:初恋の日
しらないせかい、つれていってくれた。
ずっとあたまがいたくて、ずっとめをつむってばかりで、くらくておもいせかいから、まぶしいみちなるくうかんへつれていってくれた。
ふわふわまほうのじゅうたんにのって、みつのようなあまいけむりがじゅうまんして、ぎらぎらかがやくうちゅうへとんで、まーぶる、まーぶる、せかいがはでにいろづいて、うえへしたへみぎへひだりへぜんしんがみょんみょんのびてゆがんでいって、いろんなほうへはじけてひろがる、あたまがじゆうになっていく。
ときのながれがおそくって、べつのくうかんにいるみたい、とけいのはりがぼやけてて、すすまない。ああ! えいえんがここにある! ずっとこのままみをまかせ、いろんなせかいへ、ずっと、ずっと、とばしとばされ。
ほしのなかへとびこんで、カンカンカン、へいこうかんかくなくなって、このさきつづくどこまでも、あるいてあるいてヒュウヒュウヒュウ。からだのかんかくなくなって、うまくうごかなくなって、それがなんだかへんてこで、ここちいい。
あおいつららがつらぬいた。ちかちかひかってしろとんで、すっぱいにおい。しろくなって、ちゃいろくなって、くろくなって、黒くなって、黒く、重く、臭く、頭がかち割れる、胃が回る、喉が熱い、痛い、気持ち悪い。どこか、どこか、どこかへはやく。
てさぐりでさがすはつこいのひ、またしらないせかいへつれていって。
:優しくしないで
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あなたは優しい人だと思う。感情なんて脳の電気信号でしかないのに。その感情が大事だと言う。細かく見たら違うんでしょうけど、大まかに見れば人間はただ水とタンパク質でできていて電気信号が走っているだけ。人なんて大したことじゃないのに。他人のことを気に掛ける、優しい人。
何事も俯瞰して見たほうが理解しやすい。そこに感情は必要ない。事実さえ理解できればそれでいいじゃないですか。事実だって多少歪めてもいい。理解して飲み込めるならそれで。「自己防衛本能が働いている」としても、それでいいんですよ。
優しい人ですね。嫌味じゃないですよ。ぬるくて、甘ったるくて、あたたかい。本当に、優しい人だ。
……ごめんなさい。あなたは優しい人。その優しさが、あまりにも怖い。余計なお世話と言って突き放すことは簡単なんです。あなたは優しい人。どうか、どうか。加害者さえいなければ被害者は存在しないとあなたは言った。加害されたからといって自分も加害するなんてあってはならないと言った。ならば、どうか、立ち退いてほしい。加害者になりくない。怖い。
あなたの為とか、そんな綺麗な話じゃないんです。ただ、自分が、加害者になりたくないだけ。この気持ちすらほどいてくれると言うならあなたの手を借りたいと思う。しかし中途半端な優しさならばやめてくれ。お前のこと蹴り飛ばしてしまいそうだ。加害者になりたくないんだ。悪者になりたくない。ただ卑怯者なだけ。お前を傷つけたくないからではない、自己保身の為だ。だからどうか……優しく、優しくしないでくださいね。
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優しくしないでほしいなんて、正しくそうなのに、未だ虐待サバイバーだと認めようとしない。これもきっと、貴方にとっては余計なお世話にしかなれないのだろうけれど。
「拒否しなかったお前が悪い。嫌なら抵抗すればよかっただろ。しなかったのはおかしい」と言われるのは二次被害だ。他人はそうやって貴方を更に苦しめる。
「仕方がなかった、誰も悪くなかったんですよ」
加害者さえいなければ被害者は存在しなかったはずなんだ。これは自然災害じゃない、なのに……。
「誰も悪くなかった」ということにしたいのは、貴方のささやかな望みなのだろう。貴方はどこまでも夢見がちで、孤独で、“可哀想”だ。
「確かにあの人は駄目な人かもしれないけれど、優しくて温かくて、愛してますよ」
最初に貴方と会ったとき、なんとなく「可哀想なやつ」だと思った。それは貴方に虐待サバイバー故の亀裂と歪みがあったから。貴方は「愛情」という名のなんとなく可愛らしく色付けされた甘い砂糖菓子に変えて全てをまるっと口に入れようとする。「それがあの人なりの愛情だったから」と言って夢を見ている。貴方自身が貴方を孤独へと導いている。
可哀想なやつ、可哀想なやつ、かわいそうだ、かわいそうだよ、なあ。可哀想なんて見下されてるみたいで言われたかないかもしれないけど、貴方が、可哀想だ。
辛いよ、苦しいよ、貴方は悪くない、貴方のせいじゃない。加害者さえいなければ被害者は存在しなかったはずだ。貴方は被害者だ。貴方は悪くない。
「加害者も被害者だったんですよ」
それがまかり通って良いわけがない。他人から加害されたから自分も他人に加害するなんて、そんな、そんなことあって良いはずがないんだ、これは理屈とか理論とかそんなのじゃない、そんなのは、そんなの……そんな……。
悲しいこと、言わないでくれ。結局そんなの、貴方が捌け口にされていただけじゃないか。幼くて弱くてまだほんの小さな子供だった貴方が、貴方を、周りの大人は使用したんだ。貴方は使われて使われてボロ雑巾になって、穴だらけで、ボロボロで、傷ついてる。それを、それなのに、自分が傷ついていることに目を向けようとしない。
「人の役に立てることは幸せなことです。例えそれが利用であろうと使用であろうと。自分は人の役に立てて嬉しい、相手も嬉しい、良いこと尽くめじゃないですか」
自己犠牲は、良くない。どれだけ貴方が幸せと言っても貴方はちゃんと傷ついてる。傷ついてるのに、傷ついてることを自覚しようとしない、自覚できないから、どんどん自分を擦り減らしている。
貴方は辛くて、苦しくて、悲しいと、言っていいはずなのに。
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本当に言われた通り「優しくしない」を選んだら、それで満足だろうか。「お前はクズだ」「マヌケ」「早く死ねよ」「消えろ」「役立たず」「お前の人生碌でもない」「甘えてんじゃねぇよ」「馬鹿が」「おつむ弱いんだから」「何もできないくせに」と言って、殴って蹴って踏んづけて、それで良いだろうか。
優しさの定義が分からないが、人を貶めるような発言と暴力は「優しさじゃない」と言われたから、恐らく多くの人が優しさではないと受け取るはずだ。
ならば私は正しく「優しくしないで」という願いを叶えてあげられる。お前は「優しくしないで」という願いが叶い、私はストレスの捌け口ができて嬉しい、お互いハッピーじゃないか!
「優しくしないで」と心から言っている人がいるならそいつのことサンドバッグにして構わないってことだろう? 違うなら安易に「優しくしないで」とか言うなよクソが。酔っ払ってんじゃねぇぞ。
:たとえ間違いだったとしても
恐らく間違いだった。固執ばかりしている。嫌な記憶にばかり縋りついている。
誰もこちらのことなんて憎んでいないし、嫌ってもいない。むしろ保護の対象だと思っている。 何故?
僕は嫌というほどお前が嫌いだ。嫌いでなくてはならないのだ。そうでないと僕は僕を受け入れられない。
許してくれ。
なぜ嫌いな対象に許しを乞うているのか。乖離だ。虚勢を張っているだけだ。 ごめん。
でもやっぱり無理だ、認められない、認めたら、認めてしまったら、全部泡みたいになって消えてしまうのが怖い。
「これまでのは全部何だったの? 私の人生何だったの?」
黙ってくれ。言わないでくれ。赦してくれ。赦してくれ。許してくれ。
貴方の人生を蔑ろにした。そして私が、貴方の幸せを認められない限り、私は、ずっと貴方の人生を蔑ろにしようとしているのと同じだ。
お前が、ぶち壊れたから、お前が、ぶち壊したんだろ。
お前は人だ。一人の。そうだろう? 肩書が重苦しくて嫌だったんだろ。だから「理想像を押し付けないで」と言った。この認識で違いないか? 違うなら……やっぱりメンヘラ野郎は面倒くさいな。同族嫌悪だよ。
やっぱり死んだほうがいいかもしれない。私がいる限りお前は自由にはなれない。開放なんてされることはない。なら、やっぱりさっさとこの世を去るのが貴方への愛情だと思う。 ロマンティックだろ! お前のために首すら絞められたらどれほど良いだろうか!!!! 本当に命まで懸けられたら理想的だな。僕はそこまで強くない。結局のところ自分が一番可愛い。
くびるなんて、夢見がちだ。
泣き声が煩いからずっと首を絞めてやりたかった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、こんなこと本当は思いたくない、苦しめたくもない、暴力だって振るいたくない、俺はあの父親とは違う!! 違う、違う、違う!!!! 違う。 本当は暴力と恐怖で支配したい。可哀想な貴方が好きだ。柔らかくて優しいから。優しい貴方が好きだった、だから、いつまでも可哀想で、いつまでも貴方の味方は私だけでいいのに。
嘘、嘘、全然こんなことこれっぽっちも思ってないよ。ちょっと誇張して脅かしたかっただけ。全然、全く、思ったことなんてないから。本当に、嘘じゃない、嫌わないで、嘘だ、嘘つき。
本当は、本当は、 本当は
何も知らなかった、無邪気で、能天気な、無力なあの頃にただ帰りたい。
二人きりの孤独の夜に帰りたい。私は貴方がいたから孤独じゃなかったけど、貴方は私がいても孤独だった。だからずっと二人ぼっちだったんだ。貴方の寂しさが好ましいとずっと思っていた。孤独な貴方が好きだった。
何か勘違いしてないか? 因果関係、相関関係がグチャグチャだ。好きだった人が孤独だっただけで、孤独な人が好きなわけではない。あまりにも幼い頃だったからおかしな刷り込みをしているな? お前は馬鹿だ。脳も発達していない幼子だった。僕は馬鹿なお前の代わりにこれほどまで尽くしているというのに。あーあ、馬鹿だなぁ!
記憶を美化し過ぎだ。
そうでしか受け入れられないんだな。
お前、何様だ。
認めたらぶっ壊れそうだ。既にちょっとイカれてるのに。いやだいぶ。とても。思い込みが激し過ぎる。曲解のし過ぎた。
だから、だからだからだから嫌いにならないと。だから、だから、だから。冷静にならないと。あの人は僕を突き放した!! ならそれが答えなんだ。きっとさっさと離れてほしかったに違いない。それがあの人なりの愛情だったから、ちゃんと愛情は受け止めないと、あの人はあの人なりに考えてその選択をとったんだ、それが正しいかも間違いかも決めるのは僕だ。絶対に間違いなんかにさせない、たとえ間違いだったとしてもそれを間違いだなんて認められない。
……選択をしたあの人のことを正解にして、その正解が認められないからあの人のことを嫌う。そうすることで、ただ私が駄々をこねているだけ、ということにしたかった。
不器用な愛情は、受け手が、すくい取らないと。だから、私は、一生懸命…………これも違う。愛情が欲しかったから勝手にそこに愛情を見出そうとしていただけ。これは“勝手”だ。相手の心だと思い込みたかっただけ。
お前、こういうのなんて呼ぶか知ってるか?
コンプレックスっていうんだよ。しかも超拗らせの。
はは、忘れてくれ。こんなの全部勘違いと妄想だよ。酷い……ただの感傷だ。そういうことにしておいてくれ。
:雫
理解が及ばないものに対する反応は恐怖と美化である。
未知のものに恐怖し、美化というある種の信仰心を抱くことで呑み込み、あたかも“理解している”と自身に錯覚させる。
貴方が恐ろしい。そして美しい。
細い指で顔を覆い隠し項垂れ、指の隙間から垂れ流れ雫となる涙を床に叩きつける貴方が。「大丈夫よ」と体を震わせながら不安定に紡ぐ声と、柔らかく温かな手の平が酷くアンバランスで。
故に私が真の意味で貴方への理解が及ぶことはない。
愛情は必要だ。親しみも柔らかさも。人を理解するためには。理解? これは理解ではなくただのエゴである。
恐怖で突き放した方が依存はなかったかもしれない。美化は……少なくとも、私なりに残しておきたかった愛情の成れの果てだ。
:桜散る
「不幸でいてくれてよかった」
桜は散るから美しいのだと。人は死ぬから良いのだと。
そうかもしれない。桜は満開が美しいと思っていたし、人は死なないほうが良いと思っていたが。
散る前に見ようと人は桜に集まる。散れば見向きもしない。花見は聞けど葉見は聞かない。
人の死は創作において使い勝手がいい。安易に衝撃を与えられるし感動させることができる優れもの。何より人が死ぬストーリーは売れる。
そうか。
「不幸でいてくれてよかった」
地獄みたいな場所で生きてきたから今のお前がここにいる。お前をお前たらしめる重要な要素。痛み、苦しみ、恐れ、孤独。一つでも欠けていたらお前に興味を示さなかっただろう。お前が不幸でいたからこうして出会うことができた。お前が不幸でいてくれてよかった。ありがとう、不幸でいてくれて。
人が好むもの、感動するもの、心動かされるもの、興味を示すもの、そういった類のものは実に“自分勝手”らしい。
振り幅が大きければ大きい方が感情は動く。桜も、死も、そうだ。
残酷さや不幸があるから慈愛や幸福を感じ取られる。
なら、そうだ、やはり、お前が不幸でいてくれてよかった。この幸せはお前の不幸で成り立っている。