幼なじみの西園寺小鳥は、文芸部の部長を務めているらしい。
『らしい』というのは、自分が部外者だから当然かもしれないが、実際に本人が部長として活動している姿を目にしたことが無く、あくまで伝聞の情報だからだ。
それによると、小鳥はいかにも育ちが良さそうな、のほほんとした雰囲気を醸し出しながら、その実、昼ドラに出てきそうな愛憎劇を執筆すると聞く。文芸部が学祭で配布する作品集が初見という人の中には、本人の見た目の可愛らしさと肉筆とのあまりのギャップに、まさに青天の霹靂と言っても過言ではない衝撃を受けて、一気にコアなファンになっている者もいるようだ。
こういった噂の類いには尾ひれ羽ひれがつきものだとも思うが、かく言う自分も、小鳥の作品の愛読者である。というか、自分―入江虎太郎は、小鳥の幼なじみであり、護衛役(見習い)なのだ。
西園寺家と入江家は、両家の長い歴史の中で主従関係にあった。
虎太郎の父は、西園寺グループの現・総帥、西園寺鷲智氏が小規模なグループ企業の常務に就任した時から秘書室の統括役として氏を支えてきた。その後、氏の役職が取締役などへ順調に変わっていく中で、虎太郎の父は右腕として適切な役職に就くよう氏に打診されてきた。欲のない父は、いまと同じ働き方以上のものは望まず、氏の秘書であり続けている。
長年の付き合いで、西園寺家の敷地内で開催される家族ぐるみの食事会や季節の行事に招かれることもあった。西園寺鷲智氏の愛娘である小鳥とは、よく敷地内を散策して遊んだものだ。
あれは、いつ頃だったか。
数十種類の薔薇が見頃を迎えたと、西園寺家から毎年恒例の園遊会に招かれた。
そうだ、高校入学後間もなく、クラスの同級生お互いがお互いを見定める、落ち着かなかった時期だ。
正直、あまり虫が得意ではないし、だるいと思ったけれど、時期を同じくして、小鳥が塞ぎ込みがちであると耳にしたこともあり、様子を見に行こうと足を運んだのだった。
その頃には、小鳥はただの幼なじみではなく、ご令嬢と護衛の主従関係にあっても、特別な存在として小鳥を意識するようになっていた。
「虎太郎さん、いらっしゃい。学校生活は慣れました?」
薄いミントグリーンのフレアワンピースにレースのカーディガンを羽織り、精巧な柄の日傘をさりげなく差して、小鳥は虎太郎を出迎えた。
「まぁまぁですね。小鳥様こそ、気疲れなさっているのではありませんか?」
小鳥は容姿や家柄のことでどうしても周囲の注目を浴びやすい。それはクラスメイトだけではない。保護者は元より、教員や外部講師、大学生のボランティアグループ、地域住民…学校に関わるありとあらゆる人たちが、好奇の目で彼女を見るのだ。むしろ生徒たちの羨望の眼差しの方が、まだ好感が持てる。
ふぅと溜め息をついた小鳥は、確かに疲れているようだ。
虎太郎はさりげなく庭園に視線を移し、できるだけ朗らかな声を意識した。
「今年の薔薇はいかがですか?作庭の専門家が見学に訪れるほど見事であると伺っておりますが。」
小鳥は右手の人差し指を顎に当てると、少し思案してから虎太郎に目線を合わせた。顎に人差し指を当てるのは、考え事をする時の癖だ。
「そうね、昨年は冷え込みが強くて、ガブリエルの数が少なかったでしょう?今年は苗床を変えたり、他の品種の病気に気を配ったりして、だいぶ数が増えたようだわ。とても可憐でうっとりするような美しさで、虎太郎さんも見とれてしまうと思うわ。ぜひご覧になってくださる?」
ふふっと小鳥が向ける笑顔には、無理をしている様子は感じられなかった。
小鳥が先導し、連れ立って庭園を歩き、時々立ち止まっては、目の前の薔薇の種類と特徴を、まるで音声解説を流しているのではないかと思うほど流暢に説明していった。その声が心地よくて、虎太郎は園遊会に来た目的を忘れてしまいそうになる。二人だけで過ごすこんな時間も、悪くないなと思った。
西園寺小鳥 × 入江虎太郎
『二人ぼっち』
3/21/2024, 2:47:58 PM