ももりん

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たとえ間違いだったとしても


「国語のテストは嫌いだ」

夏目は、苦虫でも噛んだような顔で、返却されたテストを睨んだ。
「なんでだよ、国語好きだろ」

「違う。国語は好きだけど"国語のテスト"が嫌いなんだ」
そう言って、力なく机に倒れた。

こいつは無類の国語好きで、たまに変なこと言ってるからな。
「点数でも悪かったのか?」
こいつに限ってそんなことは無いと思うが。いつもありえないくらいの高得点だし。
俺が聞いても、うう、と小さなうめき声を漏らしながら、机に頭を突っ伏しているだけだ。どうしたんだ?
夏目の机から、返却されたばかりの答案用紙を拾い上げる。

見て、後悔した。

「百八十点!?これ二百点満点の全国模試だよな。きもっ……いや、相変わらずすげえな」
俺は、そっと机に紙を戻す。
「…鏡介は?」
机に反響した、くぐもった声が尋ねてきた。
「百三十五だよ、まあまあ良いかな」
自分の解答用紙を見せた。いや、夏目は見えてないか。
まあ、二年生でこれなら、志望校は安泰。なはず。

唐突に、夏目がバッと顔を上げた。
「大問一の括弧六、見せて」
「うおっ」
手に持っていた解答用紙を、勢いよくふんだくられた。テスト用紙の独特な硬い感触が、まだ指に残っている。
夏目は、一瞬で俺の解答に目を通した。大門一は、たしか現代文だったか。俺は正解していたはず。
「なんでだ…」
情けない声を出して、両手を投げ出し、再び机に頭から突っ伏した。
「てか、お前逆にどこ間違えたんだよ」
さっきは点数におののいて、解答まで見ていなかった。
「大問一の括弧六」
弱々しく解答用紙と模範解答を差し出してきた。

「大問一、問六。物語の最後に『優しい午後の光が、二人を照らしていた』とある。この時の主人公の心境を、五十字以内で答えなさい」
形式としては、よくある問題だ。
丸だらけの解答用紙の、この一門だけに、赤くはっきりとバツがつけられていた。あの夏目が部分点も貰えないなんて。

「主人公の悲しみを答えるやつだろ。そんなに難しくなかったけど」
第一問から、テストの結果が振るわなかった。という縁起の悪すぎる文章だったため、とても後味が悪かったのを覚えている。ただ、問題の解答には、さほど苦労しなかった。
「俺の解答、読んで」
促されるままに、夏目の解答にざっと目を通す。
「主人公は、友人とのやり取りを通して、友人への愛とも言えるような、希望を抱いている」
最後の一文に、模範解答と真逆のことが書かれていた。

問題冊子の、該当部分を、長い指がなぞる。
「この解答を作った人は、俺と解釈が合わない。最後に描写されていた、部屋の光の描写は、悲しみを際立たせるためのものではなく、希望ヘの光だ」
俺は解説に目をやる。部屋の光は、主人公の悲しみや孤独感を際立たせている。と書かれていた。
しかし、夏目はこれを希望の光と言った。

「たしかにそういう捉え方もできる、のか?」
言われてみれば、どちらともとれそうだが。
「納得いかない」
「でも、出題者は、こっちの答えを求めてるんだろ」
模範解答をもう一度読む。散々、国語の先生に言われてきたことだ。

「テストでは、作者ではなく、問題の作成者の意図を汲みなさい」

夏目は、どこか悲しい顔をした。眉間にシワが寄る。
「それでも、俺は認めない。そもそも、作者以外には、解釈に正解なんて無いはずだ」
なんと言っていいか、すぐにはわからなかった。

何か意味があるでも無く、そのシワに、手を伸ばす。
「いたっ」
指で、おでこを軽く弾いた。
夏目が俺に不満の表情を向けた。俺が弾いた場所を、手で抑えてる。
「いいんじゃないか?夏目がそう思うなら、見る目がないやつの作ったテストで、満点なんていらないだろ」
「そうだな。でも、俺がそう思ったなら、これはやっぱり正解だ」
そう言って目を細め、柔らかい表情を見せた。

俺は、おもむろに夏目のペンケースからボールペンを取り出した。そして、バツがつけられたその場所に、大きく赤い丸を書いた。
「たとえ間違いだったとしても」
ポツリと夏目がつぶやいた。その声には、寂しさのようなものが感じられた。
埃っぽい教室の片隅で、優しい午後の光が、二人を照らしていた。

4/22/2026, 1:06:44 PM