流れ星に願いを
ここは、宇宙の果て。人間が決して知りえない、流れ星の裏側の世界。
多数の星々が、人間の世界へと落ちていく。
あたりには、星型のクリスタルが、無数に散らばっていた。
「ベガ。叶える願い事を決めるのですね」
「来たか、アルタイル。今日は流星群の日だからね」
ベガはこちらに振り向く。
白く長い髪に、白い肌。人間の世界でいう、着物に似た衣を纏っている。
人間のような姿だが、人間ではない。もちろん、俺も。
「人間の想像力には驚かされます。星に、年齢や性別といった人間的な概念は存在しない。なのに、それぞれに物語を与え、願いを託すとは」
くだらない。毎度毎度、よく星なんて不確かな存在に願うものだ。
「ふふ、だからこそ、私たちが存在するのだよ。私たちには、年齢も性別もない。人間たちの願いが創り出した存在だ」
愛おしそうに微笑んで、あたりを見回す。
「どれどれ、美味しそうな願い事はあるかな」
ベガは、あたりに浮遊した星型のクリスタルのうち、一つを手に取る。
「アルタイル、見てごらん。人間たちが星を観察している」
ーーーーー
高校生が、学校の屋上で望遠鏡を構えていた。
「テン、望遠鏡のセットできたか?」
「カイ。早かったね。できたけど、望遠鏡はいらなかったかもしれない」
向こうから見れば、満点の星空に、流星が無数に流れているのだろう。
「たしかに、肉眼で十分だ。でも、自然科学部として、記録はしないと」
カイと呼ばれた少年は、紙に記録を書き留めていた。
「綺麗だな」
「カイ、願い事決めた?心の中で三回唱えるんだ」
「非科学的だな」
「たまにはいいじゃん。信じてみるのも」
二人の少年は、瞳を閉じた。
ーーーーー
「来年も、こうして流れ星が見られますように」
そう。これは、流れ星が願いのクリスタルとなって、こちらへ届いたものだ。
「美味しそうだねえ。まずは、これにしよう」
届いた願いは、こうして、ベガの気まぐれで叶うか否かが決められる。
「いただきます」
ベガは、頬を少し赤らめた。妖しげに目を細める。
大きな口を開けて、ガブリとクリスタルに齧り付いた。細かな破片が舞う。
ガキガキ、という大きな金平糖でも咀嚼するような音が、静かな空間に響く。
喉の上下する動きと共に、嚥下の音が生々しく聞こえてきた。
バキッと音を鳴らし、クリスタルに歯を立てては、口の中へ収めていく。あたりに、破片が飛び散るのも構わずに。
俺は食べたことがないから、本当に美味しいのか、なんなのかは知らないが。
最後のひとかけらまで、愛おしそうに喰らう。
ゴクン、という飲み込む音がして、
「ふぅ…」と熱を帯びた吐息が、空気を揺らした。
最後に、お菓子の粉でも取るように、下唇をぐるりと舐め。親指を軽く舌で触った。
「ご馳走様」
ベガ様の顔には、どこか不気味とも言える、高揚感が見て取れた。
「これで、この子の願いは叶う」
この歪んだ笑顔を見て、いつも思う。人間は、これに願いを託しているのかと。
こうして、流れ星に託された願いは叶うのだ。
だから、本当にくだらない。こんなに不確かなものに、願うなんて。
ルール
「ケ〜イ。練習終了のお時間だよ」
ハヤテの声で、意識が現実に引き戻された。目をやると、トロンボーンのケースを持っていた。片付け終わってから、こちらに来たのだろう。
俺は、トランペットのマウスピースから唇を離す。じんわりとした感覚が、まだ唇に残っていた。
「練習熱心だねえ、部長殿」
ハヤテはトロンボーンのケースに顎を乗せて言う。
「茶化すな」
時計を見ると、針は六時一分をさしていた。俺は、眼鏡のブリッジを軽く上げる。いつものクセだ。
「一分過ぎてしまった。早く帰ろう」
今日は、空調整備が入るからと教室が使えず、パート練ができないため、部活はオフになった。ただ、音楽室は整備が別日というので、俺とハヤテは許可を取って自主練をしていた。今年は、最後のコンクールだしな。
「あ!終了時間を過ぎたから、怨念が出るかも」
少しニヤけた声でハヤテが言った。
「なんだそれは」
「まあ、ケイはこういうの知らないか」
ハヤテは、わざとらしく声を潜めた。
「なんでも、ルールを破ると、どこからか楽器の音が聞こえてくるんだ。昔、事故でコンクールに出られなかった部員の怨念だとか」
よくありそうな、陳腐な怪談だな。
「くだらん。どうせ、ルールを守らせるためにできた、根も葉もない戯言だろう」
「まあ、俺もクラリの人たちが話してるの聞いただけなんだけどね」
あっけらかんと言ってみせた。ハヤテも信じてはないのだろう。女子は噂話が好きだからな。
楽器に軽くスワブを通し終わり、楽器をしまうと、ケースのロックをかける。
「楽器室、鍵閉めちゃったけどいい?」
「ああ、こいつは持って帰る。お前もか?」
「もちのろんよ。メグリは俺と一心同体だから」
ハヤテは、トロンボーンをケースごと抱きしめる。
メグリとは、こいつがトロンボーンにつけた名前だ。いつも、メグリが、メグリが、と話している。まあ、楽器を大切にするのは良いことだが。
音楽室を出て、施錠をする。二人で昇降口へと歩き出した。
「まったく、お前はいつもそれだな」
「えー、お前もかわいがってあげないと、リツが泣いちゃうぞ」
「俺だって、大事にはしている」
俺は、トランペットにリツと名づけた。漢字だと律。リツを買ってもらってから、もう六年目か。
雑談を交わしつつ、歩いていると、昇降口に着いた。目の前の事務室に、音楽室の鍵を返却する。
「ご苦労さん」
いつもの事務員さんが対応してくれた。
「じゃあ帰ろ。お腹すいたなあ」
ハヤテが手を上に上げ、伸びをした。比較的小さいペットならまだしも、長いボーンを毎日のごとく持って帰るのは大変だろう。
外に出ると、まだあたりが明るかった。雨上がり特有の眠たい香りが漂っている。ついさっきまで、お天気雨が降っていたからだろう。
ふと、足を止めた。金管楽器の音がした。気がした。
「どした、忘れ物?」
「今、なにか聞こえなかったか」
「うん?」
ハヤテは首を傾げて、耳を澄ませる。
パーという、高い音。今年のコンクール課題曲の、セカンドパートの旋律。
「トランペットの音」
ハヤテの口から、静かな声がこぼれた。
教室の方から聞こえてくる。誰がこんな時間に。まさか、本当に怨念が…
「いや、これはユキトの音だ」
同じ楽器の同じ音にも、吹き手によって個性が出る。この澄んだ優しいサウンドは、ユキトの音だ。
「なんだユキトくんか、最近根詰めてるもんな」
「頑張るのはいいが、規則違反だ。明日注意しておこう」
後輩のユキトは、最近調子が良くないようで、かなり練習をしている。二年生なのに、よくやっている。だが、やりすぎだ。今度、話を聞いたほうが良いかもしれん。
「でも、今日は教室に入れないはずじゃ」
「あっ」
そうだ。教室の方は、空調整備の業者以外、立入禁止のはず。ユキトが居るはずないのだ。背中から、ゾワゾワとした感覚が全身に這い回ってくる。
俺達は、再び耳を澄ませる。
なにも聞こえて来なかった。静寂が、俺達を包む。
「気のせい、だよな」
自分に言い聞かせるように口に出す。
「きっと疲れてんだ。早く帰ろう、電車がなくなる」
そういうハヤテの口調にも、どこか焦りが滲んでいた。
「そうだな」
きっと疲れているんだ。明日も部活がない。帰ったら、少しゆっくりしよう。
不意に不安になって、その場に腰を下ろし、膝の上で楽器ケースを開けた。カチャリとロックの擦れる音が鳴る。
そこには、ケースの内張りのふわりとした毛に包まれた、いつものトランペットがあった。金メッキが輝く表面を優しく指でなぞる。リツ…いつもの冷たい感触。ほのかに香る、オイルの匂いに、少し安心した。
今日の心模様
気がついたのは、いつの事だったか。
これは、偶然。なのだろうか。
「今日は雨だな」
ハルが、俺の隣を傘をさして歩く。
「そうだな」
こんなこと、信じるだろうか。
天気が、俺の感情と連動している。
「イブキ?どうした」
「なんでもない」
また雨脚が強くなった。雨の匂いが、いっそう重たくなる。
さっきから、胸の中に黒くてドロリとした塊があるようで、気持ちが悪い。
それが、空に浮かぶ、分厚い雲と重なって感じられた。
「天気予報ハズレたな。晴れるって言ってたのに」
それは、俺のせいかもしれない。
確証はないが、俺の気持ちが高まると、天候が変わる。俺の気分が何らかの理由で沈む時、決まって雨が降る。
ただし、かなり大きな気持ちの変化でなければならないようで、映画を観て感動した。くらいでは、天候に影響はしない。だからこそ、偶然なのか俺に原因があるのか、よくわからないのだが。
「やっぱり、なんか考えてないか?」
ずいっと、俺の顔を覗き込んできた。俺以外に、この事を知る人はいない。もちろん、ハルも。
突然、その事を、ハルに話してみたくなった。なぜ、それが今なのかは、わからなかった。それでも、知りたかった。ハルがなんと言うのか。
「もし、感情と天気がリンクしてたらどうする」
「小説みたいな話だな。急にどうしたよ」
呆気にとられた顔をしていた。それもそうか。
「もしも。の話」
「わかった。もしもの話、ね。不便そうだけど、哀しいとか、言わなくても伝わっちゃうんだから。ああ、でも、嬉しい時に晴れるのは、少し楽しそうかな」
ハルは傘をくるりと回した。傘の縁から、水滴が飛び散る。
一呼吸、深く息を吸った。
「それが、俺のことなら、どうする」
ハルは首を傾げる。自分でも変なことを行っている自覚はる。少し、返事を聞くのが怖かった。
雨は、静かに真下に落ちていく。
「そうだな。それなら、楽しい話をしよう」
ハルが屈託のない笑みを浮かべる。心の重しが、とれていく感覚がした。
空の雲が、途切れていく。その隙間から、一筋の光が差した。
「あっ、雨止んだ。でも、最近天気予報ハズレまくってるからな、また降るかもな」
「もう降らないよ」
「え?」
ハルがふと足を止める。
「今日の心模様は、晴れだから」
足元の水たまりには、七色の光が反射していた。
たとえ間違いだったとしても
「国語のテストは嫌いだ」
夏目は、苦虫でも噛んだような顔で、返却されたテストを睨んだ。
「なんでだよ、国語好きだろ」
「違う。国語は好きだけど"国語のテスト"が嫌いなんだ」
そう言って、力なく机に倒れた。
こいつは無類の国語好きで、たまに変なこと言ってるからな。
「点数でも悪かったのか?」
こいつに限ってそんなことは無いと思うが。いつもありえないくらいの高得点だし。
俺が聞いても、うう、と小さなうめき声を漏らしながら、机に頭を突っ伏しているだけだ。どうしたんだ?
夏目の机から、返却されたばかりの答案用紙を拾い上げる。
見て、後悔した。
「百八十点!?これ二百点満点の全国模試だよな。きもっ……いや、相変わらずすげえな」
俺は、そっと机に紙を戻す。
「…鏡介は?」
机に反響した、くぐもった声が尋ねてきた。
「百三十五だよ、まあまあ良いかな」
自分の解答用紙を見せた。いや、夏目は見えてないか。
まあ、二年生でこれなら、志望校は安泰。なはず。
唐突に、夏目がバッと顔を上げた。
「大問一の括弧六、見せて」
「うおっ」
手に持っていた解答用紙を、勢いよくふんだくられた。テスト用紙の独特な硬い感触が、まだ指に残っている。
夏目は、一瞬で俺の解答に目を通した。大門一は、たしか現代文だったか。俺は正解していたはず。
「なんでだ…」
情けない声を出して、両手を投げ出し、再び机に頭から突っ伏した。
「てか、お前逆にどこ間違えたんだよ」
さっきは点数におののいて、解答まで見ていなかった。
「大問一の括弧六」
弱々しく解答用紙と模範解答を差し出してきた。
「大問一、問六。物語の最後に『優しい午後の光が、二人を照らしていた』とある。この時の主人公の心境を、五十字以内で答えなさい」
形式としては、よくある問題だ。
丸だらけの解答用紙の、この一門だけに、赤くはっきりとバツがつけられていた。あの夏目が部分点も貰えないなんて。
「主人公の悲しみを答えるやつだろ。そんなに難しくなかったけど」
第一問から、テストの結果が振るわなかった。という縁起の悪すぎる文章だったため、とても後味が悪かったのを覚えている。ただ、問題の解答には、さほど苦労しなかった。
「俺の解答、読んで」
促されるままに、夏目の解答にざっと目を通す。
「主人公は、友人とのやり取りを通して、友人への愛とも言えるような、希望を抱いている」
最後の一文に、模範解答と真逆のことが書かれていた。
問題冊子の、該当部分を、長い指がなぞる。
「この解答を作った人は、俺と解釈が合わない。最後に描写されていた、部屋の光の描写は、悲しみを際立たせるためのものではなく、希望ヘの光だ」
俺は解説に目をやる。部屋の光は、主人公の悲しみや孤独感を際立たせている。と書かれていた。
しかし、夏目はこれを希望の光と言った。
「たしかにそういう捉え方もできる、のか?」
言われてみれば、どちらともとれそうだが。
「納得いかない」
「でも、出題者は、こっちの答えを求めてるんだろ」
模範解答をもう一度読む。散々、国語の先生に言われてきたことだ。
「テストでは、作者ではなく、問題の作成者の意図を汲みなさい」
夏目は、どこか悲しい顔をした。眉間にシワが寄る。
「それでも、俺は認めない。そもそも、作者以外には、解釈に正解なんて無いはずだ」
なんと言っていいか、すぐにはわからなかった。
何か意味があるでも無く、そのシワに、手を伸ばす。
「いたっ」
指で、おでこを軽く弾いた。
夏目が俺に不満の表情を向けた。俺が弾いた場所を、手で抑えてる。
「いいんじゃないか?夏目がそう思うなら、見る目がないやつの作ったテストで、満点なんていらないだろ」
「そうだな。でも、俺がそう思ったなら、これはやっぱり正解だ」
そう言って目を細め、柔らかい表情を見せた。
俺は、おもむろに夏目のペンケースからボールペンを取り出した。そして、バツがつけられたその場所に、大きく赤い丸を書いた。
「たとえ間違いだったとしても」
ポツリと夏目がつぶやいた。その声には、寂しさのようなものが感じられた。
埃っぽい教室の片隅で、優しい午後の光が、二人を照らしていた。
雫
雫が溢れた。
ひとりで、電車に乗り込む。どれだけ俺の頬が濡れようと、俺の目が赤く腫れようと、喧騒はそんなことは気に留めもしない。人混みの中で、俺は一人切りだった。
「ユキト?その、大丈夫か?」
顔を上げて、後悔した。気が付かないでほしかった。いや、気がついても、気がつかないふりをしてほしかった。
「レン、大丈夫だよ。目にゴミが入っただけだから」
自分でも言い訳がましい、とは思う。俺は思い切り目をこすった。
「そっか」
レンはそれしか言わなかった。
しばらくの、気まずい沈黙があった。電車の走る音だけが耳に響く。周りの喧騒なんて、もはや気にならなかった。
ただ、涙というのは、そのうち収まるもので。
「レン、今日はこのまま帰るの?」
「うん。部活、オフでしょ。てか、同じ部活だし」
「そりゃそうか」
ふっと笑いが溢れた。レンも隣で笑う。
電車に揺られて一時間ほど。車両には、俺たちしか居なくなっていた。窓の外には、緑色しか見えない。車掌さんが、最寄り駅の名を呼んだ。俺たちは、電車を降りる。
ド田舎の、誰もいない野ざらしの駅のホーム。いつもの景色。
屋根も何もない、剥き出しの鉄骨のような階段を、二人で登った。いつもそこにある青空が、今はやけに眩しかった。
階段の一番上に着いた。
ふと、ポツリと何かが顔にあたった。
「雨?」
「え?でも晴れて…」
レンが言いかけたその時、ザーと雨が降ってきた。
「うわっ」
無数の雫が、青い空から落ちてくる。
その光景が、どこかスローモーションに見えた。
「あはは、ユキト。お前、びしょ濡れ」
レンが俺を指して笑う。
「お前もだろ」
俺は、足元の水たまりの水をレンに足でかけた。
「高校生にもなって、子どもだな」
そう言いつつ、レンも手すりの水をこちらにかけて、負けじと応戦する。
「うるさい。高校生は子どもだろ」
二人で全身びしょ濡れになりながら帰った。