すれ違い
今でもというか、だいたい個々で飲みに行くから「時間が合えば何処かのお店で合流しようか」なんて言ったりして結局帰りだけ送っていくこともある。自分達の関係性を知っているお店でも、別々に行っている時は待ち合わせでもない限り敢えて隣をズラしてまで隣同士にしたりもしない。一緒に行った時でも飲み方が違うから伝票は別。隣が空いていれば当たり前のように隣に座るし、今日はどちらかの奢りなのでとなれば伝票は一緒。でもそれぐらい。丁度いい距離感。
今までと違うことがあるとすれば、自分が先にお店に入っていて、たまたま君が後から来た時に、君が真っ直ぐ自分の席へ来てくれるようになったこと。その後で君は空いている席へと向かう。周りは気を遣ってくれているのか「ここ空けますよ」等と言ってくれるが、自分も君も断る。だって動くの面倒だし。
すれ違っていそうですれ違っていない価値観のおかげで今日もまだ君の隣に。
忘れたくても忘れられない
良いことも悪いこともそんなに覚えていない。記憶があったとしてもそれが良いのか悪いのかも分からない。脳裏に焼き付いて離れないだとか、感銘を受けて心に深く届くだとか。そういうこともない。もしかしたら嫌な記憶は無かったことにしているだけで深層心理には残っているのかもしれないけれど。当時は自分にとって最悪だった問題も、今思えばそんなに深刻に悩む事でも無かったなぁと時折記憶が思い出されることもあるから、全部が全部忘れてしまっているわけでもない。
だから忘れたくても忘れられないという程、自分の人生に衝撃を与えた出来事はさほどないと言える。ただただ覚えている事柄があるだけで、別にそれを覚えているからと言って今の自分に何か作用することはない。
記憶力に少しばかり問題のある自分は目の前に無いものは思い出すことができなくて、ほぼ毎日会っているはずの君の顔も君が目の前に居ないと思い出すことが出来ない。忘れているわけではないから、例えば何処かの駅で待ち合わせをしたら雑踏の中でもちゃんと君を見分けることは出来るし、シャンプーを変えたり柔軟剤を変えたら会った時に気付くことも出来る。そういう記憶力はある。でも会っていない時に君の顔を思い出そうとするとチグハグだ。写真を見ても君の写真だと理解は出来るが(こんな顔だっけ?)と自信は持てない。
ひと月連絡を取らないだけで、それまで毎日会っていても存在事忘れてしまうような自分ではあるけれど、忘れたくても忘れられないぐらいに君の存在が大きくなってくれたらと願っている。すぐに忘れてしまいそうだけど。
鋭い眼差し
ご飯を抜くことがよくある。もっと言えば、そもそも食べる気はない。生活リズムは一定ではあるものの世間一般から見れば不規則で、一日に短時間の睡眠を2回という生活態度が身体にいいわけがない。ただでさえ食に対して興味関心がないのに、その上疲労のせいで食欲もない。それだけなら君もここまで鋭い眼差しをこちらに向けなかったろう。せいぜい眉間に皺を寄せるぐらいで口頭注意に留めてくれたかもしれない。
だがしかし、駄菓子菓子。
低血圧症、低血糖症、自律神経失調症。自分が医者に下された診断である。もちろん君には伝えてあるし、これに加えて躁鬱病もあるからご飯を食べない≒体調が悪化の一途を辿るのは目に見えている。自覚はある。だが食欲はないし、食べなくていいなら特に食べたくはない。嫌いなものや苦手なものは少ないがアレルギーが多いせいか味も特に気にしてたべることはない。食べられるならそれでいい。
そんな食生活を人生の半分以上続けてきて、今さら三食きっちり食べたりなんかしたら、それこそ体調を崩しそうではある。
それでも君の鋭い眼差しをスルー出来るほど自分は雑には生きていけず、渋々君の分と一緒に自分のご飯を用意する。今日のご飯は蕎麦です。
涙の理由
「好きな人ができたから」
そう言ってフラれたらしい。それってそもそも恋愛的な意味で好かれてなかったのでは?という疑問は辛うじて飲み込んだ。いくら自分でも、この言い方が良くないことぐらいは分かる。君を傷付けたいわけじゃないからね。君は一目惚れが多いだとか、人間として安定していれば付き合うとか言うけれど。
「あなたと結婚とかいう話にならなければ狙ってた人がいる」
何かの流れでそう言われて、これはむしろ今からでも身を引こうかと思った。君の中では自分は友達枠で、自分の中の君は飼い主枠であってこの時点で噛み合っていないからね。利害の一致で今の関係に収まっているけれど、利害関係を覆す程の損得があれば君は簡単に離れていきそうだから。君からすれば、アピールしようかな程度だったから別に何とも思っていないそうだが、いやアピールしようと思った時点で中身はどうあれ気持ちは傾いていたのでは、と邪推する。まぁこんなことで涙する程純粋ではないのが自分だから今日のお題は君の話になるのだけれど。
冒頭の話の時、君は飲んだ酒を涙として排出しているのかと見間違う程飲んで泣いていた。どうにも自分の周りには、失恋の度にきちんと涙を流す人が多い気がする。そこまで真摯に他人と向き合えるのは才能だと思っているから、素直に尊敬すると言ったら「むかつく」と言われることが多い。仕方ない、事実だから。そんなわけで失恋から一年経った今も引きずっていると口にする君は、一ヶ月程度は見る度に泣いていた。
それ以来君の泣き顔を見ることはないし、感受性の強い君は感動して涙を浮かべることはあっても泣き顔と呼べるほど顔が崩れることはない。
そんな君は先月、お馬さんのレースで負けて泣いていました。
ココロオドル
良くない悪癖がある。悪癖の時点で良いわけがないのだから、文章としておかしいのは重々承知で、それでも良くない悪癖と言わせてもらいたい。
約4年前に君と出逢って、約半年前に君と連絡先を交換した。最初の2,3ヶ月は外に出掛けることが多かった。後半の2,3ヶ月は殆どを君の家で過ごしている。君はだいたいゲームをするかスマホを弄るか。自分はだいたいそんな君を横で眺めるか眠るだけで、会話が無いわけではないが心地よい無言を感じられるようになった。お互いに恋人が欲しいわけではなくて、君は一人で死ぬのが嫌だから一緒に生きる人を探していて、自分はずっと飼い主を探していたから、今の関係性は言わば利害の一致。自分の中では友愛が4割、家族愛が6割ぐらいで、君は友愛100%だと昨日聞いた。それで良い。それをずっと求めていた。君は「いつか友愛が愛情になればラッキー程度」だと言っていて、穏やかなのが一番だとぼそっと教えてくれた。
つまるところ、君からの信頼度は着実に増えている。周囲から言われるまでもなく、それは何となく自覚しつつある。信じきれないのも悪癖の一つだが、これは自分自身の問題なので冒頭の悪癖とは少し違う。自分が言っている良くない悪癖というのは"裏切りたくなる"ということで、君からの信頼度が高まれば高まる程、裏切ったらどうなるんだろう?怒りが滲むのか、絶望の表情を浮かべるのか、それとも一切の感情を失くして平然としているのかを確かめたくなってしまう。無論、そんなことをすれば君が離れていってしまうことは百も承知で、君と離れる未来なんて想像もつかないから実行してはいけないことは充分に理解している。それでも心は静まらない。君にはこの悪癖を伝えたし、裏切ったら即破局だと言われて、それはそうだと自分でも感じている。
来週の某日、学生時代に付き合っていた人と会うけれど君には伝えていなくて、まぁ君はそういうのは気にしないだろうからその内伝えようかなとは思っている。あわよくばほんの少しでも軽蔑してくれないかなって。そう考えるとココロオドル。