【ミラーハウス】
「ただいま〜」
リビングに向かうと、お母さんが「おかえりなさい、琴音」と返事をしてくれた。
右を向けば、「今日は早かったな」とお父さんが言う。
「本当は大学の図書館に残って勉強しようと思ってたんだけど、疲れたからやめたんだ。
……あ、そうだ。
明日、友達連れてきてもいい?」
「うん、いいよ。楽しみに待ってるね」
私達家族は、テーブルを囲んで楽しい話を始めた。
今日も、家族団欒の時間が始まる。
―――――――――――――――――――――
「へえ〜、大学の近くに住んでるんだ。
いいなぁ」
「うん、徒歩10分のところに家があるんだ」
安西琴音は、大学のサークルで知り合った子だ。
人よりもよく笑う、ごく普通の子。
大学から家が近い子。
そして、今では私の友達だ。
「琴音って一人暮らし?」
「ううん、お父さんとお母さんと住んでる」
「そうなんだ」
家が近いだけでなく、実家暮らしだなんて、とても羨ましい。
私なんか、通学に1時間はかかるし、一人暮らしだから出費が多い。
「私、一人暮らしだからさ。
家に帰っても話聞いてくれる人がいなくて寂しいんだよね。
琴音って、家に帰ってどんな話してるの?」
「普通だよ、普通。
その日あった出来事とか、面白かったこととか話してるよ」
「いいなぁ」
「もし良かったら、今度家来る?
お父さんとお母さんいるけど」
「いいの?」
「うん!明日とかどうかな?」
「じゃあ、明日の4限終わったらお邪魔させてもらうね」
翌日。
4限が終わり、私は琴音に家を案内してもらった。
「着いたよ」
10分ほど歩いて着いたのは、一軒の古いアパートだった。
外壁は少し汚れていて、心なしか暗い。
「お父さんとお母さんと住んでいる」という言葉から一軒家を想像していたので、少しびっくりした。
「開けるね」
琴音が鍵を差し込んで、ドアを開けた。
「帰ったよー」
「お邪魔します」
しかし、返事が返ってこない。
というか、人の気配がしない。
「あれ、お出掛けしてるのかな」と思いつつも、靴を脱いだ。
ふと靴箱の上を見ると、1枚の写真が飾られていた。
お父さんとお母さん、そして琴音が写っている写真だ。
「ただいま」
琴音がリビングの扉を開くと、そこには2枚の鏡があった。
私と琴音の姿が反射して写っている。
「あ、びっくりした。なんだ、鏡か」
私がそう言うと、琴音は変な事を言い出した。
「え、何言ってんの。
こちらがお父さんで、こちらがお母さんだよ」
琴音は鏡の前に立ち、こう言った。
「おかえりなさい、琴音」、少しびっくりした。
「開けるね」
琴音が鍵を差し込んで、ドアを開けた。
「帰ったよー」
「お邪魔します」
しかし、返事が返ってこない。
というか、人の気配がしない。
「あれ、お出掛けしてるのかな」と思いつつも、靴を脱いだ。
ふと靴箱の上を見ると、1枚の写真が飾られていた。
お父さんとお母さん、そして琴音が写っている写真だ。
「ただいま」
琴音がリビングの扉を開くと、そこには2枚の鏡があった。
私と琴音の姿が反射して写っている。
「あ、びっくりした。なんだ、鏡か」
私がそう言うと、琴音は変な事を言い出した。
「え、何言ってんの。
こちらがお父さんで、こちらがお母さんだよ」
琴音は2つの鏡を指差した。
右にあるのは縁が黄色い鏡、左にあるのは縁が緑色の鏡だ。
どちらも、全身が写るスタンドミラーだ。
「えっと……どう見ても鏡にしか見えないんだけど。」
「いや、だからお父さんとお母さんだって」
私は、心がざわめくのを感じた。
琴音は鏡の前に立ち、声色を変えてゆっくりと口を動かした。
「おかえりなさい、琴音。
この子が昨日言ってたお友達?
はじめまして。
私、琴音の母です」
【赤い糸】
死の間際に君は言った。
「生まれ変わったら、私を迎えに来て……」
そう言って、君は冷たい雪の降る日に旅立った。
時が経ち、僕にもお迎えがやって来た。
僕は一度たりとも「あの約束」を忘れたりしなかった。
生まれ変わったら、絶対に君を迎えに行く。
そう胸に誓って、僕も旅立った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
生まれ変わった僕は、21世紀の日本にいた。
愛する人はどこにいるのか分からない。
違う国、違う大陸にいるかもしれない。
だけど、それでも僕は構わなかった。
恋人は赤い糸で結ばれていて 、惹かれ合うらしい。
つまり、赤い糸が愛する人の居場所を教えてくれるということだ。
だけど、あまりに距離が離れすぎていると赤い糸が見えない。
だから、僕自身が動き回らなければいけなかった。
まずは日本を探すことにした。
東京から始まり、北は北海道、南は沖縄まで、日本中を探し回った。
赤い糸は全く見えなかった。
愛する人は外国にいるのかもしれないと考え、世界を一周することにした。
北アメリカ大陸、南アメリカ大陸、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、オーストラリア大陸、多くの時間とお金をかけて、愛する人を探すことにした。
そうして、僕は40歳になった。
体力的にしんどい。
愛する人に会えず、心もしんどい。
もう、今世では会えないかもしれない。
そう覚悟した時だった。
ふと手元を見ると、左手の薬指に赤い糸が結んであった。
まさか。
僕は前を見た。
目の前に一人の女性が立っていた。
僕と同じく、左手の薬指に赤い糸を結んでいた。
心が震えていた。
いつの間にか涙が頬を伝っていた。
涙でぐしゃぐしゃな顔に、僕は笑顔を浮かべて言った。
「迎えに来たよ」
【星座の見つけ方】※再掲
子供の頃、田舎に住んでいた。
田舎は人間関係が陰湿で、噂話なんかすぐ広まっていた。
両親が喧嘩をすれば翌日には
「薫ちゃん、昨日お父さんとお母さん喧嘩してたでしょぉ〜」
と、近所のおばちゃん達から言われるくらい。
バス停もほとんどなく、あっても3時間に1本程度なので、自転車と車、バイク、鍛え抜かれた足などが必須だった。
当然、そこら中にお店があるわけでもなく、
小学校や中学校も歩いて結構かかるのだ。
だけど、悪いことばかりでは無かった。
何と言っても、自然が美しいのだ。
空気がおいしい。
水が綺麗(しかも美味しい)。
花が至る所に咲いている。
私のお気に入りは星だった。
夜になると、黒色の空一面にスパンコールが敷き詰められるのだ。
芝生に寝っ転がって星を眺めるのが好きだった。
冬は辺りが暗くなるのが早いので、学校からの帰り道で星を眺められた。
大学に合格した私は上京した。
初めに思ったのは、「星がない」ということだった。
建物や街灯がいっぱいあって、星なんか見つけられやしないのだ。
月明かりなんか役に立たない。
至る所に整備された花壇があって、道路なんかちゃんとコンクリートで舗装されているのだ。
暫くして大学内で友達が出来たり、バイトを始めたりして人付き合いが盛んになった。
みんな標準語だからか、次第に私も標準語になっていった。
少し秋の気配がする夜の街を歩き、駅へと向かった。
今年の正月、帰ろうかな。
地元の人達は陰湿であまり良く思っていないけれど。
やっぱり自然の美しさが好きだな、と思う。
地元に帰れば、
訛った言葉遣いではないことに驚かれて、
虫に怯えるようになって、
近くに何も無いことが不思議に思えて、
夜の暗さに目が慣れなくて、
月明かりがやけに眩しくて、
星座の見つけ方なんて忘れてしまっているのだろうな。
【理想的な遺書】
「我は数十年に渡りてこの世の行ひをこころばみき。
この世には憂きこともすはたが、そはさながら神様が我に与へたまひし試練と思ふことにせり。
憂きことも多き反面、思ふ人に囲まれげに楽しき世にもありき。
さるほどに、我はそろそろ次の世に行くべし。
これより生まるるならむわらはどもが健やかに暮らすべかるべく、我は彼らを見守ることにす。
あな、この天下はさても麗しきことか。
(私は数十年に渡ってこの世での修行を頑張った。
この世では辛いこともあったが、それは全て神様が私に与えてくださった試練と思うことにした。
辛いことも多い反面、愛する人に囲まれて実に楽しい人生でもあった。
さて、私はそろそろ次の世に行かなければならない。
これから生まれるであろう子供たちが健やかに暮らせるように、私は彼らを見守ることにする。
ああ、この世界は何と美しいことか。)」
こんな遺書を書きたかった。
囚人は天井を見つめ、そんな後悔を頭の中に浮かべていた。
囚人である為、遺書に書くことはただ一つだ。
懺悔。
自分が犯した罪を懺悔するのだ。
こんな遺書になるなんて思っていなかった。
もっと、人生への感謝とか次世代の子供たちへの想いとか、そういうものを書きたかった。
囚人は鉛筆を握りしめ、何時間も、何日も遺言を書き続けた。
やがて鉛筆は短くなり、先も丸くなってしまった。
そうして何日も経ったある日。
囚人は、牢獄の中でその生涯を終えた。
囚人が書いた遺書には、自分が犯した罪への懺悔と、理想的な遺書を書けなかった後悔が記されていた。
【表八句】
我は数十年に渡りてこの世の行ひをこころばみき。
この世には憂きこともすはたが、そはさながら神様が我に与へたまひし試練と思ふことにせり。
憂きことも多き反面、思ふ人に囲まれげに楽しき世にもありき。
さるほどに、我はそろそろ次の世に行くべし。
これより生まるるならむわらはどもが健やかに暮らすべかるべく、我は彼らを見守ることにす。
あな、この天下はさても麗しきことか。
私は数十年に渡ってこの世での修行を頑張った。
この世では辛いこともあったが、それは全て神様が私に与えてくださった試練と思うことにした。
辛いことも多い反面、愛する人に囲まれて実に楽しい人生でもあった。
さて、私はそろそろ次の世に行かなければならない。
これから生まれるであろう子供たちが健やかに暮らせるように、私は彼らを見守ることにする。
ああ、この世界は何と美しいことか。