ももりん

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楽園

放課後。俺は、夏目の部屋を訪れていた。

部屋の壁のうち、三面が本棚となっている。まさしく本の森。ただ、整理整頓が苦手だから、脱ぎっぱなしのカーディガンとか、プリントの束とかがその辺にある。

「鏡介、今日のおやつは林檎だよ」
夏目は、皮も剥いていない、そのままの林檎をを手に持っていた。
机に目をやると、カゴに鮮やかな赤い林檎がいくつか入っていた。

「美味しそうだけど、なんでまるまる一個?」
俺も林檎を手に取る。
「それは俺の趣味だね」
そう言って、機嫌良く、なにやらハミングをしていた。
「なんか、今日は一段と陽気だな」
「ふふ、物理的に音楽が風に乗って飛ぶところを見る事ができてね」
何言ってるんだか。
「そうかよ」
「信じてないね。まあ、雪人の楽譜が飛んだだけなんだけど」
「そういうことか」

同じクラスの雪人(ユキト)と漣(レン)は、たしか吹奏楽部だったな。俺以外で、こいつと話してくれる、数少ないクラスメイト。俺を待ってる間に会ったのか。

「禁断の果実とは、何故林檎なのか」
夏目は、手に持ったリンゴをまじまじと見つめた。こいつ意外と厨二病なところあるからなあ。
「お前、リンゴ本当に好きだよな」
「うん。この深い紅色も好きだし、フォルムも好きだよ。林檎といえば、神話だしね。もちろん味もね。林檎ジャム食べたいな、生は生で、歯応えが好きだけど」
夏目は、林檎を一口齧った。果汁が滴る。爽やかな香りが、部屋に広がった。

「アダムとイブが口にしたのは、本当に林檎だったのか」
夏目は舌で唇についた果汁を取った。
「禁断の果実といえば、林檎じゃないのか?」
「実は、聖書では明言されてないんだよ。ジョン・ミルトンが『失楽園』で林檎と明言していたり、絵画が林檎として描いたものが多かったり。その影響で広まっただけで」
「そうなんだ」
知らなかった。てっきり林檎だとばかり。

「楽園追放。人は、してはいけないと言われるとやりたくなる。その結果、楽園を追い出されるわけだけどね」
夏目は、林檎をまた一口齧った。
「人間は、エゴで動いている。俺でも、知恵を欲しただろうね」
「お前はそうだろうな」

「鏡介もあるでしょう?そういう経験。駄目と言われると、途端にしたくなる」
「まあ、あるけど」
人間誰しも、そんなものだろう。

「ちなみに俺は、よく無断で親の書斎に入って本を読んで、怒られていたよ。知的探求心は止められなくてね。まあ、内容的にまだ読ませたくないものもあったのだと、今ならわかるけどね」
反省している様子が一切見えない。確かに、今なら読んでも大丈夫でも、小さな子供にはショックの強い話や、怖い話はたくさんあるのだろう。

「小さい頃から夏目は夏目だな」
「ふふ、そうだね。結局、そんな本も読んだからこそ、今の俺がある。鏡介は?何かない?」
夏目がずいっと顔を近づけて、俺に尋ねる。好奇心に、目を輝かせていた。
「まあ、小さい頃。親に食べちゃいけないって言われたお菓子を食べて、怒られたとか」
「可愛いね」
「笑うなよ」
「それなら、今日はお菓子じゃなくて、禁断の果実を食べてみたらどうかな」

俺は、手に持っていた林檎に目をやる。その鮮やかな赤が、今は不思議とどこか、毒々しく見えた。

一口齧った。サクッという食感と共に、爽やかな甘い香りが鼻を抜けた。

「これで共犯者だね」
夏目が林檎を掲げる。
「今日は、このまま暴露大会と洒落込もうじゃあないか!」

二人で林檎を軽くぶつけ、乾杯をした。

5/1/2026, 9:55:39 AM