—半分のしおり—
池田紬は、カフェの窓際で本を読んでいた。
「ごめん、お待たせ!」
すると、木村絵馬が少し遅れてやってきた。
人身事故の影響で、電車が遅延していたらしい。
紬は、本から顔を上げた。
「大丈夫。遅延は仕方ないよ」
紬は笑ってみせた。
けれど、絵馬はばつが悪そうな表情をする。
「本当にツムギは優しいのね」
「それは、よく言われるかも。……そんなことはいいから、早く話そうよ」
「うん」
そんなジョークをかましながら、しおりを本に挟んだ。
「そのしおり珍しいね」絵馬が言った。
「あぁ、これね……」
枯葉の右半分をラッピングしたしおり。
「昔、友達と一緒に作ったの」
「へぇ、なんかいいね」
その友人とは、小学校の同級生だった。
けれど、その子は転校してしまった。
「とりあえず、何か頼もうよ」
二人は、メニュー表をみた。
コーヒー二つと、フルーツケーキ、シフォンケーキを注文した。
「最近、転職したんだけどさ。やっと地獄の職場を抜け出せたかと思ったら、さらに厳しいところに来ちゃって!」
「最悪じゃん」
二人は高校の同級生だが、七年経った今でもたまに会い、こうやって駄弁るのだ。
「ほんっとに、甘いもん食べないとやってけないよ!」
「わかる。うちのとこもさ——」
たくさん愚痴を言い合っているうちに、気づけば二時間経っていた。
「そろそろお開きにするか」
「そうだね。私、先払ってくるよ」
「ありがとう」
紬は席を立った。
伝票を持ち、レジまで向かうと、先にお会計している男性の財布から何かが落ちた。
思わず目を見開いた。
それは、枯葉の左半分をラッピングしたしおりだった。
「あの」
男性は振り向く。
その顔には、古い面影があった。
「これ、落としましたよ」
紬は、ほとんど反射的に、しおりの裏に自分の名刺を重ねていた。
「ありがとうございます」
昔とは違い、低くてよく響く声だった。
男性はそれを受け取ると店を去っていった。
心臓が、小学生の時に戻ったように、速く鼓動していた。
お題:枯葉
—明日の君へ—
「あなたがセナ君ですか?」
橋本ひまりが、上目遣いで不安そうにこちらをみる。
「うん」
「やっぱりそうなんですね……。今日はどこに連れていってくれるんですか?」
どこかよそよそしい彼女。
だが、俺たちは恋人同士だ。
「それは、行ってからのお楽しみだ」
実は彼女は昨日までのことを覚えていない。
事故に遭ってから、記憶を留めることができなくなったらしい。
だから、今日の彼女には初めまして。
彼女の記憶力が早く元に戻るように、俺が頑張るしかない。
電車に揺られながら、目的地に向かう。
「日記を読んだら、昨日は『遊園地』に連れていってもらった、とありました」
「そうだよ。何か覚えてる?」
彼女は大きく首を横に振る。
「そっか。でも大丈夫。俺が全力でサポートするから」
「ありがとうございます、セナ君」
駅を出て大通りを真っ直ぐ行くと、目的地に着いた。
「水族館、ですか?」
「さぁ、中へ行こう」
チケットを購入して、入り口を潜った。
彼女は「わぁ、きれい!」「かわいい!」なんて声を上げながら、水槽にペタペタくっついている。
「イルカショー見たいです!」
「うん、見に行こう」
迫力のあるショーで大いに盛り上がった。
プールサイドでイルカに触れられるイベントもあって、楽しかった。
その後も色々な場所を周り、外に出るともう日は暮れかかっていた。
また大通りを歩き、電車に乗り込んだ。
「今日は楽しかったです!」
「うん、俺も」
「ちゃんと今日のこと、日記に書きますから。——明日、覚えてると良いなぁ」
彼女は、独り言のようにポツリと言った。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。またね」
駅を出て、俺たちは別れた。
彼女が見えなくなるまで、見送った。
今日の彼女にさようなら。
どうか、今日を覚えていますように。
そう祈りながら、俺は家路についた。
お題:今日にさよなら
—忘れられないハヤシライス—
駅前に、とても人気な洋食屋がある。
なんといっても、数量限定の『特製煮込みハンバーグ定食』が、安くて美味いらしい。
しかし俺は食べたことがない。
その代わり、そこのハヤシライスはほぼ毎日食べている。
「お一人様ですか?」
昼のピークを過ぎた午後三時。
俺はやってきた。
「はい」
「お好きな席にお座りください」
バイトと思われる若い女性にそう言われて、俺はカウンターに腰掛けた。
ここからだと厨房がよく見える。
厨房を覗くと、今日もあの人はいた。
「お待たせしました、ハヤシライスです」
しばらく待っていると、気にかけている彼女が配膳カウンター越しに運んできた。
「ありがとうございます」と言って受け取った後も、なぜか彼女はじっとこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、最近よくハヤシライスを食べられているなと思って」
この店に通い始めて一ヶ月が経った。
顔を覚えられていても不思議じゃない。
「ここのハヤシライスの味が忘れられなくて」
「もしかしてハヤシライス愛好家さんですか? たまに見かけるんです。色んな洋食屋を巡って、ハヤシライスだけを食べる方」
「いえ……、私は別に」
俺がこの店に通うのは……。
「そうですか。でも、うちのハヤシライスを気に入ってくださったということですよね。ありがとうございます。——お客さんに内緒で良いことをお教えますね」
彼女は顔を少し近づけて小さな声で言った。
「実はうちのハヤシライスは、隠し味でハチミツを使ってるんです。家で作るときに、ぜひ試してみてください」
俺がこの店に通うのは、目の前の彼女が、亡くなった妻に似ているから。
——隠し味にハチミツを入れると美味しくなるんだよね。
そして、この店のハヤシライスが、妻の味と似ていたからだ。
「……やってみます」
「お食事の邪魔をしてしまって、すみません。どうぞ召し上がってください」
彼女が笑顔でそう言った。
ハヤシライスを口に運ぶと、やはりいつもの優しい味がした。
お題:お気に入り
—最後の勝負—
俺には、誰よりも負けず嫌いな友人がいる。
何かイベントがある度に、俺たちは勝負して競い合っていた。
——どっちがサッカー上手いか勝負だ!
——どっちが肉多く食べられるか勝負だ!
——どっちが先生からたくさん褒められるか勝負だ!
一に勝負、二に勝負、三にも四にも勝負。
競うことしか頭にない奴で、でも俺もそれに付き合うのが好きだった。
俺にとって、最高のライバルだったから。
「竹内くんのリクエストで、クラスレクはサッカーをやります」
先生が言った。
今日は俺のライバル——竹内が明日転校するので、最後にクラスレクをしようということになったのだ。
「どっちのチームが試合で勝つか、勝負な」
校庭に向かう途中、竹内がそう言った。
「おう」
校庭に出ると、各自でアップした。
時間が限られているため、すぐに試合は始まった。
先生のホイッスルの音で、ボールは動き出した。試合は二十分しかない。
「パス!」「ナイス!」と声を掛け合いながらゲームが進んでいく。
点を奪い合う白熱した試合。
結局、最後の一分で俺が決めたゴールが決勝点となった。
「五対四でBチームの勝利!」
みんなで握手を交わしてゲームは終了した。
「俺の負けだ。でも楽しかったよ」
「あぁ」
勝ったのに、嬉しい気持ちにはなれない。
これで最後だと思うと、むしろ悲しい気持ちになってしまう。
本当は誰よりも、彼との勝負を楽しんでいたのかもしれない。
「俺な、気づいたんだ。俺は負けず嫌いだけど、本当はお前と何かをするってことが楽しかったのかもしれない」竹内が言った。
「俺も全くおんなじ気持ちだよ」
俺は大きく頷いた。
竹内はいつものように笑っていた。
お題:誰よりも
—君の余命を知ってしまった日—
今日は、彼女とデートの予定がある。
俺はその準備で急いでいたのに、母に呼び止められた。
「あんた宛に何かきてるよ」
どっさりと郵便物を抱えた母から、白い封筒を一通、手渡された。
「俺宛に?」
「うん。見てみなさいよ」
確かに封筒の裏には俺の名前が入っていた。
こんな急いでいる時に、と思いながらそれを持って自室へ向かった。
封を切り、中を覗く。
小さな一枚の手紙が入っていた。
『十年前の私へ』
そう書き出された手紙を、俺は読み始めた。
『十年前の私には、付き合ったばかりの恋人がいると思う。名前は村上雫さん。』
ここに書いてある通りだった。
一週間前に俺は勇気を出して、雫に告白をした。
『信じられないと思うけれど、しっかり読んでほしい。
村上雫は一年後、大きな病にかかる。』
手紙を持つ手が震えてきた。
『彼女は医師から余命宣告を受けていたのにも関わらず、直前まで私にそのことは教えてくれなかった。
彼女が目の前で死んでしまう未来を見たくないのなら、今すぐに別れてもいい。
だが、もし、それでも彼女と付き合う選択をするならば、彼女に色々なことをしてあげてほしい。
未来の私は、彼女が亡くなる直前にこのことを知って、何もしてあげることができなかった。
私は、それだけが心残りなんだ。どうか、よろしく頼む。』
震えた文字で『十年後の私より』と締めくくられていた。
本当なら、この手紙をビリビリに引き裂いてやりたかった。単なる悪戯で、俺をからかっているだけだと言ってほしかった。
だが、俺はこの手紙を信じざるを得なかった。
なぜなら……。
この手紙は、俺の書く文字と全く同じ筆跡だったからだ。
お題:10年後の私から届いた手紙