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8/17/2024, 12:05:34 PM

『いつまでも捨てられないもの』

いる。いらない。いる。いらない。あれ、懐かしっ。
そうやって思い出に浸って時間が過ぎてしまうのが私の部屋掃除のルーティーンと化していた。
初めは潔くいるいらないの判別が着くのだが、段々と集中できなくなってくるとゴミとなるかもしれないものに情が入る。

あ、懐かしい。これ、好きだったな。このクラスやだったなー。思い出は時に苦く、楽しい思いにさせてくれる。めのまえにはあ[いる]と書かれた箱と、[いらない]と書かれた箱。2つの箱の間に置いた[考える]と書かれた箱の3つが置いてある。[いる]の箱と、[いらない]の箱を足したとしても、[考える]の中身には到底抗えない程多くのものが入っていた。

それでも、部屋全体のものの量はそこまで変わらなく見えてしまう。まぁ、世の中もそんなものではないだろうか。こんなことを考えていたら、なぜだか鼻で笑ってしまった。
私はパーカーのポケットに入った煙草とライターをいつも通りの使い方で消費した。灰色の煙が部屋を充満させる。煙草を半分くらい使った頃、床に散らばった写真のネガをみた。現像されたら使われる事は二度と無い。私はこの鎖のような物体にライターで火をつけた。

じわじわと燃えていくネガを私は目に焼き付け、「さよなら」と口にすると燃える鎖から手を離した。鎖から鎖へ、炎が移っていく。大きくなる鎖に身を包まれた私は、[いらない]と書かれた箱に入り目を閉じた。やっと部屋掃除が終わりそうだ。

𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄

2025年―月―日。
とある女性が燃え殻になって見つかった。アパートのとある一室での出来事だ。彼女はそのまま息を引き取ったらしい。
あの部屋にはネガと有機物しか残っておらず、遺書も残されていないため、自殺とも他殺とも捉えることが出来なかった。なので、警察はこれを事故死だと断定し、この事件は終わりを迎えた。新聞などにも掲載されなかった。遺体は司法解剖に回される訳もなく、そのまま火葬された。現場で燃え残った写真のネガには、たくさんの人々の写真が閉じ込められていた。

本人の顔がわかる写真は、彼女がバイトをしていたコンビニの履歴書しかなかった。彼女はここで、何をしていたのだろうか。

私が、この人の人生を知りたくなった。

8/14/2024, 8:08:40 AM

『心の健康』

助けて。辛い。1人になりたい。苦しい。息が詰まる。

ほっといて。幸せだから。ひとりにしないで。楽しい。

そんなことを思ってても、覆い隠すように言う。

いつの間にか上手になった笑顔を作って。

『はい、元気です。』

8/11/2024, 2:01:34 AM

『終点』

《あと1年です。余命。》

真面目そうな先生に受けたこの言葉がじわじわと私の脳を駆け巡った。目の前にいる大切な人よりも鮮明に。

彼は、今も目の前のテレビを見てゲラゲラとお腹を抱えて笑っている。笑いすぎて泣きそうになっているくらいだ。
変な顔を見しては行けないとおもったからお茶汲むっていうテイで離れては見たけど。それにしても笑いすぎじゃ?ってぐらいに大爆笑。笑っている彼を見たら、この世界の全部が明るく見えて。愛おしくて。現実逃避なのかな、これ。

そんな感じでじっと見てたら目が合って、なによ?ってこっちに近づいてきた。
あたし、今上手く笑えてるかな。大丈夫かな。お茶をお盆に置いて(ついでにお茶菓子も)あたし達はまたテレビの液晶画面に目を向けた。

言わなきゃいけないよね。今日。でも、言いたくないな。どうせなら、もっと傷つけない方法で言いたかったな。矛盾してるけど、あたしは彼に声をかけた。いつも通り。

[ねぇ、]
「ん?どーした急に。」

お茶菓子をバクバク食べてる彼に、あたしはなるべく感情を持たないようにして言った。

[別れよ。]
「え、なんで?笑いすぎておかしくなった?」
[うぅん。本気。]
[好きな人が出来たの。キミよりも。だから、、別れよ]
「え、あ、ちょ」
[ここにある私のモノ、全部捨てていいから]
「ちょっとまってよ、」
私は、ぼやけた視界を服で拭った。顔を見られないように。絶対に、彼を見ないようにして。
[元気でね。]

またねって言いたかったな。閉じてしまった扉を背に、あたしは涙が止まらなかった。それでも前に進んだ。彼に見られてしまうから。
これが、あたし達の終点。

8/10/2024, 7:43:57 AM

『上手くいかなくたっていい』

朝日さんとピアノを弾き始めてから1時間ほど経っただろうか。
「じゃあ、合わせてみよ。連弾。」
[はい。]
「あとさ誠、敬語。やめてよ。気使うから。」
[はい、あ。あーっと、うん。]
そう言って朝日さんの方を見ると目が合った。そして互いに笑いあった。また、鍵盤と目を合わせる。黒色と白色の鍵盤は、夕空を反射して輝きを見せていた。

鍵盤を叩き始めるとこの部屋の空気は一変する。
滑らかで、しなやかで、暖かいピアノの音と私の指が、重なる。
[あっ、ん?]
「あーここ、こっちだね。」
間違えてしまった、ここはここだって分かってたのに。
[あぁ。ごめんなさい。演奏止めちゃって、]
「うぅん。いいんだよ、上手くいかなくたって。」
[え。]
「失敗したっていいんだよ。ほい、もっかい。」
[え、あ、うん。]

私の人生、失敗は許されなかった。
失敗したら、母は私を許さない。その事実に脅えて、私は成功し続けた。どれだけの苦労をしても、努力を重ねてでも、成功するためにはそれを厭わなかった。
しかし、朝日さんはそれを受け入れてくれた。
欲しい言葉をくれた気がした。私は、なんとも言えない満足感に胸がいっぱいになった。

「今日はここまでにしよ。」
[うん。ま、また来るね。]「うん。」
[あ、あの。この曲の曲名。教えて欲しい。]
「うーん。じゃあさ、またこんど。この前の仕返し。」
悪戯気味に笑った朝日さんに私は笑うことしか出来なかった。
「じゃ、また。」[また。]

上手くいかなくてもいい。その事実を知れただけで私はこの夕空を飛べるような気がした。

《朝日からの使者》EP.4翼、夕空、悪戯

8/7/2024, 10:30:52 AM

『太陽』

さっきから顔が熱い。本当に発火してしまいそうだ。
どうしていいかも分からず、私は話題を逸らすしか無かった。
[あっあの、もっかい弾いてください。]
「え?あー、あの曲?」
[はい。初めて来た時も弾いてましたよね。]
「そーだったっけ?よく覚えてるね。」

微笑んだ朝日さんは、何か思いついたようだ。

「じゃあさ、弾き方教えてあげるよ。あの曲の。」
[え?でも…]「そういう約束だったでしょ。」
[覚えてるじゃないですか。初めて来た日のこと。]
「今思い出した。」

狡いなと思いながらも、私の胸は高鳴っていた。
はい、座った座ったと急かされ私は朝日さんとピアノの前に座った。

「初めはここからね。俺の真似して。」
そう言って鍵盤に触れた瞬間、時間が歪んだように感じた。ゆっくりゆっくり時間が通り過ぎていく。

「あーっと、ここはね、こう。」
そう言って朝日さんの手が、私の手に近づく。理解している振りをしているが、意識は手に集中するばかりだ。
離れて欲しいけど、離れて欲しくない。そう思いながら、懸命に鍵盤を指で押した。

私が帰らなければいけないのは、太陽が沈む少し前。
もう少しだけ、明るく照らしてください。私はゆったりと進む時間の中で、太陽にそう願った。

《朝からの使者》EP.3太陽と朝日

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