『この道の先に』
今日のことも明日には忘れてしまう。一過性全健忘―それが神がかけた私への呪い。私は前世でどれだけ思い罪を背負ったのだろうか。私は必死に普通を生きている。呪いのことは誰にも、絶対に言わない。私にかかっている呪いなのだ、私が向き合えばいい。支度をするために私は鏡を見た。制服を着た自分を見て気合を入れた。
今日も普通に過ごせている。そう考えると少し楽になる。私の友達であろう人と1日過ごしている。また忘れてしまうのに。そう考えると…こんなこと考えるのはもう辞めよう―
「考え事?」
[あっ。いや、なんでもない。]
ふと隣の席の男の子に声をかけられた。クラスの中でも陽るいほうの人だろう。
「なんか、今日ぼーっとしてるね。」
[えっ?見てたの?もしかしてストーカー?]
「なんでそうなっちゃうかなぁ?隣の席だから自然と目に入るんだよ。」
[そっか。結構見えるんだね。隣からって。]
「まぁ、今日は特にどんよりしてたから気になっただけ。気のせいだったかー。」
そうおちゃらけて笑っている。隣の席の人。この道の先に、光は無い。でも、またこの人と笑って喋りたかったから。
私は、昨日の私を超えてみようと思った。多分、昨日の私はこんなことしないだろうから。
[明日も喋ってくれない?こうやって。]
この先の道に期待は持てないけど。
『夏』
青春の季節と言われるそれが私は嫌いだ。暑いし、暑いし、暑い。暑いということがどれだけ人の体を蝕むのかこの季節になるととてもよくわかる。でもそんな夏にこそ好きな場所がある。いつの間にか昼食を終えた私は、走り始めていた。汗なんて感じなかった。少しきしんだドアを私は開けた。
「失礼します!!!!!!」
[今日も来たんだね〜。毎日来るから顔覚えた。]
今日もいた。部屋にはたくさんの本棚が並んでいる。カウンターにいるあの人はにっこり笑った。あぁ、ここに来てよかった。その笑顔だけでも反則なのに、顔を覚えてもらえるなんて。やばい。私の心臓は大きく動いた。
それと同時に体温も上昇した。夏の暑い気温のせいだろう。多分。
『好きな色』
好きな色は何ですか。子供のような質問。大人になるにつれこんなことを聞かれることは無くなっていた。それと共に私の目の前にある世界は、色を失って行った。
気づいたら、私の世界はわたしだけが真っ黒になっていた。反対に色づいている人々が私を苦しめた。苦しみながら私は大人になるんだと思っていた。
ある時、色のない現実に疲れてしまった。綺麗な世界に嫌気がさした。私は不意に電車に乗った。窓から見る家々の灯りが思った以上に眩しかった。
私が住む場所よりもこの街はやはり眩しかった。でも、薄暗かった。少し汚い空気を吸うと私は少しだか色を取り戻したような気がした。今なら好きな色を答えられるかもしれない。無駄に明るい街を見て私はそう思っていた。
『あいまいな空』
今日の天気は晴れ、とも言いきれない天気。雨が降るわけでもなく、雲が消えていく訳でもない。この街は何も変わらない。でも空だけは毎日色を変えた。どんなに辛くても、どんなに楽しくても。空は色々な色を見せた。もうすぐ、私はこの景色を見れなくなってしまうのか。
私は今日もいつも通りビデオカメラを開いた。
「―月―日水曜日。今日は久しぶりにきょーじゅのところに行ってきました!」
画面の中で少女はそういった。色んな表情がここには映されていた。楽しそうな顔、泣いてぐじゅぐじゅになってる顔、怒ってる顔。空みたいな少女は多分、この先も私の中で生きていくのだ。最近、少しずつ歪んでいく視界に私はサヨナラを言わなければいけない。
[これともお別れだね。]
私はビデオカメラの画面を閉じ、袋の中に入れた。最後に更新された動画に映っていた少女と同じように私はぐしゃぐしゃになりながらビデオカメラにサヨナラを告げた。
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あのカメラを捨てたあと、私の世界は変わってしまった。もう、少女の顔も空の色も見ることが出来ない。
[ねぇ、今日はどんな空?]
「今日はね。晴れてるよ、暖かくなりそー」
真っ暗な世界のなか、私を助けてくれた人がそう言った。今日は晴れだと言うが、何故か暖かい太陽の匂いがしなかった。
『世界の終わりに君と』
もう、何も出来ないのだろうか。急に脳裏にこんな考えが過った。「この世界から消えたい」そう思っていたはずなのに。私は最後のひとときをこのくだと共にするのか。そう考えるとなんか嫌になった。私は、いつもをいつもどうり過ごすことにした。一日はたちまちすぎ、太陽が月とバトンタッチをした頃、私はあの子の元へ行くことにした。カーテンを開けるといつも通りあの子は空を見ている。
「今日も時間どーりだね」
そう言うとあの子は微笑むように笑った。まるで全てを知っているかのようだ。
「どーした急に」
その顔を見た瞬間。何も言えなかった。心配そうにする顔から見るに、どうやら私は涙を流しているようだ。
『いや、なんでもない』
ひとつの曇もない涙に私のぐじゃぐじゃな顔が写った。
『なんでもないから。ほんとに、』私は百点満点の笑顔を見せた。そしてあの子を抱きしめた。私がわたしであるうちに。
朝、起きると私は家のベッドにいた。昨日は…何やったっけ?体にはたくさんの管と口に着いたなんか透明なマスク。ベッドの上では泣きながら女の人がないている。ずっと寝てるみたいだけど、私この人の事、知らない。