私が子供の頃は(40~50年前)、「話しを聞く時は、相手の目を見なさい」なんて学校の先生から習ったものだが、それはウソというか、間違いである。
今は、たぶんそんな事は教えていないだろう、修正されて、「相手に顔を向けて聞きなさい」とかに変わっていると思う。
盛り上がっている真っ最中の恋人同士くらいなのではないか?相手の目を見つめて良いのは。
私の職場の同僚に、
O君という人がいて、彼は年下だったが他の同僚達からけっこう嫌われていた。
何故って、生意気だったからである。人懐っこいところもあるのだが、大物ぶったりして、要するに世間知らずのバカなのだ。
岩手県の水沢江刺辺りの田舎者なのだが、同じく田舎者の私を同類と思ってか慕ってくれて、
「私の実家に遊びに来ませんか?」と誘ってくれたのである。
私は人見知りする性質のはずだが、昨日の徳之島の話のように、ちょっと変わった人から好かれるのか、その時ものこのこ彼の実家までついて行ってしまった。
彼の実家も本当の田舎で、家のそばに川が流れていて、そこでイワナが釣れるのである。
彼のお父さんは、釣りの免許を持っており、家のそばでも釣れるのに、もっと良い釣り場を求めてジープに乗って山の奥に入り、釣りをするのである。
O君は、このお父さんからいろいろ教わり、森の中でクマの痕跡を見分けられる能力を備えていた。
私がインドから帰った時に、少しばかり土産を持ち帰ったが、冗談で宝箱が入っていた。開けると蛇のオモチャが飛び出す仕掛けの箱だ。
それを彼が開けたら、ヘビがびょんと飛び出して、彼は腰を抜かさんばかりに驚いて、同僚達から爆笑されていた。「いや、私の田舎には本当にマムシとか出て、こういうのはシャレにならないんスよ!」なんて言い訳していたが、本当のことらしい。
そのOが、他人の目をじっと見つめる悪い癖を持っていた。
彼もまた、先生からそう教わったそうなのだ。
生意気だが、素直な1面を持つ彼は、その教えを頑なに守って、よく他人から叱られていた。
私も再三その事を注意した。彼の気性は良く知っているし、好きだった。良く飲みにも行ったが、
じっと見つめられるのには辟易した。
彼は3年くらいで会社を辞め、アメリカに留学すると言っていたが、数ヶ月で帰国し、
行く所がなく、なんと私の家に泊まっていたのである。1週間程だが。
最後、京都で婿養子に入ったと噂を聞いたが、その後どうしているか知らない。
どうしているやらO君。
くれぐれも、人の目をじっと見つめるのは、恋人だけにしておこう。
もう35年以上前の話だ。
徳之島出身の同僚が、盆休みに実家へ遊びに来いよと誘ってくれたので、話に乗ってみた。
徳之島とは奄美大島と沖縄の中間に位置する南の島で、今はどうか知らないが、当時はぜんぜん観光地化されていない、サトウキビ畑ばかりザワワする、鄙びた島だった。
お盆だから8月なのに、大きな鯉のぼりがはためいていた。「なぜあんなモノがまだ泳いでいるのか?」と同僚に訊ねると、
「ああ、島の人間はそんな事いちいち気にしないから、しまわないでそのままなだけなんだよ。」と、関心無さそうに答えた。
私は人見知りする性質なので、ホテルに泊まって、島の案内だけ頼もうと思っていたのだが、
ホテルに泊まられては、俺の顔が立たんと同僚が憤慨するので、結局は1週間くらい、彼の家で飲み食いも全部お世話になってしまった(昼食以外は)。
人見知りする筈だったが、同僚のご両親も、島の人達もみな素朴で良い人ばかりで(具志堅用高さんを思い浮かべてみて下さい)、さすがの私もすぐにうちとけてしまった。
環境も素晴らしかった。ほとんど街灯もない家並みに、時々どこかから闘牛の嘶く声が聞こえた。
おばさん(同僚の母親)は、機(はた)織りが出来る人で、機織り部屋があり、細かく美しい糸を織っていた。
鶏肉の入った味噌汁、パパイヤの野菜炒め、普段から食べている物も何だか微妙に違うのである。
盆踊りに、小学校の校庭へ出かける時、おばさんが声を掛けてくれた、
「ハブに気を付けなさいよ。」
私は思わず笑ってしまった、
明かりもろくにない夜道、懐中電灯と提灯の頼りない光しかなく、物陰に隠れているハブに対して、自分はどうやって気をつけたら良いのか、まったく分からなかったからだ。
しかし見上げれば、
夜空には満天の星、降るような星空だ。ハブを警戒しながらも、思わず見とれてしまいそうだ。
星空の下、校庭に集まり、島の人々と共に、今夜は飲み、踊りまくるのである、
♬*°ワイド、ワイド、ワイドー、
吾きゃ牛ワイド、全島一ワイド!!
ウーレ、ウレ、ウレ、
吾きゃ牛ワイド、全島一ワイド、
ワイド、ワイド、ワイドー!!♬*°
(俺の牛は全島一強いぜ! の意)
「それでいい」では、少し弱いかな?
私の世代は、どうしても、
「これでいいのだ」になってしまう。
明治大学教授の齋藤孝は、尊敬する人に「発明王エジソン」と「天才バカボンのパパ」を挙げている。
「これでいいのだ」は魔法の言葉だ。言わずと知れた、赤塚不二夫の発明である。
バカボンのパパ=赤塚不二夫であろう。
「これでいいのだ」は、良い事も悪い事もすべてを丸呑みし、肯定してしまう。
彼の漫画は、日本漫画を変えた。赤塚不二夫の前に、あの様なマンガは存在しなかった。
あまりにも突拍子のない世界を見て、子供達は狂ったようにゲラゲラと笑い転げた。
「天才バカボン」の単行本を読んだ私の兄は「頭がおかしくなる」と言っていたのである。
母は「こんなモノを読んではイケナイ」と怒った。
そのくらい、当時の日本人に衝撃を与えた作品だった。
バカボンのパパは、自由で、好きな事をやって、失敗したとしても、事態が悪化したように見えても、「これでいいのだ」と言って切り抜けてしまう。
赤塚不二夫の言動も、ほぼその通りで、漫画家として逸脱し過ぎていた。
エンターテナーの道も探り出し、芸能界にも手を出し、友を求め、めちゃくちゃに酒を飲み、酒を飲み、酒を飲み続けた。
だから、友達は大勢増えたが、漫画はそんなに描けなくなってしまった。
漫画と、友達。どっちを大切にすべきなのかは分からない。
常識的な私達は、もう少し酒をセーブすべきだったと思ってしまうが、そのようなスケールは、赤塚不二夫にとってまったく意味をなさない。
赤塚不二夫とタモリの関係は、余りにも有名だ。
まだ無名の、得体の知れない男を気に入り、家に住まわせ、金も与え、車も自由に使わせた。
タモリはやがて大スターとなって見事に花開くが、それによって見返りなんて求めないし、タモリも恩返しなんかしなかった。
そんな、ありきたりな関係じゃないのだ。
でも、赤塚不二夫は人に優しくして、何度も騙されたようだ。
けれど、どんなに酷い目に遭っても、文句は一切言わなかった。
すべて「これでいいのだ」で貫いてしまった。
何があっても、「これでいいのだ」。この突破力。
この一言ですべてをゼロに帰してしまう。魔法の言葉を残して、赤塚不二夫は去って行った。
よくある定番の質問で、
「もしも、無人島へ行くとして、持って行けるものを1つ選ぶなら何が良いですか?」
というのがある。
ここで重要なのは、その無人島には、本当に自分1人だけなのか?他に誰かが存在するのか?である。
映画やドラマで「無人島もの」はいろいろあるが、誰か他の人が多勢いるパターンがたくさんある。
それは、どれも面白いストーリーになるのだけれど、他に誰かがいる時点でもう、無人島とは言えないと思うから、それは無し、本当に本当の1人暮しを想定して、
さて、1つ選ぶなら何だろう?
私なら、あんがい聖書かも知れないと思っている。私はクリスチャンではないし、ブッタが好きなのだが、聖書は単純に読み物として面白いと思うし、厚みがあるし、想像力を刺激してくれるからだ。いろいろな読み方が出来るから飽きないだろう。
まあ、良く切れるナイフというのも便利そうだし、ライターが1個あればそれも捨て難いのだが。…
自然の豊かな島であれば、何とかサバイバル出来そうな自信はあるのだが。
あの、持ち物を何も捨てない みうらじゅんだったら何を選ぶだろうかと一瞬考えたが、すぐに分かった。
たぶん、ラブドールだろう。いつも隣にはべらせている、等身大の、若い女性の人形だ。
それは20万円くらいする(今はもっと高いかも?)ソフトビニール製の人形で、人形だもの、と言うより、もう、ほぼ人間だものと評して良い代物らしい。
これがあれば(いや、居ればか?)もう、無人島も寂しくない。
いや、冗談でなく。トム・ハンクス主演の映画『キャスト・アゥエイ』は、主人公が、飛行機事故により、たった1人で無人島生活を送る設定だが、
ここで主人公は、何とかサバイバルに成功するけれども、どうにもならないのが人恋しさなのだ。
寂しさのあまり、バレーボールに血で顔を描いて、名前を付けて話しをして、必死に紛らわそうとするのである。
だから、ラブドールはぜんぜん有りの選択肢である。
聖書と、ナイフと、ラブドール……
うーん、
ラブドールだよな、やっぱし。
以前、「お気に入り」というお題が出た時に「何も持っていない、全部捨ててしまった。なにしろ家ごと捨てたのだから」と書いた事があった、
これは本当の話で、切羽詰まって夜逃げしたので、大切なものもたくさんあったが結局は、今はもう何も持っていない。
家も含めて、それらをいちいち思い出すのは悔しいから、普段はすべて忘れる事にしてる。
こうして、毎日このアプリに投稿していると、予想もしないお題が出て来て、何もないのに無理矢理じぶんの引き出しを開けたり閉めたりする作業を繰り返しているわけだが、
さすがに60年近く生きているので、「何も無い」と思っていても、案外何かが出てくるものだと再認識させられた。
自分自身の体験の中には、たぶん他人が読んでもおもしいと感じられるものが、それなりにあるように思えるし、
実際の体験でなくとも観たり、聞いたり、読んだ事を含めると無限に近いのかも知れない。
かつて住んでいた家はないが、(忘れたと言いつつも、止むを得ず)記憶を辿れば意外と覚えているものだ。
村上春樹は、小説を書く時、そういう引き出しを開けるけれども、いよいよの時は地下2階まで降りて行くと言っている。
つまり、無意識みたいな、自分がふだん認識しない深くまで意識を降ろす感覚なのだろうか?
その感覚は、ちょっと面白い。村上春樹でなくたって、私にも真似できるような気がする。
無限というのは、宇宙が無限だけれども、例えばカーペットを、1本の繊維が巨大に見えるまで拡大していくと、複雑な構造になり、それは無限とも言える世界になるらしい。
私の意識は、今のところ、せいぜい降りられても地下1階程度だろうが、いつか自分の中にある地下2階を覗いてみたい。
そうすると、大切なものは、つまり、「自分の正常な意識を保つ事」という結論になるのかな。