ヒロ

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8/13/2024, 9:01:13 PM

*** Zzz... ***

(2024/08/13 title:050 心の健康)

8/13/2024, 10:00:40 AM

風が吹いて、馴れ親しんだメロディーが運ばれて来る。
ライブでの十八番。インディーズの頃から歌い続けている私の定番曲だ。
顔を上げれば、待ち合わせの公園。
ベンチに座って私を待つ君を見付けた。

ヘッドホンを着けて、リズムに合わせて肩を揺らす。
鼻歌どころか、うっかり小声で歌っちゃってること、君は気付いているのだろうか。
学生の時から演技はピカイチで、今や注目株の俳優となった君だけど、相変わらず歌はちょっと苦手みたい。
私が歌うのとはちょっと違う。調子外れの歌声に、通りかかる人たちがこっそりと笑って過ぎて行く。
ちゃんと変装はしてきているからばれてはいないようだけど。皆さん、そこのちょっと陽気な音痴さんは、今期ドラマで活躍している若手俳優ですよ。
誰も気付いていないのと、本人も気にせずノリノリで口ずさみ続けているのが可笑しくて、私まで思わず笑ってしまった。

高校の頃から、変わらない。
何と言われようと応援し続けてくれた、君が好きだ。
その思いを書いた曲なんだけど、今も君は気付いていないみたい。
ファン一号だと豪語している癖に、肝心なところで節穴なんだから。
そんなところも含めて好きだけど。

「お。お疲れ! 待ってたよ」

彼の歌をもう少し聴いていたかったけれど、残念ながら向こうもこっちに気が付いたみたい。
私も変装しているのに、迷わず見付けてくれるとは流石です。
いつも君は遠慮するけれど、今日こそ、ご飯の後カラオケにでも誘おうか。
君の歌も聴きたいし、鈍感な君へその歌を、特等席で歌ってみせるとしよう。


(2024/08/12 title:049 君の奏でる音楽)

8/12/2024, 10:01:50 AM

「何だこれ」
夜遅く、聞き込みを終えて事務所に帰ってみると、来客用も兼ねたローテーブルの上には小物がズラリと並べられていた。

日焼け止めローションにデオドラントシート。
ハンドタオルにアイスネックリング。
スポーツドリンクとサングラス。
他に大きなものでは男性用日傘や麦わら帽子まで。
選り取り見取りの暑さ対策グッズが所狭しと広げてある。

「おかえり~」
よくもここまでかき集めたものだと感心して見ていれば、物音を聞き付けて、奥の方から買い揃えたであろう本人が顔を出した。
麦わら帽子を掲げてみせて、寄ってくる相棒へ問いかける。
「どうしたんだ、こんなに。おまえ外に出ないだろう?」
「ううん。君に使ってもらおうと思って用意したんだよ~」
「えっ俺に?」
驚いて、手持ち無沙汰にくるくると回していた麦わら帽子を取り落とした。
拾い上げ、テーブルの上の小物と相棒を見比べる。
この一式全部、俺用に?
こんなに沢山、急に何故。
「ひょっとして、海か山に行く依頼でも入ったのか?」
「違うよー。普段から外に出るときに使った方が良いでしょ。毎日死ぬほど暑いんだからさ」
「え、ええ~?」
出た。こいつの過剰なお節介。
心配してくれるのは構わないが、時折こうやって暴走するのが厄介だ。
「要るか? こんなに。この中の一個か二個で充分だろ」
「何言ってるの!」
戸惑って不満をそのまま口にすれば案の定、機嫌を損ねた相棒は頬を膨らませてぶすくれた。
「ニュースでも厳重な警戒をって言ってるでしょ! 君は無頓着過ぎ。暑いって愚痴る癖に、いっつも軽装で出て行くから心配だよ!」
「そうは言っても、聞き込みするのに重装備も邪魔で変だろう? 全部着けてみろ。逆にこっちが不審者だ」
「ダメダメ! 太陽のパワーを甘く見ちゃいけないよ。あいつはその光だけで吸血鬼を殺せるんだから。馬鹿にしてると人間だって死ぬよ!」
そこを言われると反論もしづらいところだ。
言い返す言葉もなくなって、テーブルに置かれた装備品を睨み付けた。
確かに、冗談じゃなく最近の暑さは死ぬレベルだ。熱中症で搬送、最悪亡くなるニュースも後を断たない。
日傘を差して出歩く男を見るのも珍しくなくなってきた。
ここは大人しく相棒の助言に従うべきか。
「にしても、流石に一度に全部は使えねーかな……」
ハンディファンの電源を入れて風を浴びる。
うん、まあ涼しいかな。
渋々折れた俺に満足し、無理やり麦わら帽子を被せて相棒がにっこり笑う。
「大丈夫、だいじょーぶ。ちゃんと似合ってるよ!」
「はいはい」
まあ、心配かけていたのは事実だし。
ここは気持ちを有り難く受け取っておくとしよう。
使いこなしはその次だな。
明日からの自分の姿を想像し、相棒には内緒でこっそり笑った。


(2024/08/11 title:048 麦わら帽子)

8/7/2024, 3:31:30 AM

「三十七度……」

天気予報が知らせる最高気温にげっそりと呟いた。
今日の仕事の予定は外での聞き込み。ターゲットが贔屓にしている店などを訪ねて歩こうと思っていたが、あちこち動き回るにはしんどい気温の高さに、外へ出るのを躊躇してしまう。
けれども、昨日も同じ理由で予定を変更している。
そう毎日延期にもできないし、依頼の消化は早いに越したことはない。
仕方がない。今日は諦めて外へ出るか。

「うわ~。今日も外は暑いんだね。気を付けて出掛けておいでよ~」
決心してのそりと立ち上がれば、隣に転がる相棒からふわふわとエールを送られた。
こいつは良いよな。外に出ないんだから。
「まったく他人事みたいに言いやがって」
「だってしょうがないじゃ~ん。その分、こっちの仕事はきっちりやるからさ!」
どでかいソファーに寝そべって、ノートパソコンを弄る姿は何とも優雅なものだ。
これから猛暑の中へ繰り出す自分とは対照的に余裕な様に、ついつい嫌みの一つや二つ言いたくなる。
しかしながら、こいつの言う通り。こればっかりは代わりようがないことなので諦めるしかない。
仕事はシビアにこなしたいスタンスの俺だって、流石に吸血鬼のこいつへ、日中の聞き込みに行って来いと言うほど鬼ではない。
人間にとっても連日死にそうな暑さだが、こいつにしてみればちょっとした日差しでさえも命取りだ。
だから、ここは適材適所。
俺が足を使って聞き込みをする間、相棒のこいつには、SNS関連のネット絡みから集められる情報を探るように任せている。
本人曰く、「引きこもりスキルを駆使した情報収集は大得意」だそうで。
実際にそれで、なかなか精度の高い情報を見付けてくるのだから侮れない。
そういう訳で、俺らにとっては利に叶った役割分担なのだ。
お互いに納得した上でのことだから、いくら酷暑でも、炎天下の外へは俺が行くしかないのである。

「なあ。たまには交代とか……」
「じょ、冗談でしょ!」
「だよな」
無理な相談なことは分かっていた。俺らしくない、女々しい冗談でも、何となく言ってみたかっただけだ。
まずいな。弱気に拍車がかかる前に、とっとと出掛けて終わらせて来るとしよう。
「太陽もたまにはお休みすればいいのにね」
「本当にな」
見送る相棒に手を振って、涼しい事務所を後にした。


(2024/08/06 title:047 太陽)

8/4/2024, 10:04:58 AM

――げっ。マジか。

朝起きて、キッチンへ向かう前にリビングへ立ち寄って思わず足を止めた。
俺の方が早起きで一番乗りだと思ったのに。
いや、早起きには違いないのか。
けれども、ソファーの上で大の字に転がって、こちらに向かってニョキっと足を突き出し沈む先客が既に居る。
そろりそろりと近寄れば、思った通り、いびきをかいて眠る親父が居た。
「何で今日に限ってここで寝てるんだよ」
呟かれた文句にも気付かずに、親父はすっかり寝こけている。
昨日の帰りが遅かったのは知っていたが、まさかここでダウンしているとは。
冷蔵庫にとっておいた夕飯を食べた形跡はあるが、それを片付ける気力もなかったようだ。
食べた後の食器もそのままに、ソファー手前のテーブルに放置されていた。
よっぽど疲れていたのだろう。
「しょうがねえな」
極力音を立てずに食器を回収し、入ってきたときと同じようにそろりそろりとその場を離れる。
それから忍び足でキッチンへ向かい、シンクへと静かに食器を運び出した。
今日は日曜日。そして親父の誕生日だ。
サプライズの第一段に、部長直伝のちょっと凝った朝食を披露してやろうと思っていたけれど、仕方がない。
俺が勝手に企んでいたことなのだから、くたびれて帰って来た親父に罪はない。
作っている間に物音で起きてしまうかもしれないが、せっかく揃えた材料もある。
親父の目が覚めるまでに、出来るとこまでやってしまおう。
「まだそのまま寝ててくれよ」
いびきのリズムを聴きながら料理するのも一興だ。
さあ、親父はどの段階で起きるだろうか。
笑いをこらえながら、朝食の準備に取りかかった。


(2024/08/03 title:046 目が覚めるまでに)

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