白眼野 りゅー

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「手放す勇気も大切だよ」

 と、僕はあえてなんでもないことのように、軽々しく言った。

「一人の人が抱えられるものの量は、決まってるから」
「そう、だけど……」
「だからさ、もう……」
「いやだ!」
「この辺の洋服は手放そうよ」
「嫌だあああ!」


【引っ越しに手放す勇気は不可欠】


「いや、でも君、どんどん新しい服買ってくじゃん。この辺のやつとか、最近着てるとこ見たことないよ僕」
「そうだけどぉ……」
「全部捨てろとは言わないけど、新居に持ってくやつは厳選しなよ。段ボールが余分に二つくらい増えちゃうよ、このままだと」
「厳選してこれなの!」
「厳選してこれかあ……」

 君が物を捨てられないタイプなのは知っていたが、ここまでひどいともはや呆れを通り越して尊敬の念すら湧いてくる。

「ほら、これとこれとかほぼ同じじゃん。どっちか片方は捨てれば……」
「全然違うよ!」

 何が違うというのか、僕にはさっぱりわからない。

「こっちは君が可愛いって褒めてくれた方で、こっちは君が綺麗だねって喜んでくれた方」
「……え、そうだっけ」
「君、女の子の洋服のことなんて全然わからないくせにいつも私のために言葉を尽くしてくれるから、そのせいで捨てられなくなっちゃってるんだよ」
「……」

 ……そんな風に僕のせいにするのは、さすがに卑怯じゃないか?

「だからさあ、この子たちも新居に連れていかせてよお……。他の物でよければなんでも……できるだけ減らすからさあ……」
「……それでも、手放す勇気は大切なんだよ」
「そんな殺生な!」
「だから、僕もお金を手放す勇気を持つべきだね」
「……!」
「ま、まあ、段ボールがちょっと増えるくらい、引っ越し料金全体からしたら誤差みたいなもんだし、業者を選べばそこまでの金額にはならないと思うし、僕も新居に持っていきたいものあったし、別に君のためじゃないっていうか……」
「じゃあ、前に君がすごいセンスだねって褒めてくれた、私より大きいチョウチンアンコウのぬいぐるみも持っていっていい?」
「それは置いてって」

5/17/2025, 6:34:00 AM