—愛の誘拐—
大きな家を見上げて、インターフォンを鳴らした。
「はい」男の声がした。
「宅急便です」
俺がそう言うと、男は出てきた。
「こちらにハンコを」
男がハンコを捺すために俯く。
俺はそのタイミングを見計らって、瞬時に相手の口元にハンカチを押し付けた。
バタリとその場に倒れ、意識を失った。
俺は帽子を深く被り、マスクを付け直し、中へ進む。
「誰?」
部屋に入ると、一人の女がいた。
夕日に照らされ、長い黒髪が淡く揺れている。まるでどこかの国の姫であるかのように、儚く、美しい。
「あなたを誘拐しにきました」
俺の声を聞いたその人は、驚かなかった。
「どこに連れて行ってくれるんですか?」
むしろ、笑みを浮かべていた。
「それは、教えられません。私は誘拐犯ですから」
俺は、ハンカチを彼女の口元に優しく押し当てた。
彼女の体から、スッと力が抜けてゆく。思ったよりも早い。
彼女を支えて、抱き抱える。
その時にチラッと見えた腕の痣。
「どこか遠い街で、二人っきりになれる場所で。私が必ず幸せにしてみせます」
俺は白馬の王子でも、魔法使いでもない。
けれど、彼女を愛する者として、俺は彼女を救い出したい。
俺は、彼女の左手薬指にはめられた、ダイヤの指輪を投げ捨てた。
彼女を抱き上げ、家を駆け出した。
お題:遠くの街へ
3/1/2026, 8:23:46 AM