ほたる

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11/3/2025, 1:55:40 PM

先に行くよなんて、誰もいっていないのに
私は誰かがそう言い放つ未来に縛られた。
君は私の手を握ってしゃがみ込んでくれていたのに
私は下ばかり向いて君の顔なんて見ていなかった。
どうしたら君の顔を正面から見られるようになるだろうか
私はとっくにおかしくなったしまった頭で真剣に考える。
どうか、いかないでください
私を置いていかないでください

10/25/2025, 2:18:34 PM

君の灰色の羽が揺れるたび、美しくて、悲しくなる。

皆が白さを誇る中、違う色のそれを自慢げに話す君が好きだった。
少し透けた静脈は生々しく、けれども唯一無二の美しさを持ち合わせていた。
そんな君に全ての存在が惹かれた。私もその1人だった。

君は話すことがうまくて、相手との距離を詰めるのが得意で、
ほしい言葉をすんなりと与えて、それでいて嘘のない完璧な存在だった。
例えば君の羽が白かったとしても、皆は同じく君を好きになったと思う。
私も、その1人だった。

ある日、君があと三日でいなくなってしまうことがわかった。
死んでしまうのではなくて、遠くに行くんだと教えてくれた。
そんな母親が子供に聞かせるようなお伽話ひとつで、あと三度眠ったら君はもういなくなる。
私はどうしたらいいのかわからなかった。そしてこの話は、私と僕の秘密だよと君は私に笑顔で言った。

それからもずっと君は誰かの完璧で居続けた。
泣いている子供にお菓子を与え、転んだおばあさんを背負い家まで連れて帰った。その度に君の羽が、少しずつ黒ずんでいくように見えた。誰も気がついていないようだった、私の気のせいかもしれなかった。けれどもその羽は色を濃くしても尚美しく、誰もを、何をも魅了し続けた。

二日後の朝、私は走って君に会いに行った。
飛んだほうが早かったけれど、それはなんだか違う気がして、がむしゃらに走った。
君は最後の日だと言うのに花壇の花に水をやっていた。私の顔を見て少し驚いたけれど、すぐに笑顔でおはようと言ってくれた。君が私に言う最後のおはようだった。

「あの、私、今日が、最後だと思ったから」

私が息も絶え絶えそう言うと、そんなことだろうと思ったと言う顔で君はこちらに近づいた。すると私に、もうこの後出発しようと思うんだと告げた。私はてっきり今日の夜までは時間が残っているものだと思っていたので、驚愕した。頭の中にある全ての言葉をかき集めて、端的に、効率的に、君への気持ちを伝えようと考えた。けれども言葉は心臓で肥大して喉から出てこず、私は黙ったまま涙した。
そんな私の涙を拭って君は、今までありがとう、君がいてくれてよかったと言った。そしてその瞬間に、君の羽は真っ黒となった。

私は結局何も言うことができず、君は黒い羽をはためかせて空高く飛んだ。この世になんの悔いもないと言った表情で、まるで星にでもなるみたいに高くまで行ってしまった。

私は君の姿が見えなくなるまでずっと泣いた。
ただただ泣いた。
君がいなくなってしまったことが悲しかった、だけではなかった。
私は君の最後のトリガーになってしまったのだ。
君は人に優しくするたびに羽が白さを失う病だった。
"優しさ"なんて曖昧な、輪郭のないものに君は殺されたのだ。
私が最後に泣いてしまったから、君は星になってしまったのだ。
そして私は君の中の大多数いる平凡な存在にしかなれなかったことを、悔しく思った。
君がこの世界に留まりたいと思う原因になれなかったことを。
そしてこの期に及んでそんなことを思う自分を、醜く思った。

私はそのあともずっと泣いた。わんわんと泣いた。
そして、せめて君の優しさが、曖昧なんかではなく本当に誰かを救っていてくれていたことだけを、ただ願った。

10/24/2025, 5:15:40 PM

絶対に開けてはいけないよ


お隣に住んでいたおばあちゃんは、わたしに言った。
私は手渡された少し大きな缶を、上からも下からもぐるっと見渡した。満足がいくまで眺めてから、どうして?と聞こうとすると、おばあちゃんはいなくなっていた。またいつか聞けばいいやと思ったけれど、それがあのおばあちゃんとあった最後の日になったので聞けなかった。おばあちゃんはいなくなってしまったのだ。
ある日、いつも通り散歩に行くと言ったまま帰ってこなくなったという。お年寄りにはよくある話だとママから聞いたけれど、私はなんだかもやもやとした。そんなことをするような人かな?おばあちゃんはいつも決まった時間に散歩をしていた。それがわたしの学校に行くために家を出る時間と同じだったから、わたしは毎朝すれ違っていた。その度におはようと優しく丁寧に挨拶をしてくれる人だったので、違和感があったのだ。

何よりあの缶。おばあちゃんはそれを渡してその翌日にいなくたったらしいのだ。今もわたしの手元にあるそれをもう一度ぐるっと眺めてみる。振ってみても、カラカラともガサガサとも音がしない。何かが入っているとは思えないこれを、どうして開けてはいけないのだろう。そもそもどうして私にそれを渡したのだろう。開けてはいけないと言われると、どうしても中身が気になってきた。でも、開けてはいけないという言葉を破ることはなんだかとても大きなことのような気がして私はそれを開けられないまま大人になった。

今でもそれはずっと手元にある。引っ越しや掃除のたびにそういえばそんなものもあったな、と思い出し、なんだか手放せずにずっと押し入れに閉まってあるのだ。
あれから15年くらいだろうか。あの後わたしは引っ越したのでおばあちゃんがどうなったのかわからないけれど、無事だったのだろうか。私はなんだか無性にあの事件(と呼ぶほどのものではないが)の行方が気になり出して、当時住んでいた家の近くまで足を運んでみた。

私の家だったところは別の家が建っていたけれど、お隣はそのままおばあちゃんの家のままだった。勇気を出してインターフォンを押すと、同い年くらいの女性が出てきた。知らない女の登場に少し緊張した面持ちで「どちら様ですか?」と聞く彼女に、私も緊張しながら口を開こうとして一瞬躊躇う。何を言ったらいいのだろう。おばあちゃん、元気ですか?違う、15年も経っているのだし、仮に帰ってきていたとしても、もしものこともあるかもしれないし。私は短い時間で考えあぐねた結果、鞄からあの缶を取りました。女性は何も知らないようで、不審そうな顔を私に向ける。これを、15年前にこのお家のおばあちゃんがいなくなる日の前日にもらったと伝えた。女性は驚いていた。そして私も驚いた。この家に15年前に失踪したらおばあちゃんは存在しないらしい。おばあちゃんはいるけれど5年前に亡くなっているとかで、失踪などはしたことがないと伝えられた。私は驚きのあまり言葉も出なかったけれど、とにかく向こうからしたら私はただのの不審者なので、なんとかその場を丸く収めたあとお礼を言ってその家を離れた。

呆気に取られたまま帰宅する。
私の知っているおばあちゃんが、いない?
そんなわけがないと思う反面、少しだけ納得できる部分もあった。
おばあちゃんはいつも同じ時間に散歩をしていたけど、逆にいえばその時間以外に見かけたことがない。そして謎の缶をくれたときも、ふと気がつくといなくなっていた。もしかして、幽霊か何かだったということだろうか。そうなると、この缶を開けるのはかなり危ないのではないか?私は頭が混乱してきてしまった。そもそも全ての状況かなんだかおかしいのだ。
そして謎はこの缶を開けるまで解決しないとも思った。

けれども結局私はこれを開けることができなかった。
これを開けてしまったら私の人生は大きく変わってしまうと思ったからだ。それが良いことなのか悪いことなのかもわからないけれど。

秘密の箱、おばあちゃんは一体何者だったのだろう。
どうして私にこれをくれたんだろう。
どうしていなくなってしまったのだろう。
おばあちゃん、またいだか会えるといな。
そしたらその時は、このカンを開けられたらいいなと、おもう。

9/6/2025, 3:26:07 PM

だれもいない教室であなたの席を見つめるのが好きだった。
その場所からいろいろな景色を見て、どんなことを思っているのだろうと思うと、心臓の位置が明確になるようだった。誰を想っているのだろうと思うと、それが大きな掌で握りつぶされるような感覚になった。
私もそこに座ってみたいと思って目の前まで歩み寄ったことがあるけれど、誰かが突然入ってきたら不審な女になってしまうので辞めた。
あなたはいつもどこか遠くを見ていて、誰とでも分け隔てなく仲が良いのに誰とも仲が良くないみたいだった。妄想癖のある私は、あなただけが人生を何度か経験しているのかもしれないと何度か思ったことがある。それくらい、大人びていたのだ。
あなたとは三年間同じクラスだった。今思えばその出来事はこんな短い言葉で表現できてしまうけれど、一年生の最終登校日ののもう離れてしまう悲しさ、二年生のクラス発表の時の緊張、二年生の最終登校日の期待、そして三年生のクラス発表の喜びと言ったら、私の人生のハイライトとなるかもしれないくらい分厚い記憶である。私はこれまで真面目に真っ当に生きてきたつもりだが、全てはこの日に報われるためだったのだと確信を得たくらいには嬉しかった。今となっては「好きな人と三年間同じクラスであった」という思い出に過ぎないけれど。
そうだというのに、私とあなたが会話をしたことはほとんどなかった。相手が特段こちらを避けていたことはないと思うのだけど、今思えば私は彼の視界になるべく入らないようにしていたように思う。あなたの人生にとって私がモブであれば、この恋が叶わなくなって仕方がないと思えたからだ。だからもし彼を主人公にした物語があるとしたら、私の名前はきっとエンドロールに載らないのだろう。
一度だけ彼から話しかけられた時があった。理由は覚えていないけれど、何らかの事情で朝早くに投稿した日に私は一人で本を読んでいた。するとあなたが扉を開けて教室に入ってきた。私はと言えば、この空間に私と彼が二人きりだと言う初めての状況に今が寿命かもしれないと思うくらいに心臓がはやり、ひたすらに何でもない顔をしようと必死だった。更にあなたは自分の席についたかと思うと、こちらに歩み寄ってきたのだ。そして私の席の前で立ち止まり、こう言った。「それ、なんて本?」幸い人に教えても差し支えのない一般的な書籍を読んでいたので、私はゆっくりとした動作で読んでいたページに栞を挟み、表紙を開いてみせた。本当はなにか言うべきだったと思うのだけど、当時の私にはそれが限界だった。彼は表紙をまじまじと見た後、「素敵だね」と一言呟いて自分の席へと帰った。呆然としていると次々と生徒が登校してきて、先ほどまでの空間とはまるで別の世界みたいに賑やかな、いつもの教室となった。
教室の隅で本を読む地味な女に、素敵だねと一言声をかける男なんて、今思えば少し格好つけていると思う。けれどもあの三年間の私にとっては彼が全てだと言っても過言ではなかった。今だってこうして鮮明に思い出せるくらいには。
彼は卒業して東京に出たらしい。風の噂で知った時、あなたらしいなと思った。私は同窓会には行かなかったので、今あなたがどうしているかは分からないけれど、きっと当時の同級生とは連絡も取っていないのだろうな、と勝手に思う。私はあなたのことを何一つ知らなかったけど、だからこそあなたを本当に"素敵な人だ"と思っていたのだ。

8/23/2025, 4:48:07 AM

海を見た。

どこまでも続く水平線を見て、安直に死にたいと思った。
もしかしたら、一番幸せに世界に終止符を打てる方法かもしれない。こんなにも綺麗な青を焼き付けながら、溺れるのだから。

そんなわけがない、私は水が苦手だ。足のつかなくなった海水の上で、ただ惨めに格好悪く死んでいくのだろう。そんな死に方が、自分には似合うような気がしてしまった。

息が、苦しい
昨日のことを思い出すと、のたうち回りそうになる。なにかの禁断症状でも出たみたいに、ずっともがいている。
自分のことをなんで情けないのだろうと思った。
大切な人にそんなことを言わせるような人間であること。
あなたを孤独の頂点から引き摺り下ろせなかったこと。
じゃあそれができたとして、私にその責任などは取れないということ。
今まで光だと信じてきたものは全くそうではなく、
寧ろ毒であることを目の当たりにしたこと。
全てわかっていたのに、全てわかっていなかった。

世界は、どうしようもない、信じられないくらい不出来な物語である。
起承転結などは無視されて、ただ絶望と悲しみだけにスポットを当てられ、そこにだからこそこうだああだという美学すら、ない。
ただひたすらに、苦しく、苦しいだけのものだと、私は昨夜思い知ったのである。

何が悲しいのかというと、これはただの失恋だということだ。
そして私はそれをこの歳になるまで知らなかったことだ。
世の中にはとっくに絶望しきったと思っていた。しかしまだこんな気持ちが残っていたのかと、唖然とする。
私の世界はこれ以上黒く青く染まるというのか、ふざけるな。
あなたを失いたくないという足掻きは、私にとってとても大きな希望であった。同時に、絶望でもあった。

解決策などはとても見当たらなかった。
昨日あなたと見た海を思い出した。
あの時死んでおけばよかったと思った。
そんなことを思うような自分だから、私はこうなのだ。

あの時、死んでおけばよかった。

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