マナ

Open App
3/23/2024, 1:27:38 PM

彼がすっかり特別な存在になっていることは、どう足掻いても明白だった。

彼の姿を目にできなかった日は、不思議なことに、周りの景色の彩度が落ちる気がする。日がな1日、活力が足りてない感覚がした。

いまはまだ、挨拶を交わして、少しだけ世間話をするだけの関係だ。

本音を言えば、もっともっと彼と仲良くなりたい。
休みの日に待ち合わせして、一緒に遊びに出かけたい。

いつもの休日はどんなことをしているんだろう。
好きなことは何だろう。
苦手なものって有るのかな。

彼のことをもっと知りたい。欲がどんどん膨れ上がって、自分がこんなに強欲だったなんて初めて思い知った。

通学中も、お昼休みも、帰宅して夕食前に宿題をする時も、彼はどうしてるのかなって考えてしまう。
彼も私と同じ気持ちになってくれてたら嬉しいのに。


『特別な存在』

3/22/2024, 2:47:37 PM

「あれ?池永じゃん。」
聞き覚えのある声に振り返って、即、後悔した。同じ文芸部の藤代登吾が、私服姿でアイスクリームチェーン店のワッフルコーンに噛りついているところだった。

「なにしてんの?1人?買い物?」
質問が多い。
「…質問は1個にして」
はぁぁぁ、と長い溜め息と共にどうにか返した。

待ちに待った推し活イベント当日、なぜ部活の同級生に遭遇する羽目に…。しかも、絶対に見られたくない相手に、よりにもよって!

「んじゃあ、なにしてんの?」
私の格好を見て、わざと言ってるのか、コイツ。
「見てわかんない?」
「えー、質問に質問返しはルール違反じゃん。就活で嫌われるやつ」
そんな話してないし。
「和装…で街コン?」
バカじゃないの、コイツ。
「あのね、和装は和装だけど、これは推し活なの!」
「推し活ぅ?」
登吾がぽかんとしている。半開きの口の端にチョコレートが原因と思われる汚れが付いていた。
私は自分の口の端を指差して、登吾に汚れを伝えようとした。
「あ、わりぃ」
気づいた登吾は、手の甲で口の端をこすり、一口に残りのワッフルコーンを入れると咀嚼もそこそこに飲み込んだ。
「で、どのあたりが推し?」
改めて私の頭のてっぺんから爪先まで見て、登吾は尋ねた。
私は背筋を伸ばすと、言い放った。

「私の推しは、明治期から昭和初期に活躍した文豪なんです」
何でこんな説明をしてるんだろう、私は。
「推しの命日に、その時代の女性になりきって、その尊さを偲んでいるんです」
予想外だったのだろう。登吾は今度こそ開いた口が塞がらない様子だった。
バカみたいだ。
苦手な奴に自分のことを分かってもらおうなんて。
「そういうことだから、別に学校の誰に喋っても気にしな…」
言い終わらないうちにガシッと両肩を掴まれた。目の前に登吾が迫っていた。
「なに言ってンだよ!いいじゃん、推し活!カッコいいよ!」
登吾が快活に笑った。
今度は私が、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。

「なんつーの?こう、好きなことに真っしぐらってやつ?俺、羨ましいわ」
「はぁ……」
なんだか、登吾に掴まれた肩と頬が熱く感じられてくる。
手を放して、登吾は伏し目がちに言った。
「俺、正直のめり込むほど好きになったことって、無いんだわ。何でも、とりあえずほどほどにしとけばいいか、みたいな感じでさ。なんか、冷めた目で外側から見てる俺がいるんだよな」
初めて聞いた。登吾がそんな風に自分自身のことを捉えていたなんて。
「だからさ、俺も推し活、やってみたい」
ん?
「え??ちょ、ちょちょ、ちょっと!話がよく見えないんだけど」
登吾は笑顔だった。
「かいつまんで言うとさ、俺に推し活のいろはを教えてほしいってこと!よろしくねぇ、池永セ・ン・セ」
ふぅーっと左耳に息を吹きかけられた。顔に血液が集まってくるのが分かる。熱い。

あぁ、やっぱり、苦手な奴に自分のことを分かってもらおうなんて、ほんの少しでも思うんじゃなかった。
私は和装姿で大きく溜め息をついた。


藤代登吾 × 池永由良

『バカみたい』

3/21/2024, 2:47:58 PM

幼なじみの西園寺小鳥は、文芸部の部長を務めているらしい。
『らしい』というのは、自分が部外者だから当然かもしれないが、実際に本人が部長として活動している姿を目にしたことが無く、あくまで伝聞の情報だからだ。

それによると、小鳥はいかにも育ちが良さそうな、のほほんとした雰囲気を醸し出しながら、その実、昼ドラに出てきそうな愛憎劇を執筆すると聞く。文芸部が学祭で配布する作品集が初見という人の中には、本人の見た目の可愛らしさと肉筆とのあまりのギャップに、まさに青天の霹靂と言っても過言ではない衝撃を受けて、一気にコアなファンになっている者もいるようだ。
こういった噂の類いには尾ひれ羽ひれがつきものだとも思うが、かく言う自分も、小鳥の作品の愛読者である。というか、自分―入江虎太郎は、小鳥の幼なじみであり、護衛役(見習い)なのだ。

西園寺家と入江家は、両家の長い歴史の中で主従関係にあった。
虎太郎の父は、西園寺グループの現・総帥、西園寺鷲智氏が小規模なグループ企業の常務に就任した時から秘書室の統括役として氏を支えてきた。その後、氏の役職が取締役などへ順調に変わっていく中で、虎太郎の父は右腕として適切な役職に就くよう氏に打診されてきた。欲のない父は、いまと同じ働き方以上のものは望まず、氏の秘書であり続けている。
長年の付き合いで、西園寺家の敷地内で開催される家族ぐるみの食事会や季節の行事に招かれることもあった。西園寺鷲智氏の愛娘である小鳥とは、よく敷地内を散策して遊んだものだ。

あれは、いつ頃だったか。

数十種類の薔薇が見頃を迎えたと、西園寺家から毎年恒例の園遊会に招かれた。

そうだ、高校入学後間もなく、クラスの同級生お互いがお互いを見定める、落ち着かなかった時期だ。

正直、あまり虫が得意ではないし、だるいと思ったけれど、時期を同じくして、小鳥が塞ぎ込みがちであると耳にしたこともあり、様子を見に行こうと足を運んだのだった。

その頃には、小鳥はただの幼なじみではなく、ご令嬢と護衛の主従関係にあっても、特別な存在として小鳥を意識するようになっていた。

「虎太郎さん、いらっしゃい。学校生活は慣れました?」
薄いミントグリーンのフレアワンピースにレースのカーディガンを羽織り、精巧な柄の日傘をさりげなく差して、小鳥は虎太郎を出迎えた。
「まぁまぁですね。小鳥様こそ、気疲れなさっているのではありませんか?」
小鳥は容姿や家柄のことでどうしても周囲の注目を浴びやすい。それはクラスメイトだけではない。保護者は元より、教員や外部講師、大学生のボランティアグループ、地域住民…学校に関わるありとあらゆる人たちが、好奇の目で彼女を見るのだ。むしろ生徒たちの羨望の眼差しの方が、まだ好感が持てる。

ふぅと溜め息をついた小鳥は、確かに疲れているようだ。
虎太郎はさりげなく庭園に視線を移し、できるだけ朗らかな声を意識した。
「今年の薔薇はいかがですか?作庭の専門家が見学に訪れるほど見事であると伺っておりますが。」
小鳥は右手の人差し指を顎に当てると、少し思案してから虎太郎に目線を合わせた。顎に人差し指を当てるのは、考え事をする時の癖だ。
「そうね、昨年は冷え込みが強くて、ガブリエルの数が少なかったでしょう?今年は苗床を変えたり、他の品種の病気に気を配ったりして、だいぶ数が増えたようだわ。とても可憐でうっとりするような美しさで、虎太郎さんも見とれてしまうと思うわ。ぜひご覧になってくださる?」
ふふっと小鳥が向ける笑顔には、無理をしている様子は感じられなかった。
小鳥が先導し、連れ立って庭園を歩き、時々立ち止まっては、目の前の薔薇の種類と特徴を、まるで音声解説を流しているのではないかと思うほど流暢に説明していった。その声が心地よくて、虎太郎は園遊会に来た目的を忘れてしまいそうになる。二人だけで過ごすこんな時間も、悪くないなと思った。

西園寺小鳥 × 入江虎太郎

『二人ぼっち』

3/20/2024, 1:34:01 PM

この夢が醒める前に
君に
言わなきゃいけないことが
あったんだ

臆病な僕は
君を失うのが怖くて
嘘に嘘を上塗りして
道化を演じてた
本当の僕を曝す自信が無かった

君の傍らに居るには
相応しくないという自覚はあった
でも
この場所を、
君の隣を、
誰かに譲り渡したくはなかったんだ

あまりにも
甘美な夢だった
だからこそ
君に伝えなくては

僕は、
君の大事な家族を
死へと誘った
黄泉の案内役
死神なんだから


『夢が醒める前に』

3/19/2024, 1:39:54 PM

8:06
いつもの列車。
車内アナウンスが今後の停車駅を順に告げていく。
前から五両目の右端のドアから入り、向かいの降車ドアに彼を認めた。
目を閉じ、ワイヤレスイヤホンで何かを聴いている。
細い睫毛がエアコンの風に震えている。
彼との接点は、あの時だけ。

あの日、
いつもだったら十両編成の列車の、前から一両目に乗車していた私は、他の路線が信号機の不具合により運転見合わせとなった影響でホームが大混雑したため、後ろの車両にスペースを探さざるを得なくなっていた。
いつもと違う状況に、私はかなり焦っていたんだと思う。
ポニーテールにしていた髪から、祖母の形見のシュシュが落ちたことにさえ、気づかないほどに。

「これ、落としましたよ」
右肩を叩かれて振り向くと、目の前に祖母の形見のシュシュがあり、見上げた先に、長めの金髪頭、両耳に緑色や銀色のピアスが光り、細い睫毛が空気に震える切れ長の目をした、きれいな顔立ちの男性がブレザー姿で立っていた。おそらく他校の制服だろう。

いまだかつて出会ったことのなかった人種に、私はすぐに返事ができなかった。
「え?あ、…ありがとうございます」
やっと出した声は変に掠れていて、周りの雑踏に搔き消され、彼の耳には届かなかったかもしれなかった。
シュシュを受け取ろうとした時、発車ベルが鳴り、車掌がマイク越しに声を張り上げた。
「間もなく扉が閉まります。駆け込み乗車はお止めください」
はっと彼は車両と私を交互に見たかと思うと、おもむろにシュシュに伸ばした私の腕を掴み、
「あんたも乗るよな?」
と、またも返答する間もなく、私を引っ張って五両目に飛び込んだ。

なんでこうなったの!?
私は、パニック状態になった。
確かに、乗るつもりだったけど。
でも、知らない人、というか、祖母の形見を拾ってくれた恩人と、まさか一緒に乗るなんて、てか―。

「これ」
ぎゅうぎゅう詰めの車内で、リュックを前に抱え、扉に片腕を伸ばした状態で、彼はもう一方の手で私の前にシュシュを差し出した。その時、爪先立ちしても吊革に届かない低身長の私が圧迫されないように、彼が気遣ってくれていたことに、私は気がついた。
カッと頬が熱くなる。
「あ、ありがとうございます。」
シュシュを受け取り、左手首にはめた。学校の最寄り駅に着いたら、髪を結び直そう。

「顔赤いけど、熱い?しんどくなってないか?」
頬の赤みに気づいた彼が神妙な顔で聞く。
私は顔の前で両手を横に振った。
「だ、だいじょぶ…です」
胸が、ドキドキして苦しい。
学校の最寄り駅は快速でたった二駅。
それなのに、いつも以上に長く乗っているみたいに感じた。

結局、降車駅は私が先で、彼がどこで降りるのかは知らないままだ。制服から学校を割り出すことも出来なくはないけど、本人に黙って調べるのは何となく気が引けて、検索にかけるのはやめた。
彼と話すきっかけになるものは、できるだけ残しておきたい。

「どこの学校に行ってるんですか?」

そう、聞けたらいいのに。
話しかけることができたらいいのに。
目を閉じて音楽を聴いてる人が相手なんて、ハードルが高すぎる。

そこへ、彼と同じ制服、同じ背格好でツンツン頭の男性が車両の接続扉を開けて、五両目
の後方へ行こうとしたところ、彼の真横で歩を止めた。
出し抜けに、男性は右手の人差し指で彼の右頬を突っついた。
カッと彼が両目を見開き、仰け反った。

あ、

瞬間、彼と目が合った。

私の心臓が、確かに跳ね上がった。


『胸が高鳴る』

Next