【やさしいオレンジ】
中山総合病院を出ると、どんよりとした空がお出迎えしてくれた。
さて、次はどうしようか。
今は5時、そろそろ今日の宿を探すべきか?
しかし、スマホで調べてみるとそれはどうやら簡単なことでは無いらしいのだ。
未成年者は、ホテルに宿泊するには親権者の同意が必要なのだ。
親権者、すなわちお母さん。
お母さん、か…。
お母さんとは喧嘩している、とても話せそうに無い。
お母さんは私が家出して東京にいることを知らない。
お母さんの同意は得られない。
ホテルには泊まれない。
どうしよう、このままじゃ本当に補導される…
私は本当に泣き出しそうだった。
目にはしょっぱい水がスタンバイしていて、
いつでも流れ出ることができそうだ。
ああ、時間を巻き戻したい。
やっぱりこんな事するんじゃなかった。
フラフラと歩いていると、ある楽器店が目に付いた。
少し古びていて、オレンジ色の光が漏れ出ている。
ああ、似ているな。
近所にあった楽器店と同じ雰囲気を纏っている。
やわらかな光だなあ。
私は何を思ったのだろうか、光に吸い込まれるように店の中へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
店の中に入ると、40代くらいの店員さん(恐らく店長)が挨拶してくれた。
私は空気を吸い込んだ。
やっぱり似てる。
近所にあった楽器店も、こんな匂いだった。
他にお客さんは居ないらしく、店長さんは私に話しかけてくれた。
「何かお困りですか?」
「えっと…ピックってどこに売ってますか?」
ピック売り場を案内してもらうと、色とりどりのピックが目にとびこんできた。
こんなにたくさん、迷うなあ。
私は久しぶりに心が躍った。
色も形も多種多様。
気のせいか、どれも宝石のようにキラキラして見える。
私が目を輝かせていると、店の奥から女性(この人も40代くらい)が出てきた。
「あれえ、珍しく学生さんかしら?」
「あ、はい」
「あれ、キャリーケースってことは…」
あ、やばい。家出って思われる?
「あ、えっと、私の学校、少し早めの夏休みで、それで東京に来たんです」
何とか家出を誤魔化そうと思ったが、かなり無理のある嘘をついてしまった。
「あー、そうなんだ!最近暑いからね、やっぱり休み増やさないとやってられないよね!」
何とか誤魔化せたらしい。
ピックを買うついでに、ギターの弦も張り替えることにした。
約5年もギターを弾いているにも関わらず未だに自分で弦を張れないので、店長さんに張ってもらうことにした。
もちろん、これもお金がかかる。
本当はこんな事している場合ではないけれど。
今はどうしても現実から目を背けたいのだ。
「ではケースからギター本体出してもらえますか?」
私がギターを出している間、女性の店員さんは色々と私に質問してくれた。
「あなた、今日泊まるところはあるの?」
「えっと…」
言葉につまった。
決まってない。だから路頭に迷っている。
そんな私の姿を見て悟ったのか、女性の店員さんはある提案をしてくれた。
「もしよければ、今日うちに泊まらない?」
「え、そんな…」
「いいのいいの!ちょうど子供が一人暮らし始めちゃって、寂しいからさ」
「いやでも…」
そんな会話の最中、店長さんはいきなりこう言った。
「もしかしてあなた、大智の娘さん…?」
店長さんは、オトウサンの名前を口にした。
10/16/2024, 12:35:34 PM