ほたる

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9/6/2025, 3:26:07 PM

だれもいない教室であなたの席を見つめるのが好きだった。
その場所からいろいろな景色を見て、どんなことを思っているのだろうと思うと、心臓の位置が明確になるようだった。誰を想っているのだろうと思うと、それが大きな掌で握りつぶされるような感覚になった。
私もそこに座ってみたいと思って目の前まで歩み寄ったことがあるけれど、誰かが突然入ってきたら不審な女になってしまうので辞めた。
あなたはいつもどこか遠くを見ていて、誰とでも分け隔てなく仲が良いのに誰とも仲が良くないみたいだった。妄想癖のある私は、あなただけが人生を何度か経験しているのかもしれないと何度か思ったことがある。それくらい、大人びていたのだ。
あなたとは三年間同じクラスだった。今思えばその出来事はこんな短い言葉で表現できてしまうけれど、一年生の最終登校日ののもう離れてしまう悲しさ、二年生のクラス発表の時の緊張、二年生の最終登校日の期待、そして三年生のクラス発表の喜びと言ったら、私の人生のハイライトとなるかもしれないくらい分厚い記憶である。私はこれまで真面目に真っ当に生きてきたつもりだが、全てはこの日に報われるためだったのだと確信を得たくらいには嬉しかった。今となっては「好きな人と三年間同じクラスであった」という思い出に過ぎないけれど。
そうだというのに、私とあなたが会話をしたことはほとんどなかった。相手が特段こちらを避けていたことはないと思うのだけど、今思えば私は彼の視界になるべく入らないようにしていたように思う。あなたの人生にとって私がモブであれば、この恋が叶わなくなって仕方がないと思えたからだ。だからもし彼を主人公にした物語があるとしたら、私の名前はきっとエンドロールに載らないのだろう。
一度だけ彼から話しかけられた時があった。理由は覚えていないけれど、何らかの事情で朝早くに投稿した日に私は一人で本を読んでいた。するとあなたが扉を開けて教室に入ってきた。私はと言えば、この空間に私と彼が二人きりだと言う初めての状況に今が寿命かもしれないと思うくらいに心臓がはやり、ひたすらに何でもない顔をしようと必死だった。更にあなたは自分の席についたかと思うと、こちらに歩み寄ってきたのだ。そして私の席の前で立ち止まり、こう言った。「それ、なんて本?」幸い人に教えても差し支えのない一般的な書籍を読んでいたので、私はゆっくりとした動作で読んでいたページに栞を挟み、表紙を開いてみせた。本当はなにか言うべきだったと思うのだけど、当時の私にはそれが限界だった。彼は表紙をまじまじと見た後、「素敵だね」と一言呟いて自分の席へと帰った。呆然としていると次々と生徒が登校してきて、先ほどまでの空間とはまるで別の世界みたいに賑やかな、いつもの教室となった。
教室の隅で本を読む地味な女に、素敵だねと一言声をかける男なんて、今思えば少し格好つけていると思う。けれどもあの三年間の私にとっては彼が全てだと言っても過言ではなかった。今だってこうして鮮明に思い出せるくらいには。
彼は卒業して東京に出たらしい。風の噂で知った時、あなたらしいなと思った。私は同窓会には行かなかったので、今あなたがどうしているかは分からないけれど、きっと当時の同級生とは連絡も取っていないのだろうな、と勝手に思う。私はあなたのことを何一つ知らなかったけど、だからこそあなたを本当に"素敵な人だ"と思っていたのだ。

8/23/2025, 4:48:07 AM

海を見た。

どこまでも続く水平線を見て、安直に死にたいと思った。
もしかしたら、一番幸せに世界に終止符を打てる方法かもしれない。こんなにも綺麗な青を焼き付けながら、溺れるのだから。

そんなわけがない、私は水が苦手だ。足のつかなくなった海水の上で、ただ惨めに格好悪く死んでいくのだろう。そんな死に方が、自分には似合うような気がしてしまった。

息が、苦しい
昨日のことを思い出すと、のたうち回りそうになる。なにかの禁断症状でも出たみたいに、ずっともがいている。
自分のことをなんで情けないのだろうと思った。
大切な人にそんなことを言わせるような人間であること。
あなたを孤独の頂点から引き摺り下ろせなかったこと。
じゃあそれができたとして、私にその責任などは取れないということ。
今まで光だと信じてきたものは全くそうではなく、
寧ろ毒であることを目の当たりにしたこと。
全てわかっていたのに、全てわかっていなかった。

世界は、どうしようもない、信じられないくらい不出来な物語である。
起承転結などは無視されて、ただ絶望と悲しみだけにスポットを当てられ、そこにだからこそこうだああだという美学すら、ない。
ただひたすらに、苦しく、苦しいだけのものだと、私は昨夜思い知ったのである。

何が悲しいのかというと、これはただの失恋だということだ。
そして私はそれをこの歳になるまで知らなかったことだ。
世の中にはとっくに絶望しきったと思っていた。しかしまだこんな気持ちが残っていたのかと、唖然とする。
私の世界はこれ以上黒く青く染まるというのか、ふざけるな。
あなたを失いたくないという足掻きは、私にとってとても大きな希望であった。同時に、絶望でもあった。

解決策などはとても見当たらなかった。
昨日あなたと見た海を思い出した。
あの時死んでおけばよかったと思った。
そんなことを思うような自分だから、私はこうなのだ。

あの時、死んでおけばよかった。

7/17/2025, 5:32:08 PM

君が幸せになる夢を見た。



君は、凄く穏やかに笑っていた。誰の助けも必要が無いという顔で、陽の光をずっと浴び続けることのできた花のように笑っていた。
君のそんな顔は見たことがなかったので、私は思わず泣いてしまった。
そっか、幸せになれたんだね。もう、得体の知れない不自由さに囚われず、君を苦しめる人に掴まれず、人生の温もりだけを食べて行けるような存在になれたんだね。
君はいつだって世界に期待なんかしていなくて、呆れて、どこか見下したような目をしていた。
大切な人の曇りのない「幸せ」というものは、私という存在の心の在処をこうもはっきりとさせるものかと驚いた。

君は何を言うでもなく、目の前に広がる向日葵畑を見ていた。天を向かって咲く無数の黄色の花を見て、穏やかな顔をしていた。
私はというと、同じ世界にいるはずなのに視界に一面の花畑などは無く、ただ君の後ろ姿ばかりを追いかけていた。
初めは「よかったね」などと拙い言葉を絞り出していたのだけど、なぜだか君に私の声は届かない。私がどれだけ話しかけても、時には声を荒らげて君の名前を呼んでも、何も聞こえていないようだった。君は表情ひとつ変えず、不気味なまでに微笑んでいた。
君は目の前にいるような気もしたし、ものすごく遠いところにいるような気もした。手を伸ばしたらそこにいるのに、私の手が君の服の裾に掠るようなことすらできなかった。

そんな君を目の前にしてどれくらいの時が経っただろうか。きっと途方もない時間の果てに私は気づいた。君にもう私が必要なくなったことに。
君が幸せになった世界に私は欠片も必要がなくなってしまったのだ。私が与えられるものは全て消え去り、そして君から与えられるものも当時に消え去ってしまった。そのことに、ようやく気がついた。

それから先も、ずっとずっと長いこと、その場から動けなかった。君が向日葵畑の中でその香りを嗅ぐ仕草に見とれたり、花と共に風に靡く髪を綺麗だなと思ったりしていたら、時間なんてあっという間に過ぎた。君はこんなにも向日葵が似合う女性なのだということも知った。あまり想像したことのない組み合わせだった。

私はその間に赤子のように泣いたりもしたし、泣き疲れて座り込みながら君の幸せを噛み締めたりした。君の幸せを喜べない自分を呪いながら、それをこうして見つめられる自分を世界一幸福に思ったりもした。


君の世界に私がいないことをとうとう諦めきった頃だった。君がこちらを振り向いた。先程まで黄色一面だった君の瞳に私が写る。目が合う、鼓動が跳ねる、全身が痺れるような感覚を覚える。君が私に、微笑みかける。その瞳は先程までとは違ってどこか憂いを帯びていて、私はもう一度君の名前を呼ぶ。手を伸ばす。大丈夫、大丈夫、私はここにいるよって。喉が潰れるくらいの大声で、腕がちぎれるくらいの力で。君の幸せの最後の欠片となろうと、必死に。





気づくと私は、ベットの上にいた。視界には見慣れた景色。せっかくの休日だというのに昼間から眠ってしまっていたみたいだ。ああ、夢だったのだとなんてことのない顔で思う、別に誰に見られる訳でもないのに。


向日葵畑の君の姿が、目に焼き付いて離れない。
きっと現実の君は、夢の中のそれほど向日葵の似合う女性ではないように思う。あんな風に笑わないし、あんな風になにもかもを柔らかいものとして捉えるみたいな目はしない。私はそのことに安堵していた。夢でよかった、と思ってしまった。
君の幸せを喜べない自分を呪ってしまう部分だけは、唯一夢の中と変わらなかった。



君が幸せになる夢を見た。

7/12/2025, 1:35:00 PM

茹だるような暑さも、上ばかりを向いて咲くひまわりも
全部がわたしを滅入らせるけれど
風鈴の音をきみと一緒に聴けるのなら
きっとわたしの夏も彩られるのに。

7/12/2025, 6:38:40 AM

きみをつれて、なにもない場所までいければいいのに。


そこには青い空が広がっていて、まっしろなくっきりとした雲が浮かんでいて。地面はふかふかで、寝転がったらいつまでも眠ってしまいそう。
けれどもせっかくきみといるのだから、眠るのは勿体無いと言っていつまでも話そう。飽きたらやっぱり眠って、目を覚ませばまた隣にきみがいるんだ。

そこにきみと私を脅かすものはなにもない。
ただきみと私が存在しているだけ。

本当は美味しい食べ物や、綺麗な景色や、魅力的な音楽や、スマートフォンだってあったらいいなと思うけれど、そんな完璧な世界は別に求めてないんだよ。
きみが苦しいと認識するものがなければ、他にはなんにもいらない。世界から悲しみや痛みが消え去ったとして、その分だけ喜びや幸せが減ってしまったとしても。私は変わらずきみを愛しているという自信があるよ。きみがいて、私がいるという事実だけで、そこにうまれる温かさが絶対にあるんだ。

そんな世界に、いけたらいいのに。

ハッと我に帰ると、そんな景色はどこにもなくて。ここはただの、昨日までも何も変わらない日々。今もきみが悲しいと思い続ける世界。もし私がきみを連れ去ったら、きみは私をヒーローだと思ってくれるのだろうか。別に、そんなふうに思ってほしいわけではないのだけど。私はきみのヒーローになりたいわけじゃない、ただきみにヒーローみたいな人が現れてほしくて、それがあわよくば自分であればどんなにいいだろうと思うだけなのだ。

逃避行、なにもない、空想の世界に。
きみと私だけがいる、救われた先の日々に。

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