中宮雷火

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10/3/2024, 11:15:28 AM

【出会えたら】

東京には有名人がいる。
それを知ったとき、私は「やった!」と思った。
私の高校は、修学旅行で東京に行く。
私は東京で会いたい人がいる。
憧れのミュージシャン。
会えたらいいなぁ、なんて思ったり。

―――――――――――――――――――――

修学旅行から帰る新幹線の中、私は思い出を味わっていた。
結局、憧れの人には会えなかった。
隙あらば探していた。
だけど、全然会えなかった。
しょうがない。
そんな簡単に会える存在では無い。
私は喉に引っ掛けるモヤモヤをお茶で飲み込んだ。

もしいつか出会えたらサインしてもらいたい。
そして、こう言うのだ。
「貴方は、私の憧れです」

10/2/2024, 11:32:19 AM

【約束の季節】

7月になり、世間は夏休み気分を纏い始めた。
テレビでは連日「熱中症に気をつけましょう!」という使い慣らされたフレーズが連呼されている。
プチッ。
テレビの電源を切った。
私は不登校なのであまり外に出ない。
クーラーのよく効いた部屋で過ごしているので、あまり季節を感じない。
ただ、窓から差し込む太陽の強烈な光は、夏の到来を感じさせるような気がする。

夏、かぁ。
5月におばあちゃんと電話をして、東京―オトウサンの生まれ故郷であり、おばあちゃんが住んでいる場所―に行くと約束した。
約束の夏が来たのだ。
にも関わらず、私は未だに東京に行く計画を立てていない。
行きたいのはやまやまだ。
むしろ、この家に居たくない。
先月、お母さんと喧嘩してからというものの、家での居心地が悪いのだ。
お母さんと話をしなくなってしまった。
だから、家に居たくない。
だけど、東京に行くタイミングが掴めないまま、こうしてずるずると予定を引きずっているのだ。
いつ行こうかなぁ。
黒く固まったテレビを眺めながら考えた。

私は、またオトウサンの日記のことを思い出していた。
―――――――――――――――――――――
2010/10/15
病気が進むばかりだ。
「死ぬことに悔いはない」という内容の歌を書いた覚えがあるが、
やっぱりこわい。
最愛の妻、娘、両親に会えなくなること。
もう歌えないかもしれない恐怖。
もし奇跡が起こってくれたら、病気なんか心配しないで、また大切な人と笑って過ごすのだ。
叶ってほしい願いほど叶わないものだな。
辛いなぁ。
―――――――――――――――――――――
オトウサンは強くないと知った。
ただただ、自分の身に降りかかる奇跡を信じて耐えている、人間なのだ。
「先生」という生き物がいると思いがちだが、「先生」は一人の人間である。
それと同じように、オトウサンだって一人の人間なのだ。

しかし。
どれだけ日記の内容を考察しようとしても、今の環境ではオトウサンのことを知るのに不十分だ。
現にお母さんは協力的ではないし、オトウサンは東京で晩年を過ごした。
そして何より、オトウサンのことを一番知っているおばあちゃんはが東京にいる。
東京に行かなければ、全てを知ることは不可能だと思って、だから東京に行く約束をしたのだ。
なのに、私は目を逸らそうとしている。
このままでは、いけない。

そう思っていた矢先、またお母さんと喧嘩することになろうとは、この時の私は思いもしなかった。

10/1/2024, 2:20:12 PM

【誰そ彼】

「あなたは誰ですか?」

これは私の決め台詞みたいなものだ。
目の前の相手に放つその言葉は、「自分が何者であるか」自覚させようとする。
私は、自分が何者か分かっているはずだ。
私は霊能者。
それが「あなたは誰ですか?」という問の答えになれる。

しかし、目の前にいるのはその問に答えられない人、すなわち「憑かれてしまった人」。
まるで人形のように、自分を操作されている人だ。
彼らは、自分が何者であるか分かっていない。
正体不明の霊に体を乗っ取られ、「自分」という存在が迷子になった人たち。

恐るべきものとの対峙。
慣れることの無い緊張。
私はその感覚を肌身で感じながら、今日も問う。

「あなたは、誰ですか?」

9/30/2024, 11:17:25 AM

【監禁】

俺は土砂降りの雨の中を歩いて帰路に着いた。
10階建てマンションの6階、ドアの前に立ち、鍵を差して中に入った。
親元を離れて独り暮らし、なので「ただいま」と言っても誰も返事することは無い。

室内はまだ暖房が効いていないので寒い。
さっき買った缶コーヒーを飲むと、体中に温かさが広がった。
勢いに任せてグイッと飲んでしまった。
おいしい。
口の中に広がった苦味を堪能していると、
どこからともなく歌が聞こえてきた。
その歌声にはっとして、急いでクローゼットを覗きに行った。
あいつめ、
今日こそ…

クローゼットを開けると、中に独りの男の子が居た。
歌っているところを俺に気づかれて「あっ、やべっ」という顔をしている。
「俺さぁ、何回も言ったよね、歌うなって。何で歌うのかなあ?お前が歌うと不愉快なんだよなあ」
男の子の頭を掴み、まくし立てるように言った。
男の子は最初、唇をぎゅっと閉じていたが、
いきなり鋭い目をこちらに向けて言った。
「でも、でもあなたはミュージシャンになりたいんでしょう?」
俺はその言葉に苛立ちを覚え、咄嗟に男の子の首を絞めようとした。
「お前っっ、余計なことを言うなっ!」
しかし我にかえり、男の子から手を離した。
彼の目は澄んでいる。
強い眼差しで俺を見ている。
「僕は、諦めていないよ。」
彼が言い終わるのを待たずに、クローゼットの扉を閉めた。

クローゼットの扉を閉めた後、俺は膝をついて座り込んだ。
俺は今日も殺せなかった、
かつての自分を。
明日もきっと、同じなのだろう。

9/29/2024, 1:01:00 PM

【雷鳴】

さっきのこと。
お母さんと喧嘩した。
もう、口を聞きたくない。
私は自室に籠もって、ベッドの上で泣きながら音楽を聴いている。

今日の昼過ぎ、私はリビングの棚を漁り、たまたまオトウサンの写真を見つけた。
オトウサンとお母さんのデート写真だろうか。
笑顔が素敵なツーショットだった。
私はビックリして、お母さんが玄関を開ける音に気づかず、ひたすら写真を眺めていた。

「ねぇ、」
私ははっとして振り返った。
お母さんが立っていた。
「何持ってるの?」
「え、えっと、」
「それ、お母さんに渡して」
「えっ…」
お母さんは私の手から写真を奪い取った。
「勝手に見ないでっ」
私はショックだった。
まるで、輪から外されるように。
「あなたには関係ない」と、言われるように。
「なんで、なんでそんなこというの…?」
私は声を震わせ、涙を堪えながら言った。
「どうしてもなの。だから見ないで。」
お母さんからその言葉が放たれた瞬間、私の中で何かが固まった。
「いっつも…」
私は声を震わせつつ、強く言った。
「いっつも、オトウサンの話避けてばっかりじゃん!」
お母さんは目を少しだけ見開き、「図星だ」という顔をした。
「なんでオトウサンのこと、話してくれないの?
なんで避けるの?」
お母さんは何も答えてくれなかった。
「なんで、逃げるの…?」
重い空気の中、お母さんはゆっくりと口を開いた。
「大人の事情ってもんなの。」
「大人の事情って何!?そうやってまた逃げるの!?もう」
「いい加減にしてっ!」
私はビクッとした。
今まで見たことのない、お母さんの恐い目。
私はその光景に、空気に耐えられなくなり、
逃げた。
「お母さんなんか…嫌いっ…」

私は自室に戻り、布団の上に横たわった。
左目から涙が流れるのが分かった。
でも、そんなのはどうでもよかった。
お母さんは、確実にオトウサンの話を避けている。
何となく分かっていたけど、そうなんだ。
私はそれが悲しかった。
辛かった。
スタンドに立てかけてあるオトウサンのギターが、寂しそうにしているのが見えた。
ああ、辛い。
私は静寂の中に響くすすり泣く声を、音楽で掻き消した。
イヤホンをつけて、YouTubeを開き一番最初に出てきた動画をタップした。

応援ソングっぽい。
明るい音楽、晴れ渡る空。
「お前はひとりじゃない」
「みんな違ってみんな良いんだ」
どっかで聴いたことのある歌詞ばっかり。
「希望はすぐそこだ」
何が希望だ。
青空の下で希望を歌わないでよ。
絶望に寄り添ってくれやしない音楽を途中で止め、耳は再び静寂に包まれた。

ああ、辛いなぁ。
静寂に包まれた部屋で私はひたすら泣いた。
視界の傍らに見える窓の外の景色は、どんよりとした灰色だった。

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