中宮雷火

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9/28/2024, 11:36:45 AM

【辞世】

2010/12/20
ひさしぶりに歌詞をかこうとおもう。
これがさいごの作品だ。
いわば辞世の句。
ぼくはもう、曲をつくれない。
ギターを弾くこともできなければ、歌詞をかくこともできない。
文字をかくのがやっとだ。
漢字をかくのがつらい。

辞世の句は、みずからの人生をふりかえった感想のようなものだ。
くわえて、死に対する思いの具現化。
ぼくを現世にのこすこと。
人には2度の死があるという。
ひとつめは体の死。
ふたつめは、記憶の死。
みんなから忘れられたとき、人はほんとうのいみで死ぬ。
ぼくは怖い。
死ぬこと、わすれられること、きらわれること。
ぼくはずっとここにいたい。
今までの人生たのしかった、とかんたんにいえない。
だから、ぼくは日記をかいている。
いつか、だれかがみつけてくれたら。
そしてぼくのうたをみつけてくれたら。
ぼくはいきられるから。
だから、みつけてくれ。

9/25/2024, 10:30:46 AM

【窓際の証言】

2010/12/16 
体がいたくて動けない。
窓ぎわをみることしかできない。
今日は雪がふっている。
なんだかかなしいな。
家族にあいたいな。

―――――――――――――――――――――

「海愛ちゃん?海愛ちゃんなの?
久しぶりじゃないの。元気にしてた?」
スマホから、少しだけ懐かしい声が聴こえた。
「うん、元気にしてたよ、おばあちゃん。」
電話の相手は、おばあちゃん。
オトウサンのお母さんだ。
「いきなり電話かけちゃって、どうしたの?」
「実はね、教えてほしいことがあるんだ」
私は呼吸を置いて、言った。
「オトウサンのことを、教えてほしい。」

遡ること1週間前。
かのんちゃんに秘密を話し終え、次に何をしようかと暇を持て余していたときだった。
これからのことについて色々考えていた。
お母さんはきっと、私がしていることを喜ばしく思っていないだろう。
オトウサンの生い立ちを訊いても断固として口を割ってくれなかったから。
理由は分からないけれど、きっと私にはオトウサンのことを知ってほしくないのだと思う。
ということは、お母さんから話を聞くことは不可能に近いと考えた。
それならば。
おばあちゃんならどうだろうか。
オトウサンは居ないけれど、オトウサンのお母さんがいる。
きっとオトウサンの生い立ちをよく知っているだろうし、おばあちゃんしか頼れない。
そう思い、電話帳を漁っておばあちゃんの電話番号を見つけ出した。
そして今に至る。

私は窓際で外の景色を眺めながら電話をしている。
「…いきなりどうしたの?お父さんのことを訊くなんて」
「実はね…」
そうして、私は今までの出来事を全ておばあちゃんに話した。
オトウサンのギターを譲り受けたこと。
オトウサンの日記を見つけたこと。
全て話した。
最後まで話し終えると、おばあちゃんは
「ギター弾いてるんだねえ。良いじゃないの。」
と、褒めてくれた。
「えへへ、ありがとう。」
「今度、また聴かせてね。
しかし、お父さんのギターを使ってるのねえ。」
オトウサンの話をし始めたので、私は身構えた。
「お父さんのこと、気になるの?」
「うん、気になる。お母さんは全く教えてくれないから。」
「そっか…、おばあちゃんしか教えられないのねえ。」
そう言うと、おばあちゃんのお話が始まった。 

「お父さんはね、東京で産まれたのよ」
「東京で?」
「そう、海愛ちゃんは静岡に住んでるけどね、お父さんは東京生まれなんだよ。
それでね、11歳の頃だったかしら、急にギターを始めたのよ。」
「え、そんなに前から?」
「ええ、好きな歌手が居るって言っててねえ。楽しそうだったよ。」
てっきり、オトウサンが大学生の時にギターを始めたのかと思っていた。
「そうそう、それで音楽大学に入りたいって言ってたんだけど、周りが止めてねえ。
私も夫も「普通の大学に入りなさい」って言っちゃったの。
今思えば、あれは余計だったわ。
…それで普通の大学に入ってから遥さん、あっ、海愛ちゃんのお母さんと出会ったのよ。」
ここら辺は日記を読んで知っている。
「それから結婚して海愛ちゃんが産まれた年に、病気が見つかって入院したのよ。」
これも、日記を読んで知っている。
「それから3年経って、病気が酷くなっちゃって死んじゃったのよねえ…。」
死ぬ直前のことも日記で知っている。
いつもあのページで、心が痛くなる。
「それからねえ…あっ、ごめんねえ。
これから徳子さんが来るのよ。
本当はもっと話したかったのにねえ…」
「こっちこそごめんね?いきなり電話かけちゃって。」
「ずうっとね、海愛ちゃんと話したかったの。ずうっと待ってた」
「私も。おばあちゃんと話せて嬉しい」
「それじゃあね、また話そうね」
「じゃあね…あっ、待って、」
私は言い忘れていたあの言葉を伝えた。

「今年の夏、東京に行ってもいい?」

9/24/2024, 2:16:22 PM

【21g】

「え、そうだったんだ…」
私達と養護の先生以外誰もいない保健室に、かのんちゃんの声が淋しく響いた。
「ごめんね、今まで隠してて。」
「ううん、こっちこそごめんね。もしかしたら、無神経なこと言っちゃってたかも。」
私達が何の話をしていたかというと、私が隠していた秘密のことだ。
もっと簡単に言うと、オトウサンのこと。
私は小さい頃にオトウサンを亡くしているのだけど、このことを長い間隠していたのだ。
だって、気を遣って欲しくなかったから。
私はこれが理由で、幾度となく他人との隔たりを感じてきた。
「オトウサンのせいだ」とは思っていないけれど、友達が少ない理由として第一に挙げられる。

「えっと…気を遣って欲しくないんだ。
オトウサンがいるとかいないとか、
私はよくわからない。
オトウサンがいる生活がよくわからないから。だから、『寂しがってるんじゃないか』とか、そんなふうに思わなくていいし、
普通に接してほしい。
全然タブーな話題でも無いから。」
「うん、わかった。
今までと同じ。
知らなかったことを知っただけだから。」

こんなふうに、素の自分を見せられる相手が欲しいと思っていた。
小学生時代に友達との距離を感じて、
「あ、もういいや。友達なんて、いらないや」
そう思うようになった。
だけど本当は寂しかった。
だから、友達を作るようにした。
その代わり、「オトウサンがいない」という事実は隠して。
高校でもそうするつもりだった。
最初はできていた。
だけど、やっぱり変わった。
かのんちゃんには、もう言ってもいいんじゃないか、って。
かのんちゃんは優しいから。
ある意味期待していた。

「しかし、やっぱりそうだったんだー」
「え?」
「いや、海愛ちゃんってお母さんの話はするけどお父さんの話はしないじゃん?
だから、何となくそうだと思ってたんだよね」
「うわ、無意識だ。
まあ、オトウサンとの思い出はほとんど無いからね。
物心付く前に死んじゃったし。」
確かに、思い返してみればお母さんのことはよく話している。
家でのこととか、どんな仕事をしているのか。
逆に、オトウサンのことは全く話していない。

「それでね、この前オトウサンの日記見つけたんだ。
大学生の時から、生前までの日記。
結婚秘話とか、私の誕生秘話とか、色々書いてあったんだよね〜」
「え、何それ。気になるじゃん」
「見る?実は1冊だけ持ってきてるんだ」
「え、見たい!」
それから私達は、オトウサンの日記を読みながらあれこれ話した。
久しぶりに、こんなに心の底から楽しめたような気がした。
声が枯れる頃には、赤い西日が保健室に差し込み始めていた。

「今日はありがとうね」
「ううん、こちらこそ」
「また、頑張って保健室来るから。
もっと頑張って、教室入るから。」
「うん。待ってるね」
かのんちゃんに別れを告げ、お母さんの迎えを待った。
日記は鞄の中に入れてある。
お母さんの前で見せたら、何となく嫌な顔をされそうだった。
なぜなのかはわからないけど。

お母さんを待っている間、私は考え事をしていた。
「人の魂は21g」と言われているらしい。
人の魂、か。
きっと、オトウサンの魂もどこかに宿っているのだと、私はそう信じて止まない。
もしそれが、オトウサンが作った曲とか、日記ならばどんなに素敵なことだろうか。
形の無いオトウサンに出会えたならば、どんなに良いことだろうか。

9/23/2024, 2:43:51 PM

【残像】

車で公園の前を通りかかった。
大きくは無いが、子どもたちが不自由なく走り回れるくらいの公園。
子どもたちの声がキャッキャッと響いている。
「……」
ジャングルジムを楽しそうに登っている子を見つけたとき、僕の脳裏にはあの日の記憶が流れていた。

小学3年生の時のことだ。
同級生が死んだ。
ジャングルジムからの落下による死だった。
あの日、僕はその子と一緒に遊んでいた。
まだそこまで親しいわけではなくて、ぎこちないおしゃべりをしたり、遊具で遊んだりしていた。
それで、ジャングルジムで一緒に競争したのだ。
どちらが速く頂上に辿り着けるか。
僕がリードしていた。
「ねー、たっくん速いよー」
下から声が聞こえて、僕はあの子を見下ろした。
ぎこちなく僕を呼ぶあの子の顔。
笑っていた。
負けじと上に登って、手をかけようとしたときだった。
「あっ、」
あの子は手を滑らせて、そのまま落ちた。
しばらく動かなかった。
あのとき汗はよく覚えている。
だらあっとうざったらしい汗が頬を伝った。
頭は真っ白に冷えてしまって、
何も考えられなかった。

子どもたちははしゃぎまわっている。
いいなあ。
僕は、あの時から公園に通うのを辞めた。
トラウマになっててしまったからだ。
どうしても足が公園に向かなかった。
「やったー!私が一位!」
ジャングルジムの頂上にある星を女の子がタッチした。
その時、僕はまた思い出した。

救急車と警察が来た。
僕は事情聴取を受けた。
どんなふうに女の子が落ちたか。
当時の公園には防犯カメラがついていなくて、他に遊んでいる子もいなかった。
完全に僕とあの子しかいなかったので、僕しか事情を知らなかったのだ。
「手を滑らせて、落ちました。」
僕はこう答えた。
嘘はついていない。
嘘は、ついていない。

「(僕がこの子の手を蹴ったら)手を滑らせて、落ちました。」
でも、隠していることはある。

結局、この件は事故死ということになり、公園の遊具は全て撤去されることになった。
でも、これは事故じゃない。
あの子は、事故死ではない。
僕が殺した。

僕はあの子が嫌いたった。
いつもテストで100点を取っていて、自慢してくるのだ。
うざかった。
憎かった。
だから、あの時とっさにあの子の手を蹴った。
そしたら、落ちてそのまま動かなかった。
それだけだ。
僕は、嘘はついていない。
誰も真実は知らない。

僕はあの記憶を反芻していた。
彼女が落ちるときのスローモーション。
そこに映り込む僕の青いスニーカー。
君の残像。

9/21/2024, 12:18:25 PM

【晩夏】

茹だるような暑さが抜け始めた秋の日。
私は好きな人と2人で土手沿いの道を歩いている。
まだポロシャツと片手に握ったアイスが似合う季節。
太陽の眩しさを鬱陶しがっても許される季節。
2人であれこれ話しながら帰る道はとても楽しい。

今日あった出来事を話していると、
不意にセミの鳴き声が止んだ。
ああ、夏が終わるな。
直感的に感じた。
ひと夏の恋はもうすぐ終わり、やがて色を濃くして秋恋が始まる。
けれど、やっぱり寂しい。

分かれ道。
「じゃあね」と手を振って、私達は別れた。
名残惜しくて彼の背中を見た。
ああ、夏よ終わるな。

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