白眼野 りゅー

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5/18/2025, 11:54:07 PM

「待って!」

 と、僕は君に向かって手を伸ばす。君は振り向きもせず、川の水に足を浸した。


【取り返しがつかなくなるまでまっていて】


「ねえお願い待って、行かないで!」

 僕はなおも懇願する。いまいち深さの分かりにくい川。君はもう川の中腹まで進んでいて、膝下まで水に埋まっていた。

「そっちに行っちゃダメだ!」

 正直なところ、どうしてダメだと思ったのか、僕自身にもわからない。川で隔てられた両岸がそれぞれどこに繋がっているのか、僕には分からない。だけど、ダメだ、と明確に思った。

「……」
「ねえ、一人にしないでよっ……!」

 君が止まってくれそうもないので、僕は覚悟を決めて、川の水に足を突っ込んだ。君のもとまで駆け寄ろうとして……

「は……!?」

 ずぶり、とその体は大きく沈んだ。おかしい。だって、そんなに深いはずがないじゃないか。せいぜい、君の膝下までが水に浸かる程度だったじゃないか。

 どこまでも深く、奥底まで沈んでいきそうになるのに、必死でもがいて抗う。遠く、あと一歩で向こう岸まで届きそうというところにいる君が、こちらを振り返った。

「いい加減にして」
「……」
「勝手にここまで連れてきたのは、君でしょ? 一人にしないでほしいなんて、勝手すぎる」
「…………」
「私は、帰るから」

 何か、言い返そうとした。たぶん、「まって」と言いたかった。だけど、そうしようと開いた僕の口に濁った川の水が流れ込んで、ゴポッと情けない音になっただけだった。

―――
――


『続いてのニュースです。○○県××市のアパートで、男女が意識不明の状態で発見されました。二人は病院に搬送されましたが、このうち男性の方はまもなく死亡しました。二人は練炭を用いて心中をはかったと見られ……

……続報が入りました。先ほどお伝えした、病院に搬送された女性が意識を取り戻しました。警察は、彼女の容態を見ながら事情聴取を進めていく方針で……』

5/17/2025, 1:06:39 PM

「あ、これ、彼女に買っていったら喜ぶかな」

 と、ゴマ豆乳プリンのカップを手に取った直後に思い出す。……もう、そんなことをする必要もないのか。


【まだ知らない世界に、一人】


 もう、好きでもないプリンをわざわざ買って帰る必要はないし、知らないアニメとのコラボ商品をわざわざ選ぶ必要もなければ、タバコを買うときに『不健康だ』と怒る君の顔を思い浮かべる必要もないのだ。

 それは、君と出会う前の僕と全く同じ状態に戻っただけのはずで、だから世界が変わったなんて言ったら大袈裟になってしまうのだろう。……けれど驚くべきことに、昨日から、僕は僕の知らない世界に迷い込んでしまったみたいだ。

 そんな冒険、僕は求めていなかったのに。こんな景色を見たいだなんて、いったい誰が願ったというのだろうか。

「……ゴマ豆乳プリンって、どんな味がするんだろう」

 一面見知らぬ景色の中で、少しでも見たいと思える世界を必死で探す。きっと君ならよく知っているだろう景色。僕がもっと早くそれを知っていたなら、こんな見知らぬ世界に迷い込むこともなかったのだろうか。……なんて。

5/17/2025, 6:34:00 AM

「手放す勇気も大切だよ」

 と、僕はあえてなんでもないことのように、軽々しく言った。

「一人の人が抱えられるものの量は、決まってるから」
「そう、だけど……」
「だからさ、もう……」
「いやだ!」
「この辺の洋服は手放そうよ」
「嫌だあああ!」


【引っ越しに手放す勇気は不可欠】


「いや、でも君、どんどん新しい服買ってくじゃん。この辺のやつとか、最近着てるとこ見たことないよ僕」
「そうだけどぉ……」
「全部捨てろとは言わないけど、新居に持ってくやつは厳選しなよ。段ボールが余分に二つくらい増えちゃうよ、このままだと」
「厳選してこれなの!」
「厳選してこれかあ……」

 君が物を捨てられないタイプなのは知っていたが、ここまでひどいともはや呆れを通り越して尊敬の念すら湧いてくる。

「ほら、これとこれとかほぼ同じじゃん。どっちか片方は捨てれば……」
「全然違うよ!」

 何が違うというのか、僕にはさっぱりわからない。

「こっちは君が可愛いって褒めてくれた方で、こっちは君が綺麗だねって喜んでくれた方」
「……え、そうだっけ」
「君、女の子の洋服のことなんて全然わからないくせにいつも私のために言葉を尽くしてくれるから、そのせいで捨てられなくなっちゃってるんだよ」
「……」

 ……そんな風に僕のせいにするのは、さすがに卑怯じゃないか?

「だからさあ、この子たちも新居に連れていかせてよお……。他の物でよければなんでも……できるだけ減らすからさあ……」
「……それでも、手放す勇気は大切なんだよ」
「そんな殺生な!」
「だから、僕もお金を手放す勇気を持つべきだね」
「……!」
「ま、まあ、段ボールがちょっと増えるくらい、引っ越し料金全体からしたら誤差みたいなもんだし、業者を選べばそこまでの金額にはならないと思うし、僕も新居に持っていきたいものあったし、別に君のためじゃないっていうか……」
「じゃあ、前に君がすごいセンスだねって褒めてくれた、私より大きいチョウチンアンコウのぬいぐるみも持っていっていい?」
「それは置いてって」

5/16/2025, 7:04:33 AM

 終電を逃してしまったので、君の部屋に泊まることになった。

「……僕は床で寝るよ。この部屋、使って大丈夫?」
「え、でも、私今光るパジャマ着てるよ?」
「は?」


【光輝け、暗闇でこそ】


「えーっと……話の繋がりが見えないんだけど」
「だから、私のパジャマが光るところ、見たくないの?」
「えぇっと……」

 見たい見たくないで言えば、いい年した大人のパジャマが光輝く様はだいぶ見てみたい。

「……遠慮しときます」

 が、そこは理性で踏みとどまった。彼女の部屋に足を踏み入れたときは、まさかこんな理由でどぎまぎする羽目になるとは思っても見なかった。

「えっでも、結構がっつり光るよこれ。見たくないの?」
「この状況で光の強さはあんまりアピールポイントにならないかな……」
「ほら、この、目のところだけがらんらんと光るんだよ!」
「なんでそんな不気味なデザインにしたのかだいぶ気になるけど、遠慮しとく」

 追加のアピールもかわしつづけていると、彼女はややムキになった表情で

「間接照明代わりにもなるよっ!」

 などと、頓珍漢なことを言う。

「……えーっと、だから?」
「あっ、あれっ? その、真っ暗だと、やりづらいのかと思って……」
「…………何が?」
「……」
「やっぱり、そういうことをする目的で僕を寝室に連れ込もうとしてるだろ君! だから行きたくないんだよ! 僕はここの床で寝るから!」
「えー、意気地無し」
「あと、光るパジャマは間接照明代わりにはならない!」
「じゃあ、今度二人で買いに行く?」
「もうそれでいいから僕の腕を引っ張って寝室に行こうとするの止めてもらえる!?」
「え、でも、まだパジャマが光るとこ見せてないし」
「もうそれはいいから!」

5/15/2025, 9:54:26 AM

「映画とかでさ、宇宙船の中で『争い合うのはやめろ、酸素の無駄だ』みたいに窘めるシーンあるじゃん」
「ああ、あるね」
「あれ、私たちの場合だと『惚気合うのはやめろ、酸素の無駄だ』になるのかなあ?」
「君は何を言っているの?」
「なると思う?」
「……ならないんじゃない? 僕らなら、目線だけで会話できるし」
「それもそっか」

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