」
子供は何も言わない。物欲か、犯罪欲か。
「とりあえず、お家に電話してもいいかな」
「はい」
子供は、家の電話番号をスラスラと口に出した。
「じゃあ、親御さんを呼ぶね」
「……」
番号にかけた。すぐに繋がった。
お子さんが万引きをしたこと。店に来て欲しいことを伝えると電話を切った。
「君、どうして万引きをしたんだ?」
俺は、もう一度訊いてみた。
「……見てほしかったから」
「え?」
「お母さんに見てほしかったから……」
その子供は、悲壮な瞳をただ足元に向けていた。
お題:欲望
—愛の誘拐—
大きな家を見上げて、インターフォンを鳴らした。
「はい」男の声がした。
「宅急便です」
俺がそう言うと、男は出てきた。
「こちらにハンコを」
男がハンコを捺すために俯く。
俺はそのタイミングを見計らって、瞬時に相手の口元にハンカチを押し付けた。
バタリとその場に倒れ、意識を失った。
俺は帽子を深く被り、マスクを付け直し、中へ進む。
「誰?」
部屋に入ると、一人の女がいた。
夕日に照らされ、長い黒髪が淡く揺れている。まるでどこかの国の姫であるかのように、儚く、美しい。
「あなたを誘拐しにきました」
俺の声を聞いたその人は、驚かなかった。
「どこに連れて行ってくれるんですか?」
むしろ、笑みを浮かべていた。
「それは、教えられません。私は誘拐犯ですから」
俺は、ハンカチを彼女の口元に優しく押し当てた。
彼女の体から、スッと力が抜けてゆく。思ったよりも早い。
彼女を支えて、抱き抱える。
その時にチラッと見えた腕の痣。
「どこか遠い街で、二人っきりになれる場所で。私が必ず幸せにしてみせます」
俺は白馬の王子でも、魔法使いでもない。
けれど、彼女を愛する者として、俺は彼女を救い出したい。
俺は、彼女の左手薬指にはめられた、ダイヤの指輪を投げ捨てた。
彼女を抱き上げ、家を駆け出した。
お題:遠くの街へ
—分身—
宅急便で自分宛に何かが届いた。
誰から送られたのかはわからないが、とりあえず中を開けてみた。
「なんだこれ」
白くて丸い物体。真ん中に赤いボタンが付いている。
俺は、そのボタンを押してみた。
「え……?」
「やあ」
その物体はボタンを押した途端、変形して姿形が全く俺になった。
「何かしてほしいことあったら言ってくれ」
「……じゃあ、明日、代わりに学校行ってきてくれないか」
「わかった」
次の日。
もう一人の俺は、制服に着替えて家を出た。
少しだけ心配になったが、多分大丈夫だろうと思った。
俺には友達がいないからだ。
「いってきます」と母の声が玄関から聞こえた。
母は仕事の時間だ。
これでやっと一人きりになれた。
俺は思う存分ゲームをした。学校にいるよりもずっと楽しい。
気づけば俺が帰る時間になっていた。
「ただいま」
「おかえり、どうだった?」
まるで母の訊くようなことを言ってしまった。
「楽しかったよ」
「楽しかった?」
「うん。じゃあ俺、宿題するから」
もう一人の俺は自室に向かった。
楽しかった、という彼の言葉が引っかかっていた。
次の日。
今日は学校に行ってみることにした。
「おはよう」
一昨日までは全く話さなかった薮木に挨拶された。一瞬戸惑ったが彼の視線はこちらを向いている。
「おはよう……」
「『クロノ』のイベントやったか? あのめっちゃゴールドもらえるやつ」
クロノ——クロノブレーカーは、俺の好きなゲームだ。
「やった!——」
俺は薮木と語り合った。
「おはよう」とまた新たな仲間も加わった。
岡田だ。「あのボス強すぎないか?」
初めてクラスメイトと話すことができた。
昼食も一人じゃないし、放課後も初めて誰かと遊んだ。
今日はとても楽しかった。
「ただいま!」
家に帰り、大きな声で言ったが返事はない。
俺は階段を駆け上がり、ドアを開けた。
もう一人の俺はもういなくなっていた。
『どうか、素晴らしい人生を』
机の上に書き置きされたメモ。
「ありがとう」
天を見上げ、彼に届くように言った。
お題:現実逃避
—心理テスト—
君は今、夢をみている。
楽しい夢だ。
隣にいるたった一人と、どこか遠い地で、笑い合い、手を取り合い、幸せな時間を共に過ごしている。
君は、隣にどんな人を思い浮かべる?
家族でも友人でも良い。
誰か一人を思い浮かべて欲しい。
今、君の頭に思い浮かんだその人は、きっと君の一番大切な人だ。
もし。
僕のように、たったの一人も思い浮かばなかったそこの君。
どうか、そんな君に幸あれ。
お題:君は今
—星降る雨—
鉛色の空から、ポツポツと雨が降り始めた。やがて、このまま帰るのが憚られるほど、雨脚が強まってきた。
「参ったな」
老人はやむを得ず、近くの屋根のあるパン屋に避難した。
物憂げな空を眺める。
しばらくは、止みそうにない。
「お客さん?」
すると店のドアから女の子が出てきた。
中学生くらいにみえる。
「すみません。急に雨が降り始めたもんだから、雨宿りさせてもらってます」
「あー、そうですか」
彼女は明らかに残念そうな顔をした。
久しぶりにお客さんが来た、と思ったからだ。
「でも、せっかくだから入ろうかな」
「ほんとですか⁈」
女の子はパッと顔を明るくして言った。
老人は入り口をくぐった。
「この店の一番人気はなんですか?」
老人は訊いた。
「メロンパンですね。でも、私はこのクロワッサンの方が好きなんですけど」
「じゃあ、一つずつ頂こうかな」
彼女は素早い手つきでそれらを袋に詰めた。
「ありがとう」
老人はにっこりと笑った。
「いいえ、こちらこそ。お買い上げありがとうございました!」
彼女は丁寧に頭を下げた。
「まだ雨止みませんね。——うちの傘、よければ貸しますよ」
「いえ、悪いですよ」
「うちのパンは出来立てが美味しいんです。早く家に帰って食べてもらいたいんです」
「……申し訳ないね」
老人は傘を受け取り、店を出た。
次の日。昨日の天気が嘘のように晴れた。
女の子は店を開けるためにシャッターを上げると、驚いた。
「なんで⁈ お客さんがこんなに⁈」
店の前には大量の客が並んでいた。
最近、全くお客さんが来なかったのに——。
「いらっしゃいませ!」
彼女は、店を開けた。
客が雪崩のように入り込んできた。
結局その日、パンがなくなるほどの大盛況だった。
——トシさんがこの店を絶賛してたんだ。
ある客がこう言っていた。
『トシさん』は、どうやら有名なレビュアーらしい。
「みつけた」
彼女は閉店後、気になって調べてみた。
検索がヒットした、一件のブログ記事。
そこにはこう書かれていた。
『今日は、運命のように巡り会えたパン屋について紹介しようと思う。——』
この店の名前が刻まれていた。
そして、ここのパンを高く評価する言葉が並んでいた。
『——何より、店員さんの対応が素晴らしかった!』
評価は、満点の五つ星だった。
お題:物憂げな空