【約束の季節】
7月になり、世間は夏休み気分を纏い始めた。
テレビでは連日「熱中症に気をつけましょう!」という使い慣らされたフレーズが連呼されている。
プチッ。
テレビの電源を切った。
私は不登校なのであまり外に出ない。
クーラーのよく効いた部屋で過ごしているので、あまり季節を感じない。
ただ、窓から差し込む太陽の強烈な光は、夏の到来を感じさせるような気がする。
夏、かぁ。
5月におばあちゃんと電話をして、東京―オトウサンの生まれ故郷であり、おばあちゃんが住んでいる場所―に行くと約束した。
約束の夏が来たのだ。
にも関わらず、私は未だに東京に行く計画を立てていない。
行きたいのはやまやまだ。
むしろ、この家に居たくない。
先月、お母さんと喧嘩してからというものの、家での居心地が悪いのだ。
お母さんと話をしなくなってしまった。
だから、家に居たくない。
だけど、東京に行くタイミングが掴めないまま、こうしてずるずると予定を引きずっているのだ。
いつ行こうかなぁ。
黒く固まったテレビを眺めながら考えた。
私は、またオトウサンの日記のことを思い出していた。
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2010/10/15
病気が進むばかりだ。
「死ぬことに悔いはない」という内容の歌を書いた覚えがあるが、
やっぱりこわい。
最愛の妻、娘、両親に会えなくなること。
もう歌えないかもしれない恐怖。
もし奇跡が起こってくれたら、病気なんか心配しないで、また大切な人と笑って過ごすのだ。
叶ってほしい願いほど叶わないものだな。
辛いなぁ。
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オトウサンは強くないと知った。
ただただ、自分の身に降りかかる奇跡を信じて耐えている、人間なのだ。
「先生」という生き物がいると思いがちだが、「先生」は一人の人間である。
それと同じように、オトウサンだって一人の人間なのだ。
しかし。
どれだけ日記の内容を考察しようとしても、今の環境ではオトウサンのことを知るのに不十分だ。
現にお母さんは協力的ではないし、オトウサンは東京で晩年を過ごした。
そして何より、オトウサンのことを一番知っているおばあちゃんはが東京にいる。
東京に行かなければ、全てを知ることは不可能だと思って、だから東京に行く約束をしたのだ。
なのに、私は目を逸らそうとしている。
このままでは、いけない。
そう思っていた矢先、またお母さんと喧嘩することになろうとは、この時の私は思いもしなかった。
10/2/2024, 11:32:19 AM