マナ

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「あれ?池永じゃん。」
聞き覚えのある声に振り返って、即、後悔した。同じ文芸部の藤代登吾が、私服姿でアイスクリームチェーン店のワッフルコーンに噛りついているところだった。

「なにしてんの?1人?買い物?」
質問が多い。
「…質問は1個にして」
はぁぁぁ、と長い溜め息と共にどうにか返した。

待ちに待った推し活イベント当日、なぜ部活の同級生に遭遇する羽目に…。しかも、絶対に見られたくない相手に、よりにもよって!

「んじゃあ、なにしてんの?」
私の格好を見て、わざと言ってるのか、コイツ。
「見てわかんない?」
「えー、質問に質問返しはルール違反じゃん。就活で嫌われるやつ」
そんな話してないし。
「和装…で街コン?」
バカじゃないの、コイツ。
「あのね、和装は和装だけど、これは推し活なの!」
「推し活ぅ?」
登吾がぽかんとしている。半開きの口の端にチョコレートが原因と思われる汚れが付いていた。
私は自分の口の端を指差して、登吾に汚れを伝えようとした。
「あ、わりぃ」
気づいた登吾は、手の甲で口の端をこすり、一口に残りのワッフルコーンを入れると咀嚼もそこそこに飲み込んだ。
「で、どのあたりが推し?」
改めて私の頭のてっぺんから爪先まで見て、登吾は尋ねた。
私は背筋を伸ばすと、言い放った。

「私の推しは、明治期から昭和初期に活躍した文豪なんです」
何でこんな説明をしてるんだろう、私は。
「推しの命日に、その時代の女性になりきって、その尊さを偲んでいるんです」
予想外だったのだろう。登吾は今度こそ開いた口が塞がらない様子だった。
バカみたいだ。
苦手な奴に自分のことを分かってもらおうなんて。
「そういうことだから、別に学校の誰に喋っても気にしな…」
言い終わらないうちにガシッと両肩を掴まれた。目の前に登吾が迫っていた。
「なに言ってンだよ!いいじゃん、推し活!カッコいいよ!」
登吾が快活に笑った。
今度は私が、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。

「なんつーの?こう、好きなことに真っしぐらってやつ?俺、羨ましいわ」
「はぁ……」
なんだか、登吾に掴まれた肩と頬が熱く感じられてくる。
手を放して、登吾は伏し目がちに言った。
「俺、正直のめり込むほど好きになったことって、無いんだわ。何でも、とりあえずほどほどにしとけばいいか、みたいな感じでさ。なんか、冷めた目で外側から見てる俺がいるんだよな」
初めて聞いた。登吾がそんな風に自分自身のことを捉えていたなんて。
「だからさ、俺も推し活、やってみたい」
ん?
「え??ちょ、ちょちょ、ちょっと!話がよく見えないんだけど」
登吾は笑顔だった。
「かいつまんで言うとさ、俺に推し活のいろはを教えてほしいってこと!よろしくねぇ、池永セ・ン・セ」
ふぅーっと左耳に息を吹きかけられた。顔に血液が集まってくるのが分かる。熱い。

あぁ、やっぱり、苦手な奴に自分のことを分かってもらおうなんて、ほんの少しでも思うんじゃなかった。
私は和装姿で大きく溜め息をついた。


藤代登吾 × 池永由良

『バカみたい』

3/22/2024, 2:47:37 PM