よあけ。

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10/22/2024, 7:25:17 AM

︰声が枯れるまで

声が枯れるまで叫び続けて訴えかけて、何していたんだろう。


“一緒”だと思ってた。仲が良いから、いつの間にか何もかもが一緒だって思ってた。価値観とか、考え方とか、配慮の仕方とか、優先順位とか、何でも一緒だろうって、お互い何でも分かってる、僕達は“一緒”だって、心が繋がってるんだって思ってた。

そうあってほしいってただの願望だったなあ。

あの子と僕は似ている部分はあれど少し性格が違うし、気を配るポイントも違うし、考え方もお互い少しだけズレていて、育ってきた環境が全く違っていて、根本的な部分で分かり合えることはなくて……いやもう分からない。分からないよ。

お互い、全部分かり合えないと駄目なのかな。分からない部分があったってそれでいいんじゃないかな。だって僕達、別の人なんだよ。相手の脳全てを理解できなければ一緒にいられないなんて、そんなの、変だって、僕は……。

僕の生活も、悩みも、人生も、それは君に関係があるわけじゃないと思ってる。だって僕の問題は僕とその当事者だけの問題で、第三者の君にどうすることもできない。僕だって君の問題をどうにかはできない。ただ、話を聞くだけが、最大限だと思う。それ以上踏み越えていく行為は侵害であると思っているから。

人と人の間にはある程度境界線が必要だと思ってるから。

分かり合えない部分があることが駄目なことだと思えないんだ。僕達は人だから、完璧に他人のことを理解するなんてことできないって思ってるから。

君は「口にすれば何でも理解し合える」という経験を積んできたからそう思えるのかい?

何もかもを把握しておかないと気がすまないというならそういうの僕にはできないよ。僕は君が言う「何でも話して分かり合おう」という気持ちを尊重できないし、君は僕が言う「分かり合えない部分があってもいいじゃないか」という気持ちを尊重できない。

一緒だと思ってた。気がついたら僕は大事だと思っていた境界線を薄くして君と僕自身を混ぜ合わせて考えてた。でも違うんだ。危ないよ、混ぜ合わせて考えるのは。僕ら別の人間だ。

混ぜ合わせることが危険だと思わないなら、そういうところ、僕とは違うね。違うならどうする、どちらかが折れる?どちらかが我慢する?そんな関係性それこそ嫌だよ。

何もかも明け透けにすればいいってわけでもないんじゃないかって思ってるんだけど、やっぱりこれは僕特有の考え方かな。

当たり前かぁ。


別、別、境界線を引く行為を「冷たい」なんて形容するなんて不思議だった。人に関心がない冷たい人間って僕の中ではもっと別の人を指していると思ってきていたから、その感覚、奇妙だ。適切な境界線を引ける人こそ素敵な人だと思っていたから、それが「冷たい人」って形容されてるの、やっぱり、分かんねえなあ……

人が辛いと泣いているのを見ても、無視しているつもりもなく無視できて「え、だって自分は辛くないし、お前が勝手に辛くなってるだけでしょ?」と平気で言い放てる人が人に関心がない冷たい人だと思ってる。僕にとっては恐ろしくて怖い人。「辛いの?自分がどうにかしなくちゃ!ねえどうしてほしいか言ってよ、なんで泣いてるばっかで何も言ってくれないの??どうしてほしいの?助けてあげるって言ってるのに!」と言う人を温かみのある人だとも思えない。相手の悩みと自分の悩みをまぜこぜにして考えて、相手の心を侵害しているようにしか思えない。僕は、侵害されるのは好きじゃない。侵害されるのがむしろ好きな人、嬉しい人はこういう人を優しい人と思っているのかもしれないけど。

「そっか、辛いんだね」と言って背中を撫でるだけ。そんな人が一番温かみがあって、素敵な人だっと思ってた。貴方の悩みは私の悩みじゃないからどうにかしてあげようとは思ってないよ、でも話は聞くよ、相槌も打つし返事もする、それにちゃんと気持ちは貴方に向いてるよ、でも過度な干渉はしないよって、そんな人が一番温かみのある人だって。

だから、そんな人を「物足りない」「冷たい人だ」と言っている人を見ると違和感がある。けど、これもやっぱり感覚の違いってやつなんだろうな。


誰かに「どうかしたの?」と尋ねられて自分で「大丈夫」と言っておいて、後から「『大丈夫』って言ってるけど本当は大丈夫じゃないの!察してよ!助けてよ!」とか言う方が変じゃないか。

こけて足を挫いたとして、誰かに「痛みどれくらいある?椅子座って休む?」と聞かれたとしよう。本当に痛いならこのときに「椅子に座りたい」と言えばいいと思う。我慢して歩いてみようと思って「大丈夫、歩ける」と答えて、歩き出してからやっぱり痛くなったならそこで「歩けると思ったけどやっぱり痛くて歩けない。椅子に座りたい」と言えばいいと思う。

言わずに「普通足挫いてる人が『大丈夫』って言ってても椅子に座らせるよね?なんで『大丈夫って言ってるけど絶対痛いよ!椅子座っとこう』って言ってくれないの?なんで気遣ってくれないの?察してくれないの?」って、相手を責めるの、それこそ酷い奴じゃないか。大丈夫って言ったのは自分で、無理やり引きずられて歩かされたわけでもないのに「分かってくれない相手が悪い」って、それ、やっぱりどう考えても変だなぁ……。

「言いたくても言えないの」って状況は二パターンあると思う。一つは相手から頭ごなしに否定されてるパターン、もう一つは相手が聞く耳を持っているパターン。前者だと「自分の気持ちを言っても相手に否定され無視され蔑ろにされ心が折れてしまうし怖くて言えない」と思うのも頷けるし、相手に非があるように思う。後者の場合の「相手は聞く耳持ってくれてるけど人のこと心から信じられないし裏切られたら怖いし本音言って嫌われたくないから言えない。できれば相手がこっちのことを気遣って察して分かってくれたらいいのに」というのは、己の問題だろう。相手を信じられない自分に問題があるのに察してくれない相手が悪いってのは……

自己中と思われたくなくて引っ込んでるつもりだがやってること自己中ってのが最早コントみたいだ。どうしよう、ツッコミ待ちだったとしたら。ボケにはちゃんとツッコまないと、もしかしてノリに乗れてないのは僕の方なのか?だから冷たいって?でも僕どちらかというとツッコミよりボケがやりたいしなぁ。


大概の話は「どちらにも一理ある」というものらしい。変だなぁと感じているのも、それは僕が変だと感じているだけの話で、何が良いとか悪いとかの話ではないのだろう。

声を枯らしてまで必死になって伝える必要が、本当にあったのだろうか。ある程度話して通じ合えないならそこで「あ、僕達理解し合えないね。感覚が違うね」でも、別にいいんじゃないか。だって僕達別人なんだから。理解さそう分からせようとするのは傲慢なんじゃないか。相手の感覚、思考、心を侵害している行為。

違って当然、分かり合えない理解できないなら仕方がない。だって僕と君は、別人。

一緒じゃない。

10/17/2024, 6:03:16 AM

︰やわらかな光

何もありませんでした。知的好奇心があるわけでもなく、頭を使うのが好きなわけでもありませんでした。嫌でも考えなければ、知識をつけなければ、理解できなければ、生きるか死ぬかの窮地に追い込まれていた、ただそれだけでした。


学芸員になりたかったんだとはにかむあなたを見て「ああ、なんだ、やはりあなた“は”そうなんだ」と、ようやく腑に落ちた。

私は美術館に行くことが特別好きなわけではなく、むしろ退屈であったと確信した。別に好きでもなんでもなくて、興味があったわけでもなくて、ただあなたについて行っていただけだった。あなたがじっくり絵を一つ一つ見ている時間も、遅いなあとしか思っていなかった。暇だった、楽しくなかった、分からなかった。

一人で美術館に行くこともあった。一目で好きじゃないと思ったらさっさと飛ばして次の絵を、次の絵を、次の絵を求めた。気に入った絵だけをじっといつまでも見詰めることは楽しかった。楽しかった、と思う。

「せっかくチケットを手に入れたのに全てじっくり見ないだなんて勿体無いことを」「芸術が分からずつまらないとしか思えないお前の心がひどく乏しいだけだろう」

絵を見るために並んでいる人たちをどんどん飛ばしながら、きっと誰かはそう思って私を咎めるのだろうと想像した。その通りだ、イマジナリー世間様。私が思い描く正しいと信じて疑わないイマジナリー世間様。ああ鬱陶しい、どうしていつもあなた方のほうが正しいのだろう。

人だかりができている本日の主役を横切ってから、先程一瞥した絵画が妙に脳裏にちらついて踵を返す。気になっていたものは少し戻った角に展示されていた。

バターナイフを持つ少女。左奥にある窓から光が差し込み、そのやわらかな光に包まれた少女は左手を自身の膝の上へ、右手にはバターナイフを持ち、目の前の皿に載ったバケットを見詰めている。幼さ特有のふっくらとした頬、右目の長いまつげが控えめに輝き、内に巻かれたボリュームある栗色の髪が絵画全体の柔らかさを際立たせている。しかし目の前の皿には少女の影が落ち、バケットはくたびれ、しおれている様に見える。そんなバケットを冷たい目で見下ろす少女。柔らかな少女の雰囲気に似付かわしくない、光の宿っていない硬い瞳。

美しいと思った。思って、本日の主役絵画の前にできた人だかりを思い出して、辟易した。この絵画に人だかりはできていない。

この気持ちは寂しさだと思う。孤独感というやつだった。「自分だけがこの絵の良さを理解できているんだ!チラシに載っている目玉しか見れないような凡人共とは違うぜ!」などと、虚勢ではなく心から思えるような人間だったら良かったのだろう。思えなかった。

私は実に我侭だったのだ。己は興味のない絵画をすっ飛ばしていくというのに、自分が好きだと思った絵画を誰もじっくり見ていないときには心にじっとりとした何かが巣食うなどと。

そうして思い出すのだ。すべての絵画を余すことなくじっくり、爛々と目を輝かせながら見て回る、あの人を。学芸員になりたかったんだとはにかむあの人を。

あの人はただの知的好奇心だと言った。ただ面白くて好きだからだと言った。だから全てを目に焼き付けたいのだと。それこそ真の意味での誠実さだと私は思う。私のような適当な人間ではなく、目玉しか興味のない人間ではなく、あなたの様な心が、芸術に対する誠実さだと。

芸術なんて語り始めれば派閥が生まれ争いが生まれ果てに辿り着くのは主義主張の押し付け合いだ。なるべく「みんな違ってみんないい」であってほしいと思うが、全員が全員そうではないので、芸術とはなんたるかという話をしたいわけではない。しかし、しかしだ、私は、芸術に誠実でありたかった。私の理想はそうだったのだ。そうであってほしかった。そちらのほうが美しいと思っていたから。


駄目でした。どうも気後れする。何故か理由は分かっています。私が、本当はどうでもいいと思っていたからだと思います。興味なんてありませんでした。ずっと面倒くさいと思っていた。あったのは上っ面の誰かの受け売りだけ、あなたの受け売りだったのかもしれません。何かに縋り付きたかった、頭を使って考えて考えて知って知って知って理解したふうになっていなければ私が生きていけなかった、ただそれだけでした。純粋な好奇心ではありません。芸術なんてどうでも良かったんです。心からの関心など毛ほどもありませんでした。

「あなたはあなたの道を進めばいい」なんておっしゃるけれど、私は自らこうなりたかったわけでもなく、知りたくなくても学ばなければならなかっただけ、故に私はあなたと違った人間になったのかもしれませんが、ええ、ええ、本当、今私が知っていることとかクソどうでもいい。ではなくて、別に、好きで、学びたかったわけではなく、ええ、ええですから、あなたは、あなたは芸術が本当に心からお好きなのでしょう、純粋に好きなのでしょう?私は確信したのです。学芸員になりたかったんだとはにかむあなたを見てようやく腑に落ちたのです。「やはりそれは、あなたの夢だっただけで、私が好きだったわけではなかったのだ」と、心底安堵したのです。

私には何もありませんでした。知的好奇心があるわけでもなかった。窮地に追い込まれていただけだった。逃げ道をひたすら作っていたかっただけで、そこに純粋な心など塵ほどもなく、ただ、何かからか逃げたかっただけでした。

美術館に足を運ぶのが億劫だったことにも気づかず、芸術に心からの熱意を向けていたわけでもなく、いいえ、それだけに限った話ではありません。何事にも当てはまります。何事にも。熱意なんてなかった、好きの気持ちなんて分からない、どれも全部どうでも良くなる、あなたの気持ちがこれっぽっちも分からない。ただあるのは、焦りと不安と恐怖。正しくできなければならないという恐ろしさだけ。そして全てを投げ捨てる、だから何も残らない、空虚な

嫌?嫌じゃない、だから困ってるんだ。空っぽ人間で良かったと安堵した。あなたのような志が無い人間で心底良かったと。だってあなたのことがずっと苦手だったから。


バターナイフを持つ少女を美しいと思った。きっと共感できたからだ。空虚な人間になったことに安堵して、他人の思考から引き剥がされるようになって、ようやく私は、あの少女と向き合えるのだ。私もようやくバターナイフを持って、やわらかな光に包まれながら、くたびれしおれたバケットを見詰められるのだ。

10/15/2024, 8:07:17 PM

︰鋭い眼差し

見捨ててごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、だからゆるして、ごめんなさい、駄目な子でごめんなさい、ごめんなさい、強くなくてごめんなさい、一人で生きられなくて、もっと強くて賢くていい子だったら良かったのに、そうしたら手を煩わせることもなかったのに、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、吐いてるのをただ眺めていただけでごめんなさい、ごめんなさい、どうしていいか分からなくて、ごめんなさい、お年玉全部渡すから、貯金してた分全部渡すから、だからどうか叫ばないで、ごめんなさい、ごめんなさい、うるさいなんて思ってごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、泣かないで、嘔吐かないで、もう、もう黙って、もう「お願いだから」って言わないで、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、耐えられない、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、反応鈍くて、もう、もう、もう、“お願いだから”あたしに当たらないで。

白昼夢を見る。

お金が足りないと騒いで泣き狂っている母にどう対応してもいいか分からず、父に言えばいいのにという言葉は失言だと経験済みで、今できそうな最善はどれかと考えを巡らせた。それで結局、焦って「お金あげるよ」と言って、数年にかけて貯めていたお金を渡した。母は働いていないのに「いつか返すから」と言って、内心働いてないのにどうやってお金返すっていうの?と思いながら「いやいいよ、返さなくていいよ」と畳み掛けるように言い返した。母は口にタオルを詰めて、ウーウー唸りながら札を数え始める。そんな姿を見た私のこの気持ちは、なんと形容するのが正しいのか、分からない。心配と不安と得体のしれない化物を目にしたような恐怖心、だったろうか。

「お願いだから起きて!!!!」と体を掴まれて揺さぶられた。母と母の不倫相手と出かける予定だったのに起きられなかった。何故か妙に起きられなくて、全く起きられなくて、何故かはいまいち分かっていなかった。ただぼんやり「行きたくないなぁ」と思った。母と不倫相手の間に生まれた擬似的な子供、のような役割を果たすことに嫌気が差し始めた頃だった。

母は恋人の前で可哀想でか弱い女を演じる。そして母性に溢れていて子供のことをこれだけ愛していますよというアピールもする。鬼の形相で私を叱りつけるときとは大違いだ。父といるときでは決してしなかったようなことを私にする。優しく語りかけ、額に手を当てて、優しく撫でる。

私というおもちゃの出来は良かっただろうか。貴方のコンセプトに合っていただろうか。可哀想なヒロインを目立たせる一役を買うことができただろうか。役に立った?どうだった?あたしってひつよう?

貴方がお人形を愛でている姿を見たことがなかったから、私のことも、きっとなんとも思っていないのだろう。知っているよ、貴方のことなら――――そう言いたいけれど、私はあなたの事を何も知らない。あなたがとんでもないメンヘラ女だったなんて全く知らなかったし気づかなかった。私の目は節穴で、きっと今後も知らず知らずのうちにメンヘラに付け込まれていました、なんてことが起きるんだ。現にそうだ。

それともあたしには父の血が流れているからモラハラ気質なのかな。ねえ母さん、私はモラハラとメンヘラのハイブリッド?ああ嬉しい、あたしってやっぱりおとーさんとおかーさんのこどもなのね。貴方達が血を混ぜたこと、なかったことになんてできないからね。

貴方は愛があれば家族になれる血は関係ないと言って不倫相手と家族になりたがっていたけれど、やっぱり血液って大事だと思うの。愛がないのにどうして私は家族を家族だと思ってこれたと思う?血が繋がっていたからよ。愛がなくても血が繋がっていれば私は家族の繋がりを感じられた。

血液もない、愛もない、それでどうして家族なんて言えるのかしら。

気の毒に思うわ。父からDVを受けて、精神的にも肉体的にも金銭的にも辛かった、それはそれは見ていられないほど過酷な日々を送っていたこと。気の毒にはね。

私はパニックになるとすぐ「見捨ててごめんなさい」「私が悪かったから」って、ごめんなさいと誰に乞うてるのかも分からず口にしているの。でもねえお母さん、あなたの目も節穴だったのね。気の毒に思うよ、私達アダルトチルドレンだものね?愛着障害だものね?悪い人に捕まっちゃったんだよね?だから私みたいな子供が育っちゃったのよね?

母は父のモラハラを悪化させていった一員であることを自覚しているのだろうか。

ああ可哀想に、父さん、母さん、まともじゃないなんて。あーあ。

気の毒に。「どうして父親を憎まないの?」と思っているのですか。私に無関心な人間と、私に過干渉な人間、一体私がどちらに執着するか明白でしょう?その賢い頭を使ってごらんなさい。私より優秀で、お勉強ができて、容量も良い脳みそ使って考えれば分かるよね。「どうして分からないの!!」と怒鳴りつけたその口で、答えてちょうだい。冷ややかな鋭い眼差しで責め立てた、その目で私を見てみてちょうだい。

ねえ、ねえ、あたし、父の血が流れていることが嬉しいの。人を殴って言葉で追い詰める暴力人間でも、プレッシャーかけて人を怯えさすような人間でも、まともに会話ができなくても、私のお父さんだから。ねえ、不倫相手のことを父親だなんて呼べない確固たる事実があって、あたしこんなに嬉しいの、この気持ち、あなたにつたわってる?

本当に良かった!ろくでなしで。だって良い人だったら私の良心が痛むじゃない。蛙の子は蛙よ、私、あなた達みたいになりたいの。あなた達のように生きたい、人を踏みつけて知らんぷりして笑っていられるような人間になれば証明になるんでしょう?「私はお父さんとお母さんの子だから」って。ねえ、家族愛の話みたいでとっても素敵!


一番言われたくないことって何かなあってずっと考えてる。後ろめたくて隠したいことをつついてしまえば貴方は分かりやすくキレ散らかすから。なんて幼いんだろう、なんて未熟な人間だろう、実に愛らしく馬鹿馬鹿しい。

ガキがガキをつくったからこうなっちゃったのかな。未熟な人間が家族を築こうとするのは悪夢の始まりね。貴方達は始めちゃったんだものね。鋭い眼差しで誰かが私達を睨みつけているわ。

10/13/2024, 4:49:32 PM

︰子供のように

手を繋いでくれたのではなく、私が手を握った。握り返してくれたことを「繋いでくれた」と認識していた。

早朝散歩に出かけた。カーディガンを羽織らないとくしゃみが出るくらいには寒くて、空は澄んでいた。気温の確認の為スマホを見つめる私の横顔を、貴方に撮られていた気がする。構わなかった。

私が貴方の後ろ姿を写真に残しておきたいと思う気持ちと、きっと似ているだろうから。

久々に母校の小学校を見た。貴方は指を指しながら、靴箱の渡り廊下、6年生の頃使った教室、よく夢に出てくるんだと教えてくれた。あそこは何だったけとか、ここって塀がなかったっけと、まるで記憶をすり合わせるような会話に、この人は私と「一緒」が好きなんだろうか、とやはり思った。前々からのその節がある、ような気がしている。

「私の学年は諸事情あって一番上の階が教室になったことないよ、あの部屋景色が良いって話だったのに見れなくてちょっと恨んでるかも」と不貞腐れながら言うと「そうだったそうだった」と貴方は笑った。

しばらく歩いて、歩いて、歩き疲れて「歩くの早いよお」と文句を言った。昔から歩くペースが違っていて、いつも私が早歩きして追いかけていた。貴方は私に合わせる気がないということをもう流石に知っているけれど、ペースを合わせてくれないところがやっぱり少し不満であったりもする。それでも置いて行かれたくないからなんとか手を握って先に行かないでと、ヘトヘトになりながら言うのだ。

それに「もう帰る?」という言葉に「帰らない」と返したのは私である。だって帰りたくなさそうに言うから、と少し貴方のせいだと思っているのは秘密。

パン屋さんに着いて、朝食を選ぶ。あれもこれも美味しそうだと言いながらたくさん買って、レシートを見て、値段の安さに驚愕しながら公園のベンチへと向う。階段と坂を登って、丘の上のベンチに腰掛ける。生まれ育った町を見下ろせるこの場所は、なんとも言えない気持ちになる。寂しいような、懐かしいような、楽しいような。

パンを広げて写真を撮って「ここいいね」「天気よくて良かったね」と言いながら、パンの袋を開ける。焼きたてパンの香ばしさは食欲をそそる。かぶりついて、時々はんぶんこして、頬張る。8時になると太陽が本格的に昇ってきて、輝かしい1日がスタートとした、なんて実感がするけど、自分らはもう3時間前には活動してるんだよな、とか、きっとどうでもいいことを思ったり「太陽眩しい」なんて当たり前のことを口にしたり。

「眩しいね」「美味しいね」「景色いいね」「山の上ってやっぱちょっと冷えてるね」なんて、他愛のない会話というのが、なんだか久しい。歳を重ねれば重ねるほど減っていたような気がする。

一緒が好きなのはきっと私だ。誰かとただ何かを共有していたいという、真っ直ぐな思い。なるべく目を逸らしていた繋がりというもの。子供の頃はこんなふうに、毎日なんてことない出来事で笑ったりはしゃいだりしていた気がする。なんてことないと思っていたこういうことが大事で、必要で。子供のようにとか、大人のようにとか、そんなのもきっとどうでもよくて。

貴方と手を繋げたら、またパンを食べられたら、それで十分、

10/12/2024, 1:41:34 PM

等身大を愛す とは

迷走の果てが変化というなら

「変わってしまった」とは身勝手極まりない

独り善がりに縋り続け何もかも思い違いであった

型に嵌めるか理由がなければ満足しない人間であった

ただの現象に過ぎなかったというのに

徐々に低下している きっとそれを望んでいた

どうにもならないことは山ほどある

どうする気もないこと

それをすることで何を感じている?

踏み台にするくらいならやめちまえ

踏み台にする勇気もないならやめちまえ

同じことを繰り返し目新しいものはない

潮時だろう もとより何もない

等身大、とは、これのことであろうか

ただ皆が自由勝手に生きているだけだった

咎めることなど何もありはしないというのに

紅葉が色を変え始めている、そろそろあきが来たのだ

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