【青い】※再掲
空に関する言葉。
今日の国語の授業は、こんなことを習った。
どうやら空の様子を表す言葉はたくさんあるらしい。
例えば暁。夜明けを指すらしい。
教科書にはたくさんの言葉が載っていた。
どれも聞いたことのない言葉だ。
「それでは、これから皆さんにはエッセイを書いてもらいます。教科書に載っている言葉を使って書いてください。あ、自分で調べても良いですよ。」
あー、めんどくさい。
長い文を書くのは苦手だ。
「もし授業中に書ききれなかった人は、次回の授業までに書いてきてください。」
先生が嫌な注文をリクエストしてきた。
絶対終わらないじゃん、と思いつつも教科書の言葉に目を通した。
やっぱり知らない言葉ばかり。
膨大な情報量を前にして早くも頭がパンクしそうだ。
そんな少しだけ疲れてしまった私の目に、ある言葉が映った。
青天井。
青空のことを言うらしい。青い空を天井に見立てているのだそうだ。
青天井。
そういえば、あの日も綺麗な青い空だったな。
引っ越しの日だ。
当時小学5年生だった。
引っ越す直前には友達が来てくれて、プレゼントをくれた。
みんな泣いていた。
私は「みんな、そんな泣かないでよ。別に会おうと思えば会えるんだし。」と言ったけど、本当は私だって悲しかった。
欲を言えば、みんなと一緒に卒業したかった。
お父さんの転勤なので仕方ない。
車が街を発って、知らない街へ行くときにふと思った。
また会えるのだろうか、本当に会えるのだろうか。
何年か経って私が帰ってきたとき、みんなは私を覚えているのだろうか。
車窓から青い空を眺めながら、そんなことを考えた。
青天井は何も言わず、そこに澄んだ色を据え置いていた。
結局授業中にエッセイを書くことができなかった私は、学校からの帰り道にエッセイのことを考え続けていた。
エッセイの内容は決まっていないし、明日も国語の授業はある。
今日書かないといけない。
ただ、私の頭には青天井という言葉が何故か残っているのだ。
「ただいま。」
お父さんもお母さん仕事でいない。
返事が返ってくるわけではないのに、つい「ただいま」と言ってしまうのだ。
あぁ、エッセイ書かなきゃ。
そう思いつつ、私はポストを確認しようと外に出た。
これも癖だ。
ポストを開けると、そこには1通の何かが入っていた。
何だろう、と思い「何か」を取り出した。
手紙だった。
誰からだろう。
封筒の裏を見た。
友達の名前ではなかった。
親戚が送ってきたものだ。
なあんだ、と思ってしまった。
友達からの手紙は、私が引っ越してから2回ほどやってきた。
1回目は引っ越してから1ヶ月のときに、2回目は小学6年生の5月に来た。
もう1年以上、手紙が来ていない。
自分の部屋の勉強机に向かい、いよいよエッセイを書いてしまおうと意気込んだ。
しかし、問題は何について書くか。
これといったアイデアは思いつかない。
そうして結局10分ほど頬杖をついて外を眺めるだけであった。
空が青いなあ。
青天井ってやつだ。
空をずっと眺めていると、不思議と心が澄んでいく。
今頃、友達は何をしているのだろうか。
部活動には入ったのだろうか。
ちなみに自分は美術部に入った。
絵画コンテストが近づいていて忙しい毎日だ。
面白い先生はいるだろうか。
私の学校にはいる。
英語の先生で、いつも語尾が高くなるのだ。
何だかそれが面白くて授業中に笑ってしまった。
案の定怒られた。
話したいことが山のようにある。
ふと、手紙を書きたいと思った。
友達の住所なら知っている。
そういえば、自分から手紙を出したことはなかった。
たまには自分から手紙を書いてみようかな。
その前に、まずはエッセイを書かなくちゃ。
私はエッセイを書き進めた。
青天井はあの日と同じように、澄んだ青色を広げて佇んでいた。
【春愁】
卒業式で泣かない私は、「冷たい人」なのだろうか。
でも、これからの人生で哀しいことなんていっぱいあるではないか。
卒業式なんて、人生の些細なパーツに過ぎないと思うのだ。
そんなことを考えるのは、私が独りぼっちだからだろうか。
高校生活で、恋人はおろか友達と呼べる人は全く出来ず、失うものが何も無いのだ。
涙など、出るわけないじゃないか。
校長先生から卒業証書を受け取る名シーンでも、涙はちっとも沸かなかった。
最後のHR、啜り泣く声が聞こえる中で、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
最後のHRが終わり、皆は鞄から卒業アルバムを取り出した。
卒業アルバムには、寄せ書きが出来るページがある。
各自泣きながら寄せ書きをする中、私はこっそりと教室から抜け出した。
混み合う廊下を通り、私は南校舎に向かった。
南校舎には音楽室や家庭科室などの特別教室しか無い。
私はパタパタと足音を響かせて、ある扉を開けた。
ギィィと音を立てて扉を開くと、そこには小さな庭があった。
中庭だ。
近くにはベンチがあるし、綺麗な桜を眺めることができる。
私はいつものようにベンチに座り、ただ風景を眺めることにした。
昼休みは、いつもここでお弁当を食べていた。
わざわざ南校舎に来てお弁当を食べるのは私くらいだから、私は静かな景色しか知らない。
鳥がピチピチと鳴いて、風がざわめき、葉っぱが擦れる音だけが、美しく響くのだ。
ここは疎ましい喧騒とは程遠く、私にとっての"隠れ家"だった。
正直、高校生活の思い出なんて無い。
先生の話が面白かった、とかそんなことくらいだけだ。
いや、こんな記憶でも、思い出と呼んで良いのだろうか。
高校生活のことなんて、何か特別なきっかけがない限り、もう二度と思い出すことは無いのだろうか。
それとも、こんな高校生活を思い出す日が来るのだろうか。
いずれにせよ、この日々はもう二度と戻ることは無い。
私は中庭を後にした。
小説のネタ、一体どこにあるんですか???
【アンフルフィルド】
⚠️流血表現あり
⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️
肩を押さえていた手には、血がべっとりと付いていた。
銃弾が肩に当たったのだ。
血は腕を伝って、滴り落ちている。
「ここまで、か……」
身体の力が抜けていき、俺はその場に膝をついて倒れ込んだ。
俺の寿命が5分も無いことなど、分かりきっていた。
しかし、俺はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
愛する人にこのパンを渡すまでは。
もっとお金を稼いで、2人で幸せに暮らすまでは。
こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
走馬灯とやらが見える。
彼女の面影が見える。
彼女の笑顔が、すぐ目の前に見える。
ごめんなぁ、君を幸せにすることは叶いそうに無いよ。
俺の瞼は、もう閉じようとしている。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「――昨夜、強盗と建造物侵入の疑いで40代の男を逮捕しました―」
【人間香学】
「人は香りと共に歩んでいるんだよ」
誰もいない教室で、先生は私にそう言った。
「そうなんですか」
「ええ。
昔のフランスでは、お風呂に入る習慣が無かったから香水を使って体臭を消していたらしいわ。
現代はお風呂が普及しているから、そういった使い方をする機会は減ったけれど、オシャレの1つとして使われるようになったの」
「へえ」
先生の話はまだ続いた。
「匂いは記憶に残りやすいのだけど、私は『香りで何かを思い出す』という行為がとても愛おしく感じるの。
だから、私はそんな香りを作りたいと思った。
私達と密接に関わる存在、香りがそんな存在になれば良いと思ってる。
だから、私の仕事は『人間香学』なの」
先生が言うのだから、間違いない。
だって先生は、世界的に有名な香水ソムリエなのだから。