中宮雷火

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10/18/2024, 12:48:13 PM

【最高の景色】

見上げると、色んな国の国旗が見える。
背景には秋晴れの青。
私はしっかりと息を吸い込み、手に持っている緑色の旗をぎゅっと握りしめた。

―――――――――――――――――――――
遡ること2ヶ月前。
私たちは体育館に集められ、先生からあることを言われた。
「小学校生活最後の運動会は旗ダンスをします」
旗ダンス、聞き慣れない言葉だ。
首を傾げる私たちに、先生はあるビデオを見せてくれた。
先生たちが曲に合わせて踊っているビデオ。
これを見本にして私達は練習するらしい。
「みんなで、最高の思い出にしようね!」

その日から、運動会の練習が始まった。
フリだけでなく、集団での動き方を練習した。
いわゆる「集団行動」というやつだ。
先生曰く、上から撮影すると凄く綺麗に見えるらしいのだ。
しかし、これが難しい。
列と列がぶつかり合うのは日常茶飯事、
かなり難しいのだ。

友達と休み時間に自主練習することもあった。
お互いに教えあったり、分からないフリは一緒に先生に質問した。
「熱心にやってるなあ!」
と先生に言われ、何だかとても嬉しかった。

10月初め。
初めて運動場で通し練習をした。
2時間やったけど、全然ダメだった。
フリがピシッと揃っていない、
集団行動が整っていない。
「あと2週間しかないんだよ!?」と先生が言う傍ら、
「なんかめんどくさいよね」
「別にどうでもよくない?」と話している声が聞こえた。

それからの練習も、皆の心は中々揃わなかった。
みんなどうでもよくなっているのだ。
最初は「最高の思い出を作るぞ!」なんて意気込んでいたのに。
私もどうでもよくなってきた。
そんな時、去年の小学6年生のパフォーマンスをビデオで見せてもらった。
音楽がかかった瞬間、一瞬にして空気が張り詰めた。
揃った動きに美しさを感じた。
感じたことの無い熱があった。
私だけではなく、みんなが息を飲んでいた。

それからの練習は、雰囲気が変わった。
今まで常温の水のようだったのに、今は喉ごしのよい冷水みたいだ。
「あと1週間」と先生が言う傍ら、
「やばい、緊張するなあ」
「大丈夫だって、」と話している声が聞こえた。

運動会前日、最後の練習。
みんなが息をそろえて、心を1つにした。
大丈夫、フリなら覚えてる。
動きはしっかりと頭に叩き込んだ。
旗をぎゅっと握りしめた。
音楽がかかった。
私達は、汗が頬を伝うほど必死に踊っていた。

―――――――――――――――――――――
当日。
本番前。
もう喋ってはいけない。
みんなが見てる。
お父さんもお母さんも、下級生も。
私は緊張している。
手がプルプルと震えているのを感じる。
見上げると、色んな国の国旗が見える。
背景には秋晴れの青。
ああ、私は頑張っている。
私はしっかりと息を吸い込み、手に持っている緑色の旗をぎゅっと握りしめた。
これから、最高の景色を見る。
もう2度と見れない景色を。

10/17/2024, 11:23:58 AM

【忘れない】

「もしかしてあなた、大智の娘さん…?」
店長さんは突然言い出した。
大智というのは、オトウサンの名前だ。
なぜ、オトウサンの名前を知っているの…?

「な、なんで…?」
私は混乱した頭をフル回転させ、やっとその言葉を放った。
すると、店長さんはフフッと微笑み、私のギターを指差した。
「ほらここ、ギタサブロウのシール貼ってあるでしょう?
大智もここに同じシールを貼っていましたよ。」
ギターの側面には、約30年ほど前に人気だったと言われているキャラクター・ギタサブロウのシールが貼られていた。
約4年前、お母さんからギターを受け取ったときに見つけたのだが、「なんでこんな目立たないところに貼っているんだろう?」と不思議で仕方なかったのを覚えている。
「あ、申し遅れました。」
店長さんはそう言って立ち上がった。

「私、子供の頃からあなたのお父さんと親しくさせていただいていました、槇原晋也と申します。」

私は開いた口が塞がらなかった。
まさか、こんな奇跡の出会いがあるなんて。
「オトウサンと、親しかったんですか…!」
「幼稚園から大学まで、ずっと一緒でしたよ。お互い社会人になってからは会う機会があまりなかったんですけどね。
そんな時に大智が病気になったと聞いたときは驚きましたよ…
まさか本当に死んでしまうなんて…」
店長さんは悲しそうに俯いた。
「へー!そんなに長い付き合いなんだねぇ!
しかし、奇跡ってあるもんだねぇ…」
悲しそうな流れをぶった斬るかのように、
女性の店員さんは明るく振る舞っていた。
「あ、というか私の名前言ったっけ?
私は槇原夏子。
なっちゃんとでも呼んで!アハハ!」

私は「やっぱり今日はうちに泊まりなよ!」という夏子さんの厚意に甘え、一晩だけ泊めてもらうことにした。
さっき知り合ったばかりの人の家にお邪魔するなんて申し訳ないけれど、きっと槇原さん夫婦は悪い人では無い。
むしろ素敵な方々だ。
それに、晋也さんがオトウサンの親友と知ったからには是非お話を聞いてみたい。
だってオトウサンのことを知りたいから。

「大智は小さい頃から芸能人というか、
周りを楽しませることが好きだったんです。」
夕飯の唐揚げを囲みながら始まった回想は、
その一文から始まった。
「小学5年生のときかな?
急にギターを始めたんですよ。
小ぶりなアコースティックギターを抱えて、
公園で弾き語りなんてこともあったり。
僕の実家は楽器店を営んでいて、よくうちに遊びにきては『これ、大人になったら買いたい!』って言ってましたよ。」
晋也さんは微笑みながら喋ってくれた。
「中学生になってからは一緒にバンドを組んだんです。」
ごちそうさまの後には、中学生時代の話と共に写真を見せてくれた。
並んでピースをしているのが、オトウサンと晋也さん。
両脇には同じバンドのメンバー。
「大智がギターボーカル、僕はドラムでしたね。あれは本当に楽しかった、最高だった。」
「えっと、コピーバンドだったんですか?」
「最初のうちは有名バンドのコピーをしていたけど、あるとき大智が『見て!曲作ってみた』って楽譜を持ってきてね。
それからはオリジナルの曲をみんなで作ってみたりもしましたよ。
高校生の頃には本格的にライブハウスに出るようになったり。
文化祭でも披露したなあ。」
晋也さんは、昔の記憶をなぞるように語ってくれた。

「海愛ちゃんー!お風呂の準備できたからいつでも入ってね―!」
「はい、ありがとうございます!」
夏子さんの言葉で、過去巡りの旅は一旦休憩を迎えることになった。
私はお風呂の準備をしながら、晋也さんの言葉をなぞり返していた。
「大智との思い出は忘れられないし、忘れないですよね」

10/16/2024, 12:35:34 PM

【やさしいオレンジ】

中山総合病院を出ると、どんよりとした空がお出迎えしてくれた。
さて、次はどうしようか。
今は5時、そろそろ今日の宿を探すべきか?
しかし、スマホで調べてみるとそれはどうやら簡単なことでは無いらしいのだ。
未成年者は、ホテルに宿泊するには親権者の同意が必要なのだ。
親権者、すなわちお母さん。
お母さん、か…。
お母さんとは喧嘩している、とても話せそうに無い。
お母さんは私が家出して東京にいることを知らない。
お母さんの同意は得られない。
ホテルには泊まれない。
どうしよう、このままじゃ本当に補導される…
私は本当に泣き出しそうだった。
目にはしょっぱい水がスタンバイしていて、
いつでも流れ出ることができそうだ。
ああ、時間を巻き戻したい。
やっぱりこんな事するんじゃなかった。

フラフラと歩いていると、ある楽器店が目に付いた。
少し古びていて、オレンジ色の光が漏れ出ている。
ああ、似ているな。
近所にあった楽器店と同じ雰囲気を纏っている。
やわらかな光だなあ。
私は何を思ったのだろうか、光に吸い込まれるように店の中へ足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」
店の中に入ると、40代くらいの店員さん(恐らく店長)が挨拶してくれた。
私は空気を吸い込んだ。
やっぱり似てる。
近所にあった楽器店も、こんな匂いだった。
他にお客さんは居ないらしく、店長さんは私に話しかけてくれた。
「何かお困りですか?」
「えっと…ピックってどこに売ってますか?」
ピック売り場を案内してもらうと、色とりどりのピックが目にとびこんできた。
こんなにたくさん、迷うなあ。
私は久しぶりに心が躍った。
色も形も多種多様。
気のせいか、どれも宝石のようにキラキラして見える。
私が目を輝かせていると、店の奥から女性(この人も40代くらい)が出てきた。
「あれえ、珍しく学生さんかしら?」
「あ、はい」
「あれ、キャリーケースってことは…」
あ、やばい。家出って思われる?
「あ、えっと、私の学校、少し早めの夏休みで、それで東京に来たんです」
何とか家出を誤魔化そうと思ったが、かなり無理のある嘘をついてしまった。
「あー、そうなんだ!最近暑いからね、やっぱり休み増やさないとやってられないよね!」
何とか誤魔化せたらしい。

ピックを買うついでに、ギターの弦も張り替えることにした。
約5年もギターを弾いているにも関わらず未だに自分で弦を張れないので、店長さんに張ってもらうことにした。
もちろん、これもお金がかかる。
本当はこんな事している場合ではないけれど。
今はどうしても現実から目を背けたいのだ。
「ではケースからギター本体出してもらえますか?」
私がギターを出している間、女性の店員さんは色々と私に質問してくれた。
「あなた、今日泊まるところはあるの?」
「えっと…」
言葉につまった。
決まってない。だから路頭に迷っている。
そんな私の姿を見て悟ったのか、女性の店員さんはある提案をしてくれた。
「もしよければ、今日うちに泊まらない?」
「え、そんな…」
「いいのいいの!ちょうど子供が一人暮らし始めちゃって、寂しいからさ」
「いやでも…」
そんな会話の最中、店長さんはいきなりこう言った。

「もしかしてあなた、大智の娘さん…?」

店長さんは、オトウサンの名前を口にした。

10/15/2024, 10:39:20 AM

【冷却ナイフ】

小学生の時、先生に睨まれたことがある。
その先生とはほとんど話したことが無いのだけれど、
すれ違いざまに挨拶したら無視されて睨まれた。
私はドキッとした。
脳が固まって冷えるのが分かった。
それでも私は廊下を歩き続けた。
気にしている私に蓋をして歩き続けた。
後ろから「おはようございます!」という下級生の声が聞こえて、
それに続いて「おはよう」と先生が挨拶する声が聞こえたけれど。

10/14/2024, 10:57:35 AM

【地の果て】

何でも高ければ良い。
そう思っていたし、そう教えられてきた。
テストの点数が高ければ褒めてもらえるし、
身長が高ければモテる。
志を高く持つことは大事だと言うし、
スペックが高ければ期待も高まる。
何でも高ければ良い。
そう思っていた。

「……」
あるアパートの1室で、俺は寝転がっていた。
大量のゴミ袋は異臭を放ち始め、そこら中に散らかった缶ビールが邪魔くさい。
ハイスペックボーイ(仮)だった俺がなぜこうなってしまったか。
俺は元からハイスペックボーイでは無かったからだ。
周りを見れば、俺より顔が良い奴、俺より成績優秀な奴、俺より要領が良くて上司に気に入ってもらえる奴、俺よりできる奴なんて山ほど居た。
俺は決して、ハイスペックではなかったのだ。
いや、或いは自分の能力が劣ってしまったからかもしれない。
どちらにしろ、他人と比べ始めたのが悪かった。
自分のことが見えてくると、やがて自らに絶望するようになった。
些細なミスが積み重なって、
些細な事で喧嘩して疎遠になって、
些細なすれ違いで嫌われて。
そんな事の繰り返しで自分は堕ちてしまった。

「……」
俺は無気力な手を振り絞ってYoutubeを開き、好きなアーティストの曲を再生した。
部屋中に歌が響き渡る。
結局、高ければ良いもんじゃなかった。
どんなに地の果てだろうが、俺は人間でいることができるのだから。
この人は、そんな歌を歌っている。

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