中宮雷火

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【窓際の証言】

2010/12/16 
体がいたくて動けない。
窓ぎわをみることしかできない。
今日は雪がふっている。
なんだかかなしいな。
家族にあいたいな。

―――――――――――――――――――――

「海愛ちゃん?海愛ちゃんなの?
久しぶりじゃないの。元気にしてた?」
スマホから、少しだけ懐かしい声が聴こえた。
「うん、元気にしてたよ、おばあちゃん。」
電話の相手は、おばあちゃん。
オトウサンのお母さんだ。
「いきなり電話かけちゃって、どうしたの?」
「実はね、教えてほしいことがあるんだ」
私は呼吸を置いて、言った。
「オトウサンのことを、教えてほしい。」

遡ること1週間前。
かのんちゃんに秘密を話し終え、次に何をしようかと暇を持て余していたときだった。
これからのことについて色々考えていた。
お母さんはきっと、私がしていることを喜ばしく思っていないだろう。
オトウサンの生い立ちを訊いても断固として口を割ってくれなかったから。
理由は分からないけれど、きっと私にはオトウサンのことを知ってほしくないのだと思う。
ということは、お母さんから話を聞くことは不可能に近いと考えた。
それならば。
おばあちゃんならどうだろうか。
オトウサンは居ないけれど、オトウサンのお母さんがいる。
きっとオトウサンの生い立ちをよく知っているだろうし、おばあちゃんしか頼れない。
そう思い、電話帳を漁っておばあちゃんの電話番号を見つけ出した。
そして今に至る。

私は窓際で外の景色を眺めながら電話をしている。
「…いきなりどうしたの?お父さんのことを訊くなんて」
「実はね…」
そうして、私は今までの出来事を全ておばあちゃんに話した。
オトウサンのギターを譲り受けたこと。
オトウサンの日記を見つけたこと。
全て話した。
最後まで話し終えると、おばあちゃんは
「ギター弾いてるんだねえ。良いじゃないの。」
と、褒めてくれた。
「えへへ、ありがとう。」
「今度、また聴かせてね。
しかし、お父さんのギターを使ってるのねえ。」
オトウサンの話をし始めたので、私は身構えた。
「お父さんのこと、気になるの?」
「うん、気になる。お母さんは全く教えてくれないから。」
「そっか…、おばあちゃんしか教えられないのねえ。」
そう言うと、おばあちゃんのお話が始まった。 

「お父さんはね、東京で産まれたのよ」
「東京で?」
「そう、海愛ちゃんは静岡に住んでるけどね、お父さんは東京生まれなんだよ。
それでね、11歳の頃だったかしら、急にギターを始めたのよ。」
「え、そんなに前から?」
「ええ、好きな歌手が居るって言っててねえ。楽しそうだったよ。」
てっきり、オトウサンが大学生の時にギターを始めたのかと思っていた。
「そうそう、それで音楽大学に入りたいって言ってたんだけど、周りが止めてねえ。
私も夫も「普通の大学に入りなさい」って言っちゃったの。
今思えば、あれは余計だったわ。
…それで普通の大学に入ってから遥さん、あっ、海愛ちゃんのお母さんと出会ったのよ。」
ここら辺は日記を読んで知っている。
「それから結婚して海愛ちゃんが産まれた年に、病気が見つかって入院したのよ。」
これも、日記を読んで知っている。
「それから3年経って、病気が酷くなっちゃって死んじゃったのよねえ…。」
死ぬ直前のことも日記で知っている。
いつもあのページで、心が痛くなる。
「それからねえ…あっ、ごめんねえ。
これから徳子さんが来るのよ。
本当はもっと話したかったのにねえ…」
「こっちこそごめんね?いきなり電話かけちゃって。」
「ずうっとね、海愛ちゃんと話したかったの。ずうっと待ってた」
「私も。おばあちゃんと話せて嬉しい」
「それじゃあね、また話そうね」
「じゃあね…あっ、待って、」
私は言い忘れていたあの言葉を伝えた。

「今年の夏、東京に行ってもいい?」

9/25/2024, 10:30:46 AM