「待って!」
と、僕は君に向かって手を伸ばす。君は振り向きもせず、川の水に足を浸した。
【取り返しがつかなくなるまでまっていて】
「ねえお願い待って、行かないで!」
僕はなおも懇願する。いまいち深さの分かりにくい川。君はもう川の中腹まで進んでいて、膝下まで水に埋まっていた。
「そっちに行っちゃダメだ!」
正直なところ、どうしてダメだと思ったのか、僕自身にもわからない。川で隔てられた両岸がそれぞれどこに繋がっているのか、僕には分からない。だけど、ダメだ、と明確に思った。
「……」
「ねえ、一人にしないでよっ……!」
君が止まってくれそうもないので、僕は覚悟を決めて、川の水に足を突っ込んだ。君のもとまで駆け寄ろうとして……
「は……!?」
ずぶり、とその体は大きく沈んだ。おかしい。だって、そんなに深いはずがないじゃないか。せいぜい、君の膝下までが水に浸かる程度だったじゃないか。
どこまでも深く、奥底まで沈んでいきそうになるのに、必死でもがいて抗う。遠く、あと一歩で向こう岸まで届きそうというところにいる君が、こちらを振り返った。
「いい加減にして」
「……」
「勝手にここまで連れてきたのは、君でしょ? 一人にしないでほしいなんて、勝手すぎる」
「…………」
「私は、帰るから」
何か、言い返そうとした。たぶん、「まって」と言いたかった。だけど、そうしようと開いた僕の口に濁った川の水が流れ込んで、ゴポッと情けない音になっただけだった。
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『続いてのニュースです。○○県××市のアパートで、男女が意識不明の状態で発見されました。二人は病院に搬送されましたが、このうち男性の方はまもなく死亡しました。二人は練炭を用いて心中をはかったと見られ……
……続報が入りました。先ほどお伝えした、病院に搬送された女性が意識を取り戻しました。警察は、彼女の容態を見ながら事情聴取を進めていく方針で……』
5/18/2025, 11:54:07 PM