ほたる

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4/3/2025, 8:07:43 AM

彼女が伸ばした細い手が、今でも忘れられない。

出会ったばかりの頃、空を飛んでみたいと彼女が言った。私には理解できない望みだった。変な子だなとしか思えなかった。実際彼女はクラスに馴染んでいるとは言い難く、孤立しているようなこともなければ特別に友達と呼べるような存在もいないような可もなく不可もない存在だったと記憶している。他人事のように話しているけれどその点に関しては私も同じで、だけども私は間違いなく彼女とは違うと思っていたな、と昔の自分を恥じることが今でもある。

同級生なんてものは全員クソだと思っていた。子供じみていて、かっこいい先輩がどうだとか、流行りのリップクリームを持っている子はえらくて、しかし地味な子達がそれを持っていたら後ろ指を指されるような無価値な場所だった。
私はそこで必死に足掻いていたな、と思い返す。そしてその度に、彼女は足掻いてすらいなかったなと思う。いつだって何かを諦めていて、トン、
と肩を押せばなんの躊躇いもなく屋上から落ちていってしまいそうな危うさを含んだ子だった。

ある日、何かの授業で二人一組にならなくてはいない状況になった。運悪くそのような学校特有のお決まりの時間に私が決まってペアを組んでいる子がどちらも休んでいた。その時私はものすごく焦って(本音を言えば朝からずっとこのときをどう乗り越えるかしか考えていなかった)、仕方なくほぼ話したこともない彼女を誘ったのだ。私はその場で笑顔を貼り付けて一緒にやろうよ!と精一杯気さくに声をかけたけれど、彼女はこちらの気持ちなどお構いなしにそっけなくいいよ、と答えただけだった。

授業中、私たちは絵に描いたような寄せ集めだった。第三者にそう映らないよう必死に話しかけたりもしていたけれど無駄な努力で、結局私がどんなに考えたとてこの子に"そういう"意識がない限りは難しいのだと諦めてからは、まるで電池が切れたみたいに私から彼女に話しかけることも無くなった。勿論彼女から私に話しかけてくることも同じくなかった。

授業の終盤、彼女が突然空に手を伸ばして口を開いた。
「空を飛んでみたいんだよね」
その時は驚いた。私の中にあるイメージと、その発言があまりにもかけ離れていたからだ。私はなんと答えたらいいのかわからなくて、反射的にどうして?と問うていた。
「広くて、自由だから」
そう言うと、背伸びをして高いところの本でも取るような仕草でさらに限界まで手を伸ばした。その手は細くて、白くて、太陽に透けた血管が妙に生々しく、彼女は自分が思っている以上に、そして自分と同じくらいしっかりと生きていることを実感させた。

幼かった私には彼女の頭の中の想像はつかなくて、勿論共感もできなかった。だけど今になって思う。私だってあの無価値な場所を作り上げる材料だったこと、そしてあの子は唯一そうではなくて、もっと遠くを目指していて、空を飛びたかったこと。きっと私にはこの命が尽きるまで上手く感じ取れないものを彼女はあの幼い心で見つけていたのだと。

彼女が今、空を飛べていたらいいなと思う。だけどきっと、空を飛ぶことが一生叶わない夢でもあの子はなんとでもしてしまうのだろうな、とも思う。その夢に折り合いをつけて、諦めて、そしてそれを俯瞰して生きていくのだろう。
結局会話らしい会話なんてそれくらいしかしなかったけれど、私の人生の走馬灯に間違いなく彼女は現れる。それが、ずっと悔しい。

2025/04/02 『空に向かって』

4/1/2025, 8:57:40 AM

またね、と何の疑いもなく言えることが、どれほど幸せか。

3/31/2025, 1:44:44 PM

春とともに、君がいなくなった。

なんてありきたりな物語だろうか。
出会いがあれば別れがある、それは誰もが知っている痛みだ。月9の主題歌からアニメ化した少女漫画のエンディングにだって存在する痛み。

ずっと想像していた。
君がいなくなったら私はどうなるだろうか。これでもかというくらい悲しむ準備をしていたし、空想の中では既に何度も君が私の手を離した。だから絶対に大丈夫だと信じていた。実際にはその何倍も痛みなんてなくて、残ったのはからっぽの心だけだ。無駄に悲しむ練習をしていたな、と自分を笑ったときが、それ以来初めての笑顔だったように思う。

君がいなくなった日は、桜の開花予報の日だった。
「桜が咲いたら、一番に見に行こう」
冬のある日、赤いチェックのマフラーを巻いて柔らかく微笑んだ表情を今でも忘れない。私はそんな君の言葉を真剣に信じていたし、今日のために生きていたのだ。

開花したばかりの桜は、当たり前だけど満開ではなかった。私は花の専門家などではないのでひとつの桜の木にどれだけの花が咲くかなんてことは知らないけれど、100/1くらいしか花開いていなかった。
一番に見に行ったって、こんな大したことのない景色だったのに。君はあんなにも嬉しそうに笑っていたのか。

生まれたばかりの花びらを間抜けに見上げていると、私の右肩を春風が掠めた。それは冬に比べて温かいはずなのに、ずっと冷たく感じた。君はいつも右側を歩いていた、理由は知らない。
君と見るはずだった桜は、きっと次に足を運んだ頃には全て散っているだろう。だけどもう一生、咲かないでほしい。私の桜は、君だけだったから。

3/29/2025, 12:50:16 PM

帰り道、泣いていた。

きっと出会ってしまった以上、この場所は私の傷になる。そのことにふと気づいてしまったのだ。
今日の私もこれ以上のことを記す気力がない。
仕事をやめたい。辞めたくない。好きなことで生きていきたい、そんなことはきっと到底できない。悔しい。
この25年間で蓄積された汚れはもうきっと一生落ちないこと、このままこべりつき私を蝕むのだと察して、その事実に泣いていた。
誰か私を救ってくれないかな、と毎晩日記に書いている。
救うってなんだ、救われるってなんだ、とおもいながら。私はそんなことを思わなくなりたいのだ。睡眠薬も、暗い日記も、狂気的に必要な音楽や人間も全て必要なくなりたい。

今日もなんの納得もいかない創作だ。ただ、苦しい。

3/29/2025, 5:50:50 AM

小さなしあわせ
それを感じられるということは、心身ともに非常に健康であることが条件であるように思う。

このお題を受けて、私にはなにも書けることがない。
恐らく探せば1日に3個くらいは見つかりそうなものだが、辺りを見渡すと鼓動が速くなり、待ちゆく人々が楽しそうに歩いている景色を疎ましく感じ、唯一愛する人すらもなんだか遠く感じてしまう。
つまりきっと、今の私にそんなものはないのだということだ。

早く明るい文字列を綴れるようになりたい。
毎晩睡眠導入剤をルイボスティーで飲み込み、霞んだ記憶の中で悲しみを書き綴る日々がもうずっと続いている。
その時間だけが私の楽しみであり、その日記の中だけが私がありったけ不幸でいられる場所なのだ。
私は結局自分で自分を幸せではないという景色に縛り付けいる、それは私にある程度近づいた人間ならばすぐに気づくことで、その度に伸ばされた手を振り払い、大切な人、もしくはいずれ大切になるはずだった人たちを遠ざけているのだ。

早く普通になりたい。
普通が何かなんてわからない。そんな人種がいるのかも、わからない。
だけど、休日に友達と遊びに行ったり、本を読んだり、テレビゲームをしたり、そういう日々が、私は欲しい。
それがきっと、私の想像する小さな幸せなのだ。

本当に、何にも気づけない。
もっとそばにある温もりを抱きしめていたいのに。

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