【secret loveをあなたに】
「でね、その時あの人ね……」
「君、あいつのこと本当に好きだよね」
「うん!」
「告白はしないの?」
「……迷惑になりたくないから。隠し通すことが、私にとって最大の愛なの」
「…………そっか」
なら、僕も君への「愛」を貫き通すべきだね。
【ふたり】
「思うに、クラス内に親しい友人が一人いるという状態が、もっとも過不足なく学校生活を円滑に送ることができるんじゃなかろうか」
君のその主張は、どちらかといえば友人をたくさん作りたい派の僕からすれば正直理解できなかった。だけど同時に、君が一人より三人より、誰かと「ふたり」でいることを選んでくれて本当によかったと思っていた。
「そんなわけで、私には君しかペアワークのあてがないから、隣の席を空けておいてくれると助かる。というか、そうしてもらわないと困る」
「はいはい」
心を隅っこに追いやった君のただ一つの隣席で、ふんぞり返っていた。
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「……というわけで、元々属していたグループからハブられたという彼女と組むことにした。君もペアワークは同性同士の方がやりやすかろう。今まで無理に私と組ませて悪かったね」
クローズドでミニマムな君の世界に、三人目は必要ない。僕は三人目になってしまった。二人目の席を容易く追い出された。
君の世界を広げる力もなかったくせに、「ふたりきり」に優越感を覚えてそこで満足していた、僕なんかは君の唯一になれなかった。
【心の中の風景は世界なんかよりずっと綺麗】
僕の心の中の景色は、君が言葉で表す景色。
「今日、庭につばめの巣ができてたよ。そのうち子供のつばめとか見られるのかなあ」
「暑すぎて逆にセミ見かけなくなっちゃった。今の子供ってセミ取りせずに育ってるんだねえ」
「やばい、公園のもみじめっちゃ綺麗。ここ数年で一番綺麗な赤色」
君の言葉が通ったところから、僕の世界が色づいていく。
「初雪が降ってたよ! せっかくだから、雪だるま作ったの! 小さいやつだけどね」
君の言葉が、弾む声だけが、僕が知る世界の景色。君が見た風景を、間接的に見せてもらうだけ。
だから、僕の知っている世界はすごく綺麗で、直接見てみたいと思わされる。
「でもせっかくなら、君と一緒に作りたかったなあ。そしたら、もっと大きいのが作れた」
「……その手には乗らないよ」
久々に声を出した。内容は否定なのに、どうしてか君は嬉しそう。
知ってるよ。雪はただ綺麗なだけじゃなくて、冷たいし重いし、靴で踏まれたそばから茶色く汚れていく。雪だるまだって、すぐに溶けてどこが顔だったかもわからなくなる。
世界なんて、フィルター越しに見るので十分。だって僕は、世界の汚さに嫌気がさしたから、この部屋から出ないことを選んだんだ。
「世界のいいところを宣伝して、僕を部屋から出そうって魂胆でしょ?」
「バレてたかあ……。でも、今日の雪は本当にいい積もり具合で……」
「はいはい」
僕がこうしている限り、君の口から飛び出す世界はきっと綺麗なまんまでしょ?
【裸足のままで、僕らのままで】
「あんまり、こういう時って靴下まで脱がなくない?」
「そうかなあ。そもそも、屋上から飛ぶときに靴を脱ぐなんてマナー、どこのマナー講師が決めたんだろうね」
「別にマナー講師とは限らないと思うけど……」
呆れる僕に、君は笑って涼しげな足をぶらぶらとさせる。
「見ようによっては、僕らはこれから家に帰るのと同じことをするのかもしれないね。だから、玄関に上がるときにそうするように、靴を脱ぐのがマナーなのかも」
思い付きで僕が言えば、
「じゃあ私の場合は裸足で正解だね。家では裸足派なんだ、楽だから」
と君はしたり顔だ。
僕も靴下を脱いで、揃えた靴の上に置いてみる。スースーして落ち着かなくて、だけどなかなか悪くない解放感だ。
君と手を繋ぐ。君が裸足のままでいられる場所に、二人で飛び込む。
もう一歩だけ踏み出せば、君に手が届く。
……簡単に言ってくれるなよ。その一歩がどれだけ遠いか。
【もう一歩だけ、君の呼ぶ方へ】
「……」
ああ、でも、ためらっていたら、君が遠くに行ってしまう。たった一歩でいい。動け、僕の足。
「……」
君が僕の方を見ている。僕を待っているように見えた。まるで時間が止まったみたいに世界の全部がゆっくりになって、僕が踏み出さないと時間が進まないんじゃないか、なんて考えてみる。
「……やっぱり、僕もいくよ」
「!」
地面を蹴る音。浮遊感。目を見開いた君が、僕を見上げている。
屋上の柵を超えて、最初の一歩。人生最後の一歩。
ああ、やってしまえば、こんなに簡単じゃないか……。