ももりん

Open App
5/16/2026, 1:44:25 PM

愛があればなんでもできる

「愛があれば、なんでもできる?」
真面目な顔で聞いてくるから、驚いてしまった。
「そんなことない、無理なものは無理だよ」
思ったままに答えた。
その時、ゾワっと胸の中に疑問が湧き出た。

なんでもってどこまでだろうか。

相手の要求を飲むこと?だとしても、人間ができることにも限界はある。そもそも、愛があればなんて不確定だ。でも、なんでもというからには、どこまでかと言えば、どこまでもなのである。

例えば、恋人の買い物に付き合えますか?これならまあできるだろう。

しかし、愛する人のために地球への隕石落下を防ぐことができますか?だった場合。答えは、できません。だろう。そんなことができるのは、漫画かアニメかの、どこかの超能力者だけである。


「それなら、推しへの愛があれば、なんでもできる?」
ぼんやり考えていると、今度はニヤリとした顔で聞かれた。
「できる」
「あはは、即答。さっきは無理って言ったのに」

そうだな。ただ、無理とわかっていても、できます。と答えてしまう。それだけ馬鹿らしいことが、愛なのかもしれない。

5/1/2026, 9:55:39 AM

楽園

放課後。俺は、夏目の部屋を訪れていた。

部屋の壁のうち、三面が本棚となっている。まさしく本の森。ただ、整理整頓が苦手だから、脱ぎっぱなしのカーディガンとか、プリントの束とかがその辺にある。

「鏡介、今日のおやつは林檎だよ」
夏目は、皮も剥いていない、そのままの林檎をを手に持っていた。
机に目をやると、カゴに鮮やかな赤い林檎がいくつか入っていた。

「美味しそうだけど、なんでまるまる一個?」
俺も林檎を手に取る。
「それは俺の趣味だね」
そう言って、機嫌良く、なにやらハミングをしていた。
「なんか、今日は一段と陽気だな」
「ふふ、物理的に音楽が風に乗って飛ぶところを見る事ができてね」
何言ってるんだか。
「そうかよ」
「信じてないね。まあ、雪人の楽譜が飛んだだけなんだけど」
「そういうことか」

同じクラスの雪人(ユキト)と漣(レン)は、たしか吹奏楽部だったな。俺以外で、こいつと話してくれる、数少ないクラスメイト。俺を待ってる間に会ったのか。

「禁断の果実とは、何故林檎なのか」
夏目は、手に持ったリンゴをまじまじと見つめた。こいつ意外と厨二病なところあるからなあ。
「お前、リンゴ本当に好きだよな」
「うん。この深い紅色も好きだし、フォルムも好きだよ。林檎といえば、神話だしね。もちろん味もね。林檎ジャム食べたいな、生は生で、歯応えが好きだけど」
夏目は、林檎を一口齧った。果汁が滴る。爽やかな香りが、部屋に広がった。

「アダムとイブが口にしたのは、本当に林檎だったのか」
夏目は舌で唇についた果汁を取った。
「禁断の果実といえば、林檎じゃないのか?」
「実は、聖書では明言されてないんだよ。ジョン・ミルトンが『失楽園』で林檎と明言していたり、絵画が林檎として描いたものが多かったり。その影響で広まっただけで」
「そうなんだ」
知らなかった。てっきり林檎だとばかり。

「楽園追放。人は、してはいけないと言われるとやりたくなる。その結果、楽園を追い出されるわけだけどね」
夏目は、林檎をまた一口齧った。
「人間は、エゴで動いている。俺でも、知恵を欲しただろうね」
「お前はそうだろうな」

「鏡介もあるでしょう?そういう経験。駄目と言われると、途端にしたくなる」
「まあ、あるけど」
人間誰しも、そんなものだろう。

「ちなみに俺は、よく無断で親の書斎に入って本を読んで、怒られていたよ。知的探求心は止められなくてね。まあ、内容的にまだ読ませたくないものもあったのだと、今ならわかるけどね」
反省している様子が一切見えない。確かに、今なら読んでも大丈夫でも、小さな子供にはショックの強い話や、怖い話はたくさんあるのだろう。

「小さい頃から夏目は夏目だな」
「ふふ、そうだね。結局、そんな本も読んだからこそ、今の俺がある。鏡介は?何かない?」
夏目がずいっと顔を近づけて、俺に尋ねる。好奇心に、目を輝かせていた。
「まあ、小さい頃。親に食べちゃいけないって言われたお菓子を食べて、怒られたとか」
「可愛いね」
「笑うなよ」
「それなら、今日はお菓子じゃなくて、禁断の果実を食べてみたらどうかな」

俺は、手に持っていた林檎に目をやる。その鮮やかな赤が、今は不思議とどこか、毒々しく見えた。

一口齧った。サクッという食感と共に、爽やかな甘い香りが鼻を抜けた。

「これで共犯者だね」
夏目が林檎を掲げる。
「今日は、このまま暴露大会と洒落込もうじゃあないか!」

二人で林檎を軽くぶつけ、乾杯をした。

4/30/2026, 10:40:12 AM

風に乗って

放課後、俺は音楽室にいた。今日はパート練の日なので、各々コンクールの曲を練習している。
窓から入ってくる風で、譜面台が揺れた。トランペットを机に置き、慌てて楽譜を手で押さえつける。
「今日は風が強いですね」
隣を見ると、ケイ先輩も楽譜を抑えていた。
「窓を締めたほうが良いかもしれん」
「そうですね」

窓を締めようと、楽譜から手を離した。その時、ひときわ強い風が吹いた。
「ああ!楽譜!」
一枚の楽譜が、窓の外へ飛ばされていってしまった。
俺は窓から身を乗り出す。しかし、伸ばした手は届かなかった。楽譜が、ヒラヒラと下の方へ飛んでいく。
どうしよう、今年のコンクールの楽譜なのに。下は中庭だから、追いかければなんとか、なるかも。

窓を締めて、振り返ると、ケイ先輩がやけに真剣な顔をしていた。
「ユキト、今すぐ取りに行け。そろそろ如月先生が来る」
いつも冷静な先輩が、珍しく焦っていた。

そうだ、今日は顧問の如月先生が練習を見てくれる日だった。楽譜を飛ばしたなんて、バレたら、絶対怒られる。まずい、先生の機嫌が悪くなったら、部の今後が変わりかねない。
「と、取ってきます!」
俺は勢いよく走り出した。

階段を一気に駆け下り、中庭に向かう。息切れが酷く肺が苦しいが、止まる暇はない。
何やら声が聞こえてきた。
「こんな風邪が強い日に中庭なんてなあ」
ハヤテ先輩の声だ。あの人の声響くからな。
「譜面台が立てられない…」
レンの声も聞こえる。どうやらトロンボーンがパート練をしているようだ。
「いつもの教室を他の部活が使ってるとはいえ、屋内が良かったな。本来なら、砂とかも楽器にも良くないし」
「先輩が場所取りじゃんけんに負けたからじゃないですか……むぐっ」
「レン君の顔面に紙が!」
レンが、風の力で顔に張り付いた楽譜を手に取る。
「あれ、楽譜が落ちてきた」

必死に走って、やっと中庭に着いた。
「レン!」
俺は声を振り絞る。レンが驚いた顔をしていた。
「どうした、ユキト君そんなに息切れして」
ハヤテ先輩が、心配してくれた。
「……それ、俺の…楽譜………で…す……」
立ち止まり、息を整えながら、レンの持った楽譜を指さす。
「ほんとだ。ユキトの字」
レンが楽譜を差し出す。助かった…。
「あっ」
指の隙間を、楽譜がすり抜け、再び飛ばされてしまった。楽譜は、ヒラヒラと俺を嘲笑うように飛んでいく。
「そんな!」

楽譜は再び風に運ばれる。こんどは図書室の方へ。ふと、そこの廊下に、人影が見えた。
「ナツメ!それ取って!」
クラスメイトのナツメだった。
「おや」
ナツメは、文庫本を閉じると、優雅に楽譜を手に取った。俺とレンが、そちらに駆け寄る。
「ユキトの楽譜かな」
楽譜を差しされる。今度は、しっかりと受け取った。
「ありがとう、ナツメ」
本当に良かった。
「ふふ、楽譜が旅をしていたようだね。音楽は風に乗って。こんなに物理的だとは予想外だな。ふふふ」
ナツメは、口に手を添え、楽しそうに口角を上げた。相変わらず詩的なことを言う。
急に、焦ったようにレンが俺の肩を叩いた。
「ユキト、速く戻らないと。今日は如月先生が」
「そうだった!」
分け目も振らずに走り出した。
「ふふ、楽しそうだね」
「結構ピンチなんだけど」
背後から、夏目の落ち着き払った笑いと、レンのおっとりした声が聞こえてきた。

階段を、 一気に5階まで駆け上がる。急いで音楽室の扉を開けた。妙に設備の良い、私立の我が校が、今は恨めしい。
「ただいま戻りました」
ぐったりと疲れた。もう足が動かない。
「見つかったか、ユキト」
「はい、なんとか」
ケイ先輩の顔を見て安心した。どうやら間に合って…
「おや、お帰りユキト君。随分元気に走り回っていたね。どこに行っていたのかな」
なかった。奥から出てきた如月先生が、優雅に微笑む。
終わった。如月先生は、普段はとても優しいが、名門音大のピアノ科出身で、若きエリートといった感じだ。それ故、音楽、とりわけ部活の合奏の事になると怖い。
「き、如月先生。これは、その、」
如月先生が、急にふっと笑った。
「ははは、良いんだよ。楽譜が風で飛ばされたんだって?次から気をつけようね」
拍子抜けした。怒られないとは。
「ただ、今日の個人練習。きっちり見てあげるからね」
肩に手を置かれる。にっこりと笑っているが、今度は目が笑っていない。
「は、はい」
結局こうなるのか…。

4/27/2026, 2:02:58 PM

生きる意味


とある放課後。音楽室には、優しい夕日が差し込んでいた。

「ケイ先輩、先輩の生きる意味ってなんですか?」

俺は、トランペットをケースにしまいながら、ケイ先輩に尋ねた。ケースのロックをカチャリと閉める。
「急にどうしたユキト。なにか悩みでもあるなら、俺で良ければ聞くが」
トランペットをクロスで磨く手を止めたケイ先輩が、真剣な顔で、こちらを見てくる。
「あ、違うんです。ただ、クラスメイトと文国の授業で、そういう話になって。不意に気になってしまって」
質問に深い意味はなかった。
「どんなクラスメイトなんだ。まあ良い、生きる意味か。部活だな」
「さすが先輩。即答ですね」
「ああ」
先輩は、いつものように眼鏡のブリッジを上げた。
こんなにはっきりと言い切れるなんて、先輩はかっこいいな。

そんな事を考えていると、音楽室の扉が開いた。
「ユキト、帰ろう」
そこには、レンの姿があった。俺を迎えに来たようだ。
「ケイ。迎えに来たよ」
続けざまに、ハヤテ先輩も入ってくる。肩にはトロンボーンのケースが。
レンとハヤテ先輩は同じトロンボーンパートだから、一緒に来たのだろう。
「ちょうどいい。二人にも聞いてみたらどうだ」
ケイ先輩の眼鏡が光る。
「そうですね」

「何の話?」
首を傾げながら、レンが俺に近づいてくる。
「生きる意味の話」
「ああ、国語で出てきたやつ?」
「そう、ナツメが言ってたやつ」
レンは、考えているのか寝てるのか、いまいちわからない顔で、顎に手を当てて考え出した。
「うーん。俺は、ユキトがいて、毎日一緒に部活ができて、先輩もいればそれでいいかな」
「ああもう、レン君いい子すぎる!よしよし」
ハヤテ先輩が、レンの頭を軽くポンポンと撫でた。
「撫でないでください」
レンが無抵抗に言った。

「ちなみにハヤテ先輩はどうですか?」
「俺はメグリだよ」
ハヤテ先輩は、幸せそうに口にする。でも、メグリとは人ではない。先輩が相棒であるトロンボーンにつけた名前だ。
「変な人」
レンがボソリとこぼした。先輩に向かって正直すぎる…。

「失礼だねえ。レン君も人のこと言えないでしょうが。さっきの頭撫でたの返して」
「えっと、どうぞ?」
「あっはは、そうじゃない、そうじゃない」
ハヤテ先輩が、手のひらをヒラヒラさせる。
漫才のような会話に、思わず俺も笑いが漏れてしまった。

「もう良い。早く帰るぞ」
楽器をいつの間に片付け終わったケイ先輩が、いつものようにしめた。
俺達は、音楽室を後にする。

夕日はよりいっそう赤さを増していた。

生きる意味。まだ掴めないけど、この日々があるなら、今はこれで良いのかもしれない。

4/26/2026, 2:05:04 PM

善悪


「鏡介、難しい顔をしているね」
俺が図書室で教科書とにらめっこしていると、夏目が声をかけてきた。
「夏目、課題終わった?」
「『走れメロス』を紹介する文を書くやつかな。終わったよ」
「さすがですね」
無類の国語好きの夏目からしたら、赤子の手をひねるようなものか。夏目漱石が名前の由来なだけある。
「行き詰まってるの?」
「だって、セリヌンティウス可哀想だろ。いや、話として友情の素晴らしさはわかるよ。でもさ…」
セリヌンティウスは悪いことをしていないのに、人質にされているし。なんで殴られないといけないんだよ。

「まあ、そうだよね」
夏目は、おかしそうに、少し声を出して笑った。
「善悪というのは、その場その場で変わる。現に、文学の主人公たちが、いつでも正しいとは言えない。周りに迷惑をかける主人公も、珍しくはないしね。最近は、普通な主人公と少し変わった相棒系が流行っているけれども」
早口でまくしたてられた。いつものことだが。
「お前がそれ言っていいのか?」
夏目は、俺の隣の席に座る。そして、俺の教科書の作者のページを開いた。 太宰治の文字を、指でなぞる。

「『走れメロス』の作者。太宰治は、飲み屋での代金が払えないからと、友人を人質にしたんだ。それでどうしたと思う?」
「払いに戻った、とか」
夏目は、口の端をにっと上げた。
「そのまま、まんまと帰ったんだよ」
信じられない。開いた口が塞がらないとは、こういう時に使うのか。
「そんな人が、走れメロスを書いてるのか…」

「熱海事件と呼ばれていてね。『走れメロス』の元となったという説もあるんだ」
人差し指を振りながら、得意げに語った。
「文豪には、おかしなエピソードも多々ある。四メートルの手紙とかね。どんなに立派な文を書いて、詩を残して、教科書に載っても、残念なところもある」
一息置いて、夏目はすっと目を合わせた。
「でも、それが人間らしさなんじゃないかな」
その目には、不思議な輝きがあった。

「その時正しいか、間違ってるか。善悪なんて、誰にも決められない。強いと言えば、後の人間が客観視した時に、どう思うかだ」
「そうかもな」
歴史の教科書を思い浮かべる。その時の善は、今では悪。なんて、よくある話だ。
「善悪で言うなら、舞姫を読んでみるのはどうかな」
「あれ難しいだろ」
「文体はね。でも、おもしろいから」
また夏目の解説付きで読むことになりそうだ。

「ふふ。俺たちのこの会話も、どこかで聞いてくれた誰かが、善悪を判断してくれるかもしれない」
夏目は、窓の外のどこか遠くを見つめた。

Next