—小さな番人—
いつもの場所——公園のベンチの下で、ネコがこちらをじっと見つめている。
片目が潰れた、茶と白の三毛猫だ。
「あのネコ、いつもいるな」
俺は友人に言った。
「あのネコね。あのネコとは関わらない方がいいよ」
「どうして?」
「『呪われたネコ』なんだ」
何故、という顔をした俺に、友人は詳しく事情を説明してくれた。
半年前、この公園である少女が誘拐された。
結局、天は味方をせず、少女は帰らぬ人となってしまった。
なんとその日、少女はあのネコを探していたのだそうだ。
ざっくり言うとそんな事件があったらしい。
ここに来て日が浅い俺は初耳だった。
「あのネコが逃げ出さなかったら、その女の子は無事だったんだ」
友人は最後にそう言った。
夕方、友人と別れた後、どうしてもあのネコが気になってもう一度公園を訪れた。
「なぁ」
俺は、その呪われたネコに話しかけた。
しかし、ネコはこちらを激しく威嚇する。
「俺は敵じゃないよ」
干したイワシを目の前に置いた。
ネコは匂いを嗅ぎ、イワシにかじりついた。相当お腹が空いていたようだ。
「君はあの日、女の子を守ろうとしたんじゃないか」
潰れた片目を見る。
「でも悲しいけど、女の子はもう帰ってこない。一人は寂しいよ。一緒に帰ろう」
俺はネコを抱えようとしたけれど、激しく抵抗された。
「わかった。また来るね」
俺は立ち上がり、公園を後にした。
その場を見ていない俺に真実はわからない。
だがどうしても、あのネコが少女がいなくなったあの場所で、帰りを待っているような気がしてならないのだ。
明日は、ご飯と一緒に花束を持って行こう。
俺はそう心に決めた。
お題:小さな命
—Loveの使い方—
今日の英語の授業で『Love』という単語を習った。
「じゃあ、『Love』という単語を使って、隣の人と会話をしてみましょう」
先生がそう言うとクラスがざわめきだした。
思春期の僕たちにとって、少し刺激が強い。
「あー、I love you!」
僕が隣の女子にそう告げると、彼女は顔を少し赤くした。
「Sorry……」
振られた。
「I don’t love you」
さらには追い討ちまで。
彼女がそれを本心で言っているのか、僕にはわからなかった。
タイマーがピピピと鳴った。
「先生ー! 先生は『Love』って単語、日常で使うんですかー?」
クラスのお調子者が訊いた。
教壇に立つ、若い女の先生をからかいたくなったんだろう。
「私は日本人の男性と結婚しましたから、『Love』は滅多に使いませんね。でも、愛は毎日伝え合っていますよ。それが円満な夫婦関係を続ける秘訣ですからね」
女教師は平然と言う。
「皆さんが外国人の方と付き合うことになった時は、ぜひ『Love』を使って愛を伝えてあげてください。まぁ、中学生のあなたたちには、まだ早いでしょうけど」
逆に仕返しをくらった。
先生は何事もなかったかのように、次に進んでいく。
クラスはシーンと静まり返った。
今日の授業は、なんだか疲れてしまった。
『Love』を使うって、思ったよりも体力を使う単語だな、と僕は思った。
お題:Love you
—光の仮面—
高校最後の文化祭を翌日に控えた今日。
「陽菜ちゃん、ごめん! 昨日の放課後、装飾一人でやってもらっちゃって」
「全然いいよ。私は部活に入ってないし、みんな大会近いもんね」
俺は近くの女子を横目に見ていた。
近藤陽菜は、太陽のような人だ。
前向きで明るくて、誰に対しても優しい。
「なぁ、あの噂聞いたか?」
突然、友人の中島が話しかけてきた。
「なんの?」
「近藤さん、フォークダンスの相手がいるらしいぞ」
「へぇ」
「なんだよ。興味なさそうだな」
明日の夕方に開催される、三年生のみで行うフォークダンス。
一緒に踊った相手とは、生涯を共に過ごすことができるという言い伝えがあるらしい。
「色んな人が相手に立候補したけど、先約があるからって断られたらしいぜ」
「ふうん」
「お前、近藤さんと中学一緒なんだろ? 何か聞いてないのか?」
「聞いてない」
そう言うと、中島はつまらなさそうな顔を見せた。
そして放課後。
今日は準備できる最後の日ということで、みんな張り切っていた。
「陽菜ちゃん、昨日やってくれたから、今日は私たちがやるよ」
「私もやるよ。一人でも多い方が、早く終わるからね」
「ありがとう」
俺は、小道具の作成に取り掛かった。
「明日の本番、絶対に成功させよう!」
準備が終わり、学級委員長が言った。
クラスのほとんどがいるこの教室は、大いに盛り上がった。
そして、ぞろぞろと解散した。
帰宅のために、俺は電車に乗り込んだ。
「はぁ、今日も疲れた」
隣に立った近藤が言った。
「お疲れ」
「昨日の放課後、ありがとうね。トオルが手伝ってくれなかったら、きっと終わってなかったわ」
俺は、彼女のことをよく知っている。
「あいつら、話してばっかで全然進まないし。いてもいなくても変わらない」
彼女は、居場所を失いたくないのだ。
だから彼女は太陽のような人を演じている。
「まぁ、終わって良かったな」
「本当よ。——明日のフォークダンス、楽しみにしてるね」
そう言って、彼女は笑顔を見せた。
「あぁ、また明日」
電車のドアを潜り、彼女と別れた。
もう日は暮れ、外はすっかり暗くなっていた。
お題:太陽のような
—リスタート—
俺はたった今、無職になった。
十年間勤めた会社が、倒産したのだ。
「ごめん」
その夜、俺は妻と娘に頭を下げた。
まだ三歳の娘がいるというのに、無職になるなんて情けない話だ。
「ぱぱ、むしょく……?」
「パパのお仕事がなくなっちゃったのよ」
「しごとがない……」
妻は平然と言う。
「でも大丈夫よ。仕事はどこかにきっとあるし、パパがこれまで頑張ってくれたおかげで貯金もあるから。——むしろ、少し休みがとれて良かったじゃない」
なんて笑いながら言った。
そんな妻の心の強さに、俺は支えられる。
「ありがとう」
もう一度、俺は頭を下げた。
見捨てられなくて良かったと、心から思う。
彼女の優しさに、思わず涙が溢れてきた。
「ぱぱ、しごとあるよ!」
ふいに娘が叫んだ。
「なあに。どんなお仕事があるの?」と妻が隣の娘に訊く。
「あしたから、パパはメイとあそぶの!」
二人でふっと笑ってしまった。
「確かにそうね。子育ても立派なお仕事だもんね」
「わかった。明日は遊びに行こう」
「じゃあお弁当作って、ピクニックでもしよっか」
「ぴくにっく、したい……!」
暗くなると思っていた部屋の雰囲気は、いつの間にか明るいものになっていた。
無職になってしまった初日。
俺のスタートは、悪くない滑り出しだった。
お題:0からの
—同情はいらない—
いじめはつらい。
そんなことはみんな知っているはずなのに、いじめはなくならない。
なぜだろう。
「いてて……」
殴られて、蹴られて、ズキズキと痛む体をさすった。
体育館裏から、一人で虚しくとぼとぼ歩く。
部活が終わった今の時間、学校内は静かだ。
いつもこうならいいのに、と私は思う。
「ねぇ阿部さん、いじめられてるでしょ」
廊下を歩いていると、突然背後から声をかけられた。
学級委員長だった。
黒縁のメガネ越しに、こちらを真っ直ぐみている。
「そんなわけないじゃん」と口にしようとしたが、服も汚れているし、ところどころ傷口もみえる。
「だったらなに?」と私はいった。
「俺は、いじめは見逃せない」
彼は悲壮な表情をこちらに向ける。
「同情? そういうのが一番腹立つから」
私は、委員長を無視して真っ直ぐ歩いた。
すると、彼は私の右手首を掴んだ。
「同情……、違うかもしれないけど、そうかもしれない」
「は?」
必死に振り解こうとしたが、彼の力は強かった。
「昔、いじめられてる友人がいたんだ。いや、何もできなかった俺は、友人とは言えないかもしれない」
彼は、手を離した。
「俺は、もう、ただみてるだけなのは嫌なんだ。君の話を聞かせてくれないか」
彼の存在が少し大きく見えた。
私は、彼の目を見つめる。
「私は……」
そこまで口にして、思いとどまった。
「私から話すことは何もない」
そう言って、また歩き始めた。
「今まで気づかなくてごめん! 必ず俺がなんとかするから!」
後ろから、そう叫ぶ声が聞こえた。
本当は関わらないでほしい。他の誰かを巻き込みたくはなかった。
でも、最後にそう言えなかったのは、彼を信じたくなってしまったからかもしれない。
お題:同情