『太陽』
さっきから顔が熱い。本当に発火してしまいそうだ。
どうしていいかも分からず、私は話題を逸らすしか無かった。
[あっあの、もっかい弾いてください。]
「え?あー、あの曲?」
[はい。初めて来た時も弾いてましたよね。]
「そーだったっけ?よく覚えてるね。」
微笑んだ朝日さんは、何か思いついたようだ。
「じゃあさ、弾き方教えてあげるよ。あの曲の。」
[え?でも…]「そういう約束だったでしょ。」
[覚えてるじゃないですか。初めて来た日のこと。]
「今思い出した。」
狡いなと思いながらも、私の胸は高鳴っていた。
はい、座った座ったと急かされ私は朝日さんとピアノの前に座った。
「初めはここからね。俺の真似して。」
そう言って鍵盤に触れた瞬間、時間が歪んだように感じた。ゆっくりゆっくり時間が通り過ぎていく。
「あーっと、ここはね、こう。」
そう言って朝日さんの手が、私の手に近づく。理解している振りをしているが、意識は手に集中するばかりだ。
離れて欲しいけど、離れて欲しくない。そう思いながら、懸命に鍵盤を指で押した。
私が帰らなければいけないのは、太陽が沈む少し前。
もう少しだけ、明るく照らしてください。私はゆったりと進む時間の中で、太陽にそう願った。
《朝からの使者》EP.3太陽と朝日
『つまらないことでも』
目が覚めた。私の意識は自然と窓に向いた。硝子の向こうには雲ひとつ無い青空があった。私は少しだけ口角が上がった。何故か、まだ学校にも向かっていないのに、私は放課後のことばかりを考えていた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
チャイムの音で私はハッとした。いつの間にか学校が終わっていた。教室を出た私はいつもの道を少し早く歩いていた。
いつもは、英単語を詰め込むための道でしかないこの道。ただ歩いているだけなのに、歩く音は軽快なリズムに。車がすぎていく音は、それにスパイスを加えていた。こんなにも帰り道が充実しているのは人生の中でも初めてかもしれない。いつもはつまらないことでも、今日は足どりが軽かった。
気づくと、ピアノの音が聞こえてくる。私は音に案内されるように、あの場所へ向かった。
[こんにちは、、]
「いらっしゃーい。あ、この前の。」
そう言って迎えてくれた朝日さんは、ピアノと向き合うように座っていた。
「今日、めちゃくちゃ天気いいね。快晴って感じする。」
[そうですね。あ、覚えててくれてたんですね。]
[この前言い忘れてたんですけど、、誠です。名前。]
「へぇー。かっけー。あぁ、やだった…かな。」
[いいんです。今までも、言われてきたんで。]
[朝日の方がよっぽどいい名前だと思います。とても似合っています。]
「そんなこと言ったら、君もだよ。」
[え。]
そう言って顔を上げると、朝日さんと目が合った。目を丸くした朝日さんはまっすぐそう言った。
名前を褒められただけなのに。ただそれだけ。
朝日さんといる時間が、私にはこの時間が輝いて見えた。
《朝からの使者》EP.2 青空と輝き
『病室』
病院の屋上。私には無縁だと思っていた。緑がいっぱいの屋上で私は酸素を身体中に行き巡らせた。それを繰り返す度にふわふわと視界が揺れていた。視界が揺れる中考えるのは、私の姉の事だった。
子供の頃は姉も私と同じくらい元気だった。でも、そんな姉はもういない。姉は、病室という棺桶で死んでいくらしい。無機質な部屋で終わっていく姉を私は見ることが出来るのだろうか。
今日は空がきれいだな。なんか無駄なことを考えてしまう。そんな視界の端にセーラー服が写った。自然と目がいった彼女は裸足だった。ふわふわと飛んでいる鳥のような彼女は、舞を舞っているようにも見えた。彼女の瞳は曇りながらも澄んでいるようにみえた。
「おねーさん。なんかありました?」
[えっ、あっ。すいません。]
「全然いいんですけど、、涙は拭った方がいいかと。」
そう言って目の前の女神はハンカチを手渡した。へレニウムの花が刺繍してあった。
[すいません。洗濯して返しますね。]
「あ、ありがとうございます。」
貴方に見惚れていました。なんて言える訳もなく、私は屋上から出ていこうとした。
【また見に来てくださいね。】という声が風のように耳を掠めた気がした。
『明日、もし晴れたら』
初めて鍵盤に触ったあの日から、数日が魔法のように過ぎていった。またあのピアノを触りたい。でも、何故か
それよりも朝日さんに会いたいう思いが強かった。
次にもしあのお店に行けるとしたら、明日が本命と言ったところだ。いつも通りすぎていく日々を変えたくて。私は運試しをすることにした。
明日、もし晴れたら―[朝日さんのお店に行く。]
自分と約束するように私は呟いた。
晴れますようにと願いながら、私は眠りについた。久しぶりに早く明日にならないかなとドキドキした。
《朝からの使者》EP.1.5 期待
『だから、1人でいたい。』
人間関係。漢字四文字で定義されているこの関係は、漢字四文字では定義できないほど甘美なものである。
だがそれと対照的に、闇のようなものである。性別という壁、一人一人の性格。様々なものが私たちを隔て、遠ざけさせる。
だから私は、教室でも独りなのだ。独りになったばかりの頃は、怖くて怖くてたまらなかった。でも今ではすっかり慣れてしまった。むしろ、居心地の良さすら覚えている。誰も触れなくていい。触れないで。
そう思いながら私は〈一軍女子〉と呼ばれる醜い生き物たちにナイフを刺され続けるのだ。