ヒロ

Open App
4/13/2024, 10:46:05 PM

風呂から上がってリビングへ戻ると、不意に台所から物音が聞こえてきた。
気になって様子を伺えば、そこには部屋に戻ったはずの息子が居て、いそいそと何か作っているのが目に留まる。
「あれ、夕飯は終わったのに。どうしたんだ?」
問いかければ手の動きはそのままに、声だけで息子が「ああ」と返事をした。
「明日部活で弁当が要るんだよ。早起きしても良いけれど、時間なくなっても困るから、今から準備」
「へー。部活」
一歩引いたところまで近付いて、邪魔にならないように息子の手元を覗き見る。
ウインナーに人参、玉ねぎにピーマン。奥にある黄色いのはパプリカか?
俺がじろじろと見ている間にも、リズミカルな音と共に次々と具材が刻まれていく。
上手いもんだなあ。包丁さばきといい、手際も良いし。本当、器用なところは嫁さん譲り。俺に似なくて良かったわ。
「何作ってんの? チャーハン?」
「んー。そうしようとも思ったんだけど、ちょっと変更して、オムライスっぽいピラフもどき」
「オムライス? っぽいピラフもどき?」
駄目だ。息子の言っていることが分からない。戸惑う俺を置き去りにして、フライパンを取り出した息子は着々と炒め物の準備に取りかかる。
「コンソメとバターで味付けしてさ。塩コショウも勿論するけど。それで卵焼き被せたら、具沢山のバターライスオムライスにならないかなあ、と思って。半分実験だよ」
「へえー」
要するに、創作料理ってことか。実験と言いながらも迷いなくどんどん調理を進めていく様子を見るに、頭の中では完成した味のイメージが出来上がっているのだろう。まったく、我が息子ながらに大したものだ。
「それにしても凝ったことするなあ。随分気合いが入った弁当じゃん」
「まあ、食べるの俺じゃないし」
「うん?」
「桜が咲いて天気も良いじゃん。だから料理部の皆で花見かピクニックに行こうって話になって、明日の日曜日出掛けるんだよ。ペアの人と弁当交換して食べることになったから、まあそれなりのもの作ってかないとさ」
「あ~。なるほど」
道理で。普段買って来ないようなパプリカまで持ち出していて妙だと思った。張り切ったことをしていたのはそういう訳か。
合点がいった俺はにやりと笑う。
「ははあ。さてはおまえ、その交換する相手ってのはあの部長さんだな?」
「なっ! 何だよ急に! 」
明らかに動揺した息子が勢い良く振り返り、フライ返しで俺を牽制した。
「てか、何。何で部長のこと覚えてるんだよ!」
早口で捲し立てる息子の顔はトマトのように赤く、必死に誤魔化しても俺の予想が図星であることはばればれだった。
そりゃあ、覚えるでしょうよ。
去る二月のバレンタイン。
「部活で菓子を作るから持って帰る」
息子にそう予告されて、正直な俺はそれを楽しみに仕事を早く切り上げて帰宅したのだ。
それなのに、いざ帰ってみると件のチョコ菓子の用意はなく。
訳を聞けば、失恋した部長さんを慰めるため、俺宛てのお菓子はあげてしまったと言うじゃないか。
そんな甘酸っぱい青春のエピソードを聞かされて、息子の交友関係を記憶しない親がどこに居ようか。いいや居ないね!
慌てる息子の様子が可笑しくて、調子に乗った俺はからかい続ける。
「オムライスかあ。いいなあ。やっぱり、ケチャップで可愛くハート描いたりすんの? 俺も手伝おうか?」
「うっさい、馬鹿親父! 卵は心配だから焼くのは明日だし! 出番なんてないから、邪魔するならあっち行けよ。焦げたら、親父のせいだからな!」
「あっはっは! 分かったよ、ごめんって」
トマトどころかゆでダコとなった息子に追い立てられ、早々にリビングへと退散する。去り際に、冷蔵庫からビールを持ち出すことも忘れない。
ああ面白い。あんなに慌てる息子は初めて見たな。
突如女の子ばかりの料理部に入ると聞いたときは心底驚いたが、親が心配することなど何もなかったようだ。
きっかけは部長さんかもしれない。
けれどもこうして部活を続け、楽しそうに準備をしている様子を見るからに、おそらく今はそればかりでも無いのだろう。きっと他の部員とも仲良くやれているに違いない。
独り納得してビールを一口ごくりとあおる。ああ美味い。
それにしても、よっぽどその部長さんが好きなんだなあ。
息子には悪いが、先程のリアクションを思い返しては思い出し笑いが込み上げてくる。
まったく初々しくて、見ているこちらまで照れてしまう。青春って良いわ~。
ソファーに腰かけ、テレビの電源を入れると、丁度お天気お姉さんが明日の予報を伝えていた。
雲一つない快晴。絶好の行楽日和。
これなら明日の花見も問題なさそうだ。
「おーい! 明日の天気は晴れだって。良かったな!」
台所に居る息子に向かって呼びかける。
だがしかし。残念なことに、応える声は返って来ない。
おっといけない。これはからかいが過ぎたかな?
「親父」
今更ながらに反省し、早くも酔いが覚め出したとき。息子がひょっこりリビングに顔を出した。その表情はちょっと固い。
まずい、やっぱり怒っているのか。心当たりがあるだけに、ついつい構えて背筋も伸びる。
けれども、俺の予想は杞憂に終わる。
仏頂面のまま息子はこう告げたのだ。
「オムライス、親父の分もあるからな。家に居るなら、明日温めて食べろよ」
「え? ――えっマジで! あ、ありがとう!」
「はいはい」
言うだけ言って、息子はリビングからさっさと出て行ってしまう。
慌ててその背中を追いかけて、「ごめんな、ありがとう!」と伝えると、息子は一言「大袈裟だな」と、くしゃっと笑い、踵を返して戻って行った。
馬鹿な親父で申し訳ない。からかったりしてすまなかった。
普段は無愛想な息子だけれど、優しい子に育ってくれて、ありがとう。

翌朝。
遅がけに起きれば、息子は出掛けた後でもう居らず。
冷蔵庫を確認すると、昨日の話に違わず、ラップに包まれたオムライスが一皿入っていた。
添えられた、『ハートは自分で描けよ』のメモ書きに、思わず朝から声を出して笑ってしまった。
折角用意してくれたご馳走だ。昼まで待たず、早速朝ごはんに食べてしまおうか。

電子レンジにセットして待つ間、窓越しに外の様子を見る。空は予報通りの晴れ模様。日差しも輝いて気持ちが良い。
息子はもう皆と合流した頃だろうか。
「楽しんで来いよ~」
誰も居ない部屋で願うように独り呟く。それに相槌を打つかのようにして、電子レンジが「ピー」と鳴って俺を呼んだ。
中から取り出して、ラップを外す。
少し迷った後。冷蔵庫に戻ってケチャップを取り出し、ハートを描いて写真を撮った。
そうして『頂きます』のメッセージを添えて息子へと送信する。
さて、どんな反応が返ってくるだろうか。

「よーし。じゃあ、頂きます!」
今日も一日、良い一日となりますように。


(2024/04/13 title:023 快晴)

4/8/2024, 9:59:16 AM

『捕まった。逃げろ』
夕刻前。合わせたアラームより早く僕の目を覚ましたのは一件の新着メッセージだった。
がばりと起きてポップアップをタッチする。開いたトーク画面に出るのは通知と同じ文面で、それ以上も以下の情報もない。
「あちゃー。いつも用心深いのに、珍しいこともあるもんだ」
しかも「逃げろ」だなんて穏やかじゃない。
確か彼が今請け負っているのは浮気絡みの素行調査だったはず。ということは、藪をつついて蛇が出たか。
「まったく忙しない。厄介事を引き寄せる天才だね、彼は」
強面な上に口は悪い。本人はドライに淡々と仕事をこなしているつもりなのだろうが、そんな振りでは騙されない。面倒見が良く放っておけない性格なのは、共に仕事をこなし、一緒に生活している内にすぐに分かった。
だいたい、吸血鬼と承知の上で僕を相棒 兼下宿人として認めているのだ。とんだお人好しで間違いないさ。
こちらだって伊達に長生きしていない。人の世に紛れて生きるため、人間観察はお手の物だ。
「さーて藪から出たのは何かな~」
お気に入りのふかふかソファーから立ち上がって体を伸ばす。それを見計らったかのように、スマホのアラームが鳴り響いた。日没を知らせるアラームだ。
「おっタイミング良いじゃ~ん」
拉致されたのは不運だが、夕方に捕まるとは都合が良い。
これが昼間だったならば、僕に出来ることは限られてしまうけれど、幸いにも日は落ちた。
彼が用意した分厚い遮光カーテンを開け放ってベランダに出れば、眼下には明かりが灯り出した薄暗い街が広がっていた。
彼の伝言の通りなら、この事務所の場所も割れているのだろう。捕まった彼を探すとなれば、尚のこと長居は無用だ。
「緊急事態だし、仕方ないよね~」
仕舞い込んでいた羽を悠々と広げ、星が瞬き出した夜空にふわりと飛び立った。
いつもなら、「飛ぶな」「目立つな」と彼に喧しく怒られるところであるが、今はその声もない。
「あーあ。逃げろだなんて、何言ってるんだか。そんな薄情に思われてるのかな、僕」
うっかりヘマをした彼を見捨てるくらい、悠久の時を過ごしてきた僕にとっては些細なこと。そういうこともあったよね、と思い出せるかも怪しいくらいに一瞬の出来事だ。
されど、お人好しなのはお互い様。僕の方が年寄りな分、筋金入りで年季も入っている。
何せそのせいで一族に見放されたのだ。まったく、なめてもらっては困るな。
「助けに行くに決まってるじゃん」
上空を大きく旋回し探りを入れる。そうして見付けた彼の気配がする方へ、くるりと向きを変えて羽ばたいた。
夕日も沈み、暗くなれば僕の世界。
さあ、久しぶりに暴れさせてもらおうか。
「待っててね。僕の大事な大家さん」


(2024/04/07 title:022 沈む夕日)

4/6/2024, 9:33:30 AM

切っ掛けはさて何だっただろうか。
記憶力は割りと良い方だと自負しているが、流石に二十年も前のこととなると曖昧だ。
朝からニュースで盛んに報じられていたのを見たのが先か。
はたまた、学校の廊下で地学部からの星空観測会の案内を見たのが先だったか。
いずれにせよ。星空と聞いて思い出すのはやはり、深夜に極大を迎えた二十年前のしし座流星群の夜だろう。

「日本で、夜に、肉眼で。沢山の流れ星を見られる、またとない大チャンス!」
その触れ込みの通り、まるでアニメの背景か。もしくはエフェクト加工を施した動画のようにきらりと瞬き、光の筋となって消えたものを空に見付けたときの感動は今も忘れられない。
それが間を置かずして次から次へと繰り返すのだから、まさに千載一遇、夢のような夜だった。

「次に好条件が揃うときは……私はもうおばあさんだね」
後日、流星群の様子を伝えるニュースを見て、余韻に浸りながら母がぽつりと呟いていた。
二十年前に見たときは、私と母と、祖母の三人だった。
祖母は昨年に亡くなってしまい、もう居ない。
そのことにはまだ慣れなくて、意識してしまうと少し寂しい。
母が待つ次の大出現の頃、私は一緒に居られるだろうか。
昨年から家の中がバタついて、先のことは分からない。
それでももし叶うのならば、あの時のようにまた星を見たい。

夜中に目覚ましをかけて、示し合わせ。
眠い目をこすり、空を見上げて流れ星を待つ。
そんな思い出の夜を、もう一度。
まだ見ぬ未来の星に、願うとしよう。


(2024/04/05 title:021 星空の下で)

4/5/2024, 7:29:07 AM

手持ちのカードは俺が一枚で、相手が二枚。
一騎討ちとなって長引いたババ抜きもここまでだ。
今度こそ、あと一枚カードを引けば、勝負は決まる。
右に左に、指を泳がせて反応を見る。
友人はポーカーフェイスを気取って無反応だ。小賢しい。
仕方がないのでじっとトランプの柄を見つめ、心を決めて右の札を取った。
――つもりが、抜けない。
もう一度引いてもびくともしない。
おい、トランプちぎれるぞ。
「本当に、それで良いのか?」
指先に力を込めたまま友人が凄む。この世の終わりのような必死の形相に悟った。
なるほど、残った方がジョーカーか。往生際の悪い奴め。
「いいよそれで。これでおしまい、だっ!」
一瞬力の緩んだ隙に、カードを抜き取る。
裏を返して見えたのは、

――ジョーカーだった。

「うっそ何で!」
「よっしゃー! 演劇部なめんなよ、恐れ入ったか!」
まんまと策に嵌まった俺を嘲笑い、友人は上機嫌で悪役さながらに煽りを入れる。
「さあ、かかって来い!」
「いや次カード引くのおまえだから。それこっちの台詞だから」
逆転した立場に焦りながら、二枚になったカードを念入りにシャッフルして差し出した。
奴のような演技力は自分に無い。
だから、余計なことはせずに顔を伏せて動きを待つ。
こうなったらもう運に任せるしかない。

さあ、勝負の行方や如何に。いざ!


(2024/04/04 title:020 それでいい)

4/4/2024, 5:33:50 AM

休日の正午ちょっと前。
お腹が空く頃合いを見計らい、買い物を切り上げてレストラン街へと向かう。
和食に中華に洋食屋さん。
選り取り見取りで迷ってしまうが、香る匂いと、表に出ていたメニューに惹かれ、パスタのお店へ足を踏み入れた。
開店して間もない時間のおかげで人は未だまばら。
席へと案内されて、改めてメニューに目を通す。
シンプルなものからがっつり系まで。
ページをめくる毎に、食欲をそそる美味しそうな写真が次々と現れる。
「どれにしようかな~」
カルボナーラにペペロンチーノ。
お値段プラスでラタトゥイユやミートボールのトッピングサービスまで有るのか。面白い。
デザートとのセットメニューも華やかだが、単品でたっぷり食べるのも捨てがたい。
どれも魅力的で、あれもこれも食べたいところだけれど、収まる胃袋は一つだけ。
程良いボリュームで食べ甲斐のあるものは、さあどれだ?
ページを前に後ろに行ったり来たり。
最後にもう一巡メニューを見渡して、通りがかった店員を呼び止めた。
「すみません、注文お願いします!」
お出かけのランチに、美味しいご飯を。
よし、頂きます!


(2024/04/03 title:019 1つだけ)

Next