新しい小説を書き始めた
【君と僕とのしゅうまつ】
花火大会の日に、由良とデートができるなんて夢にも思っていなかった。
夏の暑さが最高潮に達した、8月最後の週末。
この日は花火大会なのだ。
せっかくさいごなのだから、好きな人と花火を見上げていたいじゃないか。
もちろん、(幼馴染とはいえ)由良に声を掛けるのは、かなりの勇気が必要だった。
しかし、
「新太。
えっと……、今度の花火大会、良かったら一緒に行かない?」
なんて、向こうから誘ってくれるとは思ってもいなかった。
「も、もちろん」
頬が火照るのを感じた。
気温30度にしては、やけに暑かったことを覚えている。
僕の隣で歩く由良は、それはそれは美しい浴衣を着ていた。
白地に色とりどりの朝顔がぱっと咲いていて、まるで太陽に照らされたドロップのようだ。
髪も綺麗に結っているし、さくらんぼのイヤリングが揺れる様も可愛らしい。
好きな人には「美しい」とか「可愛い」などの感情を、いとも簡単に抱いてしまうのだ。
僕は、それが何とも不思議で堪らない。
「あれ、思ったより人いないね」
神社に着いた僕達は、辺りを見回して落胆した。
屋台が端から端までずらっと並んでいるのだが、屋台の活気に反してお客は殆どいなかった。
なんだ、つまんないの。
僕は、偶然足元にあった石ころを蹴飛ばした。
石ころは、カラッコロッと虚しい音を立てて何処かへ行ってしまった。
僕達はりんご飴や綿菓子を口いっぱいに頬張った。
「綿菓子食べるのも、今日が最後か。」
「そんなこと言うなよ……」
ただただ無言で食べた。
いや、無言で食べるしか無かった。
しかし、こんな静寂はすぐに終わった。
花火が打ち上げられたからだ。
「うわーっ!綺麗!」
由良ははしゃぎながら、おもむろにスマホを取り出して写真を撮り始めた。
そんなことしても、意味ないんだけどなあ。
僕は打ちひしがれて、ただ膝を抱えて花火を見つめるだけだった。
「今言うことじゃ無いんだけどさ、」
僕はボソッと言った。
「前から、由良のこと好きだったんだよね」
僕は花火を眺めながら言った。
すると由良は次第に泣き始めてしまった。
「なんで、なんで今言うの……?
遅いよ……バカッ!」
「そうだよな……はは」
僕はただ、俯いて笑うことしかできなかった。
由良の顔を見るには、勇気が必要だった。
「今更すぎるって。
もう……隕石降ってくるよ」
僕は空を見上げた。
そこには花火ではなく、炎を纏った隕石があった。
僕達の終末は、後味の悪い恋愛だった。
「もしもシンデレラが法律に詳しかったら」という小説を書いているのですが、興味ある人いますか?
(noteでも同じ投稿をしています)
【猫休み】
子供が産まれてからというもの、生活は一段と賑やかになった。
大人2人、子供1人(由花という名前だ)、猫のミュウとピコ、そしてこの前産まれた猫の赤ちゃんが1匹。
「赤ちゃんの名前、リリが良いと思う!」
由花に「リリ」と名付けられた猫は、小さな布団の中でぐっすりと眠っていた。
3ヶ月後。
家にお客さんが来た。
「可愛らしいねえ」
お客さんはそう言って、リリ達の頭を撫でてくれた。
「由花ちゃんは猫好き?」
「うん、好き!」
「この子、この前の参観日に猫の作文書いたんですよ」
「あらぁ!是非読んでみたいわ」
そうして我が家のリビングでは、作文の発表会が行なわれた。
『私の家には、3匹の猫がいます。
ミュウ、ピコ、リリという名前です。
ミュウがお母さん、ピコはお父さん、リリはミュウとピコの子供です。
ミュウはとても優しくて、リリの面倒を付きっきりでみています。
ピコはとても落ち着いていて、大人っぽいです。
リリはこの前産まれたばかりの猫です。
とても甘えん坊です。
私はミュウもピコもリリも大好きです。
3匹は私にとって「飼い猫」ではなく「家族」です。
一緒にいられて、とても幸せです!』
由花のスピーチで、不覚にもなきそうになった。
僕も参観日に行きたかった。
「ミュウ」
ミュウが鳴いた。
ミュウはいつも「ミュウ」と鳴くから、ミュウなのだ。
「小さな幸せって、こういう事を言うのねぇ」
「違うよ」
由花はお客さんに言った。
「大きな幸せだよ」
小さな幸せ、か。
お客さんはそう言ったけど、由花は「大きな幸せ」と言った。
幸せが大きくても小さくても、別に良いんだけどね。
でも、僕達はあと10年しか一緒にいられないから、小さな幸せなのかもしれない。
いや、短い幸せというべきか。
まあ、どっちでもいい。
「ニャア〜」
僕は鳴いた。
【春になったら掘り起こすもの】
春めく公園は、桜の花びらに満ちていた。
今年も、桜が降る季節がやって来たのだ。
桜が咲いて真っ先にすることは、桜の花びらを拾い集めることだ。
何枚も何枚も、満足するまで拾う。
やがて満足したら、今度は公園の土を掘り起こして小さな穴を作るのだ。
そして穴が掘れたら、その中に桜の花びらを埋めるのだ。
これを私は「桜のタイムカプセル」と呼んでいる。
1年後、また桜が降る季節になったら掘り起こすのだ。
しかし、私はいつも桜を埋めた場所を忘れてしまうのだ。
毎年、「あれ、どこに埋めたっけ?」と探し続けるのだが、桜を掘り起こすことに成功したことは無い。
その日も、私は桜を拾い集めていた。
地面にしゃがみ込んで、丁寧に一枚ずつ拾い上げていた。
公園の一角には、小さな東屋ががあった。
屋根のあるベンチみたいなものだ。
そこには色んな人(大抵はお爺さんやお婆さん)が座るのだが、この日は杖をついたお爺さんが座っていた。
「お嬢ちゃん、桜が好きなのかい?」
私はお爺さんに話しかけられた。
人見知りな私は、黙ってコクっと頷いた。
「そうか」
お爺さんはそう言うと、よっこらしょと立ち上がり、桜の木に手を伸ばした。
そして、お爺さんは桜の枝をポキっと折って、私に手渡した。
「ほら、」
お爺さんの手に握られた桜の枝は、それはそれは可愛らしかった。
「ありがとう」
人見知りな私は、小さな声で感謝をした。
家に帰ってから、お母さんに桜の枝を見せた。
お母さんは喜んで、桜をリビングの花瓶に生けてくれた。
水の入った花瓶に生けられた桜は、心なしか喜んでいるように感じられた。
その夜、私はパソコンで「さくらのえだ 折る」と調べた。
「さくら折るばかうめ切らぬばか」「きぶつそんかいざい」「ばっきん」など、やたらと恐ろしいワードを目にしてしまった。
あ、桜を折るのってだめだったんだ。
そう理解した私は、パソコンをそっと閉じた。
翌年の春。
案の定、埋めた桜は見つからなかった。
桜の枝をくれたお爺さんに会うことも無かった。
花瓶に挿した桜の枝は、1週間後にはリビングから姿を消していた。
私は例年と同じように桜を拾い集めては土に埋めた。
桜を拾いながら、お爺さんが折って手渡してくれた桜の枝のことを思い出していた。
もちろん、このことは他の人には言えない。
春になったら掘り起こすものが、増えたみたいだ。